長針が九度ほど回った後、志郎がパチリと目を開けた。心地よい目覚めだ、気怠さとか眠気だとかが微塵も感じられない。真正面に見える年季の入った柱時計は、六時を少し回った時刻を指している。起きるのには丁度良い時間だった。気が変わらぬうちに上体を起こし、手を組んでぐっ、と体を起こした。
昨日と同じように、義孝は志郎より遥かに早起きして、朝飯の支度に精を出していた。志郎が、おはよう、と挨拶すると、味噌汁を煮立てていた義孝がクルリと振り返り、おはよう、と応じて見せた。冷蔵庫から麦茶の入った瓶を取り出し、小ぶりな硝子のコップに注ぎ、額にうっすら汗を浮かべた志郎に手渡した。
義孝は気立てのやさしい、穏やかな性格の爺さんだった。一年前に連れ合いの文江に先立たれてからは、一人でこの家を守っている。見た目に似合わぬ料理好きで、志郎は義孝の家に遊びに行く度に、義孝が用意してくれる質素なご馳走にありつけるのを楽しみにしていた。
麦茶を飲み干した志郎が容れ物を置き、厨で用を足して出て来たときのことだった。志郎の斜め手前に、家の上階へ繋がる階段が見えた。いつ見ても薄暗く、奥の様子が一向に知れなかったので、志郎は階段に近づくことさえしなかった。義孝が言うには、二階には康夫と健治が子供の時分に使っていた部屋があるという。興味はあったが、やはり薄暗いのが先に立って、積極的に踏み込もうと気はついぞ起こらなかった。
志郎が律儀に義孝の手伝いをしていると、寝室で眠っていた康夫が起き出してきた。お父さん、おはよう。志郎が呼びかけると、ああ、おはよう、志郎。康夫はそのように応えた。今柳葉魚が焼けたところだと言い、義孝が食卓に皿と茶碗・汁椀を並べていく。こうして、今日も朝の時間が流れ出すのである。
黄金色の卵掛けご飯を掻き込む志郎の隣で、康夫と義孝は時折ぽつぽつと二言三言、断片的な言葉を交わしていた。その内容はと言うと、やれ、健治を拾って行くための道順はどうなのかとか、見舞いの品は要らないのかとか、車の運転は一人で大丈夫なのかとか、例によって志郎の手の届かない、言わば空中戦の様相を呈していた。拾った言葉を繋ぎ合わせると、父と祖父は今日、叔父と一緒にどこかに誰かの見舞いへ行くらしい。そして恐らく、自分は関係ないだろう。志郎はそう考えた。
茄子と玉葱の味噌汁を啜り、箸休めの黒豆をつまんでいると、社会面を広げていた康夫がバサリと新聞紙を閉じ、志郎に向かっておもむろにこう言った。
「志郎。今日、おじいちゃんと一緒に出かけて来る。留守番を頼めるか?」
「留守番? 大丈夫だよ。何時に出て行くの?」
「朝からだ。家の鍵は預けておくから、外で遊びたいなら遊んできてもいいぞ。夕方には帰ってくるからな」
「済まないね、志郎。帰ってきたら、おじいちゃんがまたご馳走を作ってやるから、いい子で待ってておくれ」
「うん、分かった。鍵はぼくが閉めとくね」
何もかも、予想通りだった。康夫と義孝は、朝から――康夫も義孝も口に出しては言わなかったが、間違いなく「お見舞い」に、だろう――出かけるらしい。その間の留守番を、志郎に任せたいと言う。このような事は前々からまま繰り返されていたから、志郎は特に驚くこともなかった。遊びに出ていいと言われているから、家にはきちんと鍵を掛けて、チエのところへ遊びに行けばいい。それくらいの考えだった。
康夫と義孝が身支度を整えて、康夫の運転する車で走り去っていくのを見送ってから、志郎は志郎でいそいそと準備を始めた。よく絞った布巾で麦藁帽子を拭い、水筒によく冷やした麦茶を詰める。昨日は昼飯を食べ損なった――正確に言うのであれば、昼飯を食べるのも忘れるほど、夢中で遊んでいたのけれど――ので、釜に残っていた飯を幾らか失敬し、中に梅干を入れて海苔を巻いた大きな握り飯を二つ作って、ラップで巻いて袋に入れた。腹が減っても、これがあれば問題なかろう。
