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#48 シズちゃんの対峙

夏休みも間もなく終わりというこの日になっても、ヒワダジムに木霊する声が静かになるということはなかった。

「あら、カンタ君のケムッソ、マユルドに進化したのね!」

「そうなんだ。マユルドから出てくるのがドクケイルで、カラサリスがアゲハント、で合ってるよね?」

「合ってる合ってる。あたしも時々見間違えちゃうくらいそっくりなのよね。一応見分け方はあるんだけど」

スズはすっかり穏やかさが板について、トレーナーたちと楽しげに会話する姿がごく自然なものとなっていた。もちろん戦いで手を抜いたりすることは無いが、姿勢そのものが穏やかで柔らかくなったことは間違いなかった。ジムに所属するトレーナーたちはもちろん喜んだし、何よりスズ自身もずいぶん気が楽になった。肩の力が抜けたと言うべきだろう。

「あ、お姉ちゃん。さっきユイが言ってたんだけど、来週は剣道の練成会と重なるから来られないんだって」

「ありがとう、スズ。分かったよ。メモしとくね。マイちゃんは来てくれるって言ってたから、小さい子たちの監督はマイちゃんに手伝ってもらおうかな」

「それがいいわね。せっかくだし、なんかイベントとかやってもいいかも知れないわ」

「うん。その方がフォローもしやすいし、みんなも喜んでくれるしね。準備に時間が掛からないものだともっといいね」

そんなスズのアシストを受けたシズは、まだ正式にはジムリーダーとなってはいないものの、もうすっかりジムリーダーが板についていると言ってもなんら過言ではない成長ぶりを見せていた。スズとは互いに積極的にフォローしあい、経験の少なさから生じる穴を的確に埋めていく。シズが見落としていればスズが拾い、スズが抜かしていればシズが受け止めるといった具合である。

こうしててきぱきとジムを切り盛りする妹たちの姿を、ツクシとアドバイザーは頼もしげに見守っていた。

「シズとスズが頑張ってくれるから、僕は何もしなくていい。とっても気が楽ですよ」

「もう二人がジムリーダーだって言ってもいいくらいだね。ツクシ君はやることなくて寂しいんじゃないの?」

「二人の夏休みが終われば、それからまたしばらく僕が見ることになりますから。今は休暇のようなものです。妹二人の奮闘を間近に見られる、貴重な時間ですし」

「それも確かだ。来年の春にセキエイへ行っちまったら、そうそうヒワダまで帰ってくるってわけにも行かないだろうしね。とは言え、ここはツクシ君の家だ。何かあったらいつでも帰って来てくれ。トレーナーと俺たち総出で歓迎するぜ」

「ありがとうございます、アドバイザーさん。アドバイザーさんも、ヒワダジムに続投されればいいんですが……」

「そうなんだよなあ……とりあえず、懸案事項だったフスベジムは、別のベテランが状況の視察も兼ねて出向くことになったみたいだけど、どうなることやら」

そしてジムには、他にも多くのトレーナーたちの姿があった。

「クミ先輩とルミ先輩って、本当にそっくりですよね!」

「いやいやいや、マイちゃんとユイちゃんも相当なものだと思うよお」

「マイと私もよく間違えられちゃいますけど、クミ先輩とルミ先輩もそうだったりしますか?」

「あるあるある、よくあるよー。実はよく見ると区別できるらしいんだけど、ちょっとごまかしたりすると誰も分からなくなっちゃうくらいだしー」

「なるほど……ねえお姉ちゃん、ヒワダって先輩たちみたいに双子が多いんだよね」

「うん。それも私とマイみたいに、姉妹の双子が多いって聞いたよ。不思議だよね」

双子同士で雑談に花を咲かせるクミとルミ、そしてユイとマイ。

「トモミチお兄ちゃんって、剣道をやってるの?」

「そうだ。始めたのは、もう九年も前になるな」

「じゃあ、幼稚園のころからやってるんだ! すごいなあ、そんなに一つのことを続けられるなんて」

「ありがとう。だが、ヒロトとマッシュの付き合いも、もう結構な年月になるんじゃないか?」

「あっ、言われてみると……もう三年くらいかな。一人ぼっちで寂しそうにしてたから、一緒に来る? って聞いて連れてきたんだっけ」

「なるほど、いい出会いだったな。人生は一期一会。マッシュとの出会いを、どうか大事にしてやってほしい」

「一期一会……確か、同じ出会いは無いって意味だったっけ」

「おお、よく知ってるな。その通りだ」

そしてこれまであまり姿を見せていなかったトモミチも、この夏休みの途中から頻繁に顔を出すようになった。

「最近トモミチが来てくれるおかげで、みんなが心なしかピシッとするようになったわ。ありがとね」

「大したことはしてないさ。今まで来ていなかった分、少しでもお前やシズの力になりたいと思ってな」

「助かってるから、本当に。それと、ユイの相談に乗ってくれてたのも……」

「あれも結局、シズにやってもらったようなものだ。礼を言われるほどのことじゃない」

「ううん、でも、話し相手になってくれてたのは間違いないから」

トモミチと話すスズには、かつて見られた敵愾心や対抗心は、もうまったく見られなくなっていた。

「改めて気付かされたわ。こんなに周りの人に迷惑掛けちゃってたんだって。これからは視野を広く持って、同じことを繰り返さないようにしなきゃ」

「大丈夫だ。スズならきっとできる。何度転がされようが必ず起き上がる、ダルマッカの起き上がり小法師のようなお前なら、必ずな」

「……うん。ありがとう、トモミチ。トモミチにも支えてもらってるって思うと、なんか元気が湧いてくる」

「俺がお前を支えてるだけじゃない。お前もまた俺を支えて、ヒワダジムが成り立ってる。俺はそう思うぞ」

過剰な対抗心を抜いて見た相手は、とても頼もしい仲間に他ならなかった。スズとトモミチの間の距離は、急速に縮まりつつあった。

「……首尾は上々、ってところかな。だけど……」

方々で活発な活動が繰り広げられてるジムを楽しげに見回していたツクシだったが、時折携帯電話を取り出してはディスプレイを見つめるという行動を繰り返していた。

画面には、昨日の夜に届いたメールが表示されていた。

「これが……きっと、最後の壁になる」

「シズとスズだけじゃない、僕にとっても……」

ぐっと力を込めて携帯電話を握り締めていた――まさに、その時だった。

「り……リーダー! リーダーとシズ先輩に会いたいって人が、ジムに入って来ました!」

傍らに相棒のレディアンを連れたセイジが駆け寄ってきた。セイジが声を張り上げたために、喧騒に包まれていたジム内が瞬時に静寂に包まれる。ツクシはセイジの言葉には応えず、ただじっと前方を見つめつづけていた。

緊張が走ったのはツクシだけに止まらなかった。シズとスズもまた、ジムへ入り込んだ来訪者の姿を捉えていた。

「お姉ちゃん、あの二人……!」

「わたしたちとお兄ちゃんに話がある……そう、みたいだね」

二人がツクシの元へ急ぐ。ツクシが二人を迎え入れると、しばし間を置いて、来訪者たちもまた眼前まで歩み寄ってきた。

シズとスズ、そしてツクシが目にしたのは――。

 

「……リョウタ君」

「それに――サダコちゃん」

 

幼なじみのリョウタと、サダコの二人だった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。