例によって麦藁帽子を被り、手提げに水筒と握り飯を入れて、志郎は家を出た。チエのところへ早く行きたい余りにうっかり鍵を掛け忘れ、家から五十歩ほどのところで気付いて慌てて引き返したのは、まあご愛嬌。元々泥棒の出るところでもあるまい。泥棒とて、このような人気の少ない田舎に張り付いているほど、暢気な稼業では無い筈である。
昨日より少し出るのが遅くなったものの、それでも、朝の早い時間に外を歩いていると言うことに変わりは無い。志郎が目をやると、またあちらこちらで、ポケモンたちののどかな営みの風景光景を見ることができた。
いつぞやの大樹の下で寝そべっていたニャースが、茶・黒・白の入り混じった三毛猫と、これまた団子になって眠っている。化け猫と猫はいがみ合うかと勝手に思っていたら、そうではないらしい。右手では、小さな雀とそれより二周りほど大きなスバメが、地面に転がる虫を啄ばんでいる。時々取り合いになるが、それも束の間。忽ち別の獲物を見つけて、そちらに向かっていく。何だかんだで、互いに上手くやっているようだ。
小さな蒲公英と戯れるポポッコ、野芥子にくっついて擬態する子供のバチュル、紫陽花の花をちょこちょこと齧っているスボミー、鳳仙花の茎に絡まっているフワンテ。夏に開花する花々は人の目を楽しませるだけでなく、ポケモン達にとっても惹かれる存在なのだろう。紫陽花を朝飯にしていたスボミーが通りがかった志郎に気付き、天辺の角だか手だか分からないものを振ると、志郎も手を振って応じてやった。
川までは難なく辿り着いた。清流から少し離れた場所に手提げ袋を置き、志郎がサンダルのまま水の中へ足を踏み入れる。一番乗りかと思いきや先客がいたようで、対面の岸でマリルとルリリが水面に浮かんで遊んでいる姿が見えた。体よりも大きな尻尾の浮き袋に恐々身を預けているルリリに、見たところ姉に思われるマリルが、自ら泳ぎの手本を見せてやっている。
水鼠、の異名を戴くだけあって、マリルは小柄ながら泳ぎに長けたポケモンだった。立泳ぎに始まり、背泳ぎに平泳ぎ、果ては申し訳程度にくっついている手足を目一杯稼働させて、人並みにクロウルまでやってのける。ぱしゃぱしゃと水を跳ねさせ、マリルは楽しげに泳いでいた。
快活に泳ぎ回る姉の姿に気持ちを解されたルリリが、恐る恐るしがみ付いていた尻尾の浮き袋から手を離し、清流に華奢な体を預ける。マリルはルリリが溺れぬように躰を抱えてやり、まずはルリリが水と近しくなれるようにしてやる。初めは少々怯えていたルリリも、やがて慣れてきたのだろう、姉に掴んでもらいながらバタ足の練習をし始めた。
ルリリの表情が綻ぶまでは、さして時間は掛からなかった。妹の躰を支えつつ、マリルがゆるゆると後ろへ身を引いてゆく。こうして、姉が妹に泳ぐこつを教えてやるわけだ。おそらくはマリルも、父母か兄か姉かは定かでないが、年長者に同じようにして泳法の手解きを受けたのだろう。
楽しそうにバタ足を続けるルリリを、遠巻きに見物していた志郎だったが──不意に、ふっと、目の前が暗くなった。知らぬ間に瞼が下り、視界が闇に染め上げられる。不思議に思った志郎が顔を左右に振り向けてみるが、どうにも、いつもと勝手が違って思うように動かない。
「あれ……?」
「にっしっしっし。うーしーろーのしょーうめんだーれじゃ?」
そういうことか。待ち人来たりて目を塞ぐ。水鼠の姉妹に見とれている間に、後ろから近づかれていたようであった。志郎は胸いっぱいに息を吸い込んで、はぁー、と一思いに吐き出す。十分に気を落ち着かせ、志郎が平時通りの調子で、後ろの正面に立つ者の名を口にする。
「分かったよ。チエちゃんだね」
「ははっ、当ったりだぞぉ、志郎」
後ろに立つは、おかっぱ髪に雨合羽の少女、お馴染みチエであった。視界の開けた志郎が振り返ると、向日葵か蒲公英かと思うような晴々とした笑みを見せるチエの顔があった。志郎はほっと息を吐いて、自分の顔を少し上目で見つめる形になっているチエに眼差しを向けた。
安心するのである。チエの姿を見ていると。義孝の家では、健治が日がな一日己の主張をのべつ幕無しに口走り続けている。康夫と義孝は、健治の訴えをほとんど黙って聞き入れている。そのやり取りの間に、志郎が入る余地は微塵も無い。分かり良く言うと、居場所が無いのだ。まったくもって、どこにも在りはしない。
チエは、そうではない。自分と会えるのを心待ちにして、真っ直ぐな気持ちを向けてくれる。チエと戯れていると、自分がここにいても良いような気がしてくる。一昨日かそこらに顔を合わせたばかりなのに、不思議とチエは他人の気がしない。馬鹿馬鹿しいことであるが、実はチエが志郎の親戚だった、などと言われても、さして驚き無く受け入れられるような気さえするのである。
「いきなり目隠しされちゃって、ちょっとびっくりしたよ」
「うん、うん。おら、志郎がたまげるのを見たかったからなぁ」
「チエちゃんが、どーん、って水をぶちまけた時が、一番驚いたかな」
「あれかぁあれかぁ。おらはかーるく叩いたつもりだったけどぉ、打ち所が悪くて大水になっちまったからなぁ」
昨日遊んでいるときに、チエは前の日に志郎の前でぶち上げた巨大な水柱も、チエの力によるものだと教えてもらった。あれは「お天道様」にお願いしたのではなく、普通に水面を叩いたらああなったそうな。彼女の見た目に拠らぬとんでもない馬鹿力は、服を一瞬で乾かして見せたあの力と、また別物らしい。
川の中でしばらく話していた志郎とチエだったが、ふと、チエが肩から編んだ藁の紐を提げているのが見えた。すーっと紐に沿ってなぞっていくと、チエの腰辺りに、これまた藁で編んだ小さな鞄が迫り出していた。ちょうど、志郎が持っている水筒のような位置にある。
「チエちゃん。そのかばん、何か入ってるの?」
「入っとるともぉ。見てみるかえ?」
チエが鞄に蓋をしている藁の紐をくるりくるりと巻いて取り外すと、鞄の口を大きく広げて、中に入っているものを志郎に見せた。興味を惹かれた志郎が、中をずずいと覗き込む。チエの鞄の中には、笹の葉で包まれた大きな塊が二つと、露を吹いた水入りの小ぶりな瓶が一つ入っていた。瓶は蓋に布が巻かれていて、口を紐で縛ってある。
笹の葉で包まれているのは、焼いた木の実だとチエは言う。木の実を蒸し焼きにした後、保存のために笹の葉を幾枚も重ね合わせて包んでいる。趣旨としては、概ね、今日志郎が持ってきた昼飯と同じ位置付けだろう。それにつけても、なんとも野趣溢れる弁当ではなかろうか。やはり、チエはちぐはぐだ。そしてそのちぐはぐさが、チエという少女の印象をより鮮烈にするのである。
中身を見せてもらった後、志郎とチエは手を取り合って近くの岸へ上がる。何をしようかと思案していた最中、チエが「もっと大きな川があるところを知っている」と口にし、その「大きな川」とやらへ行きたいと言い出した。日和田の地理にはとんと疎かった志郎は「大きな川」とやらが何処にあるのかさっぱり分からなかったものの、チエがせがむからには面白い場所に相違ないと考え、チエにそこまで案内してもらうことにした。
昨日遊んだ鎮守の森を左手にすり抜け、奥に鎮座する鬱蒼とした森の中へ分け入っていく。時折オニスズメが囀る声が聞こえ、不用意に縄張りへ侵入する不届き者を追い払う姿が見える。短い羽を忙しなく羽ばたかせ、体のなりの割に鋭い目を向けてきたりするものの、志郎の隣を歩くチエの姿を認めるとそれ以上深追いはせず、巣に戻っていく。
「チエちゃん、オニスズメに怖がられないんだね」
「んだ。鬼雀は自分の住処の番をするのが仕事じゃあ。おらが『おめぇたちの所に行く気はねぇぞ』って言うと、それで満足するんじゃよ」
「そうなんだ……オニスズメに話ができるのも、神様のおかげ?」
「いんや。おら、なぁんもせんでも物の怪の言葉が分かるぞぉ。志郎には分からんのかえ?」
「うん。また、ポケモンが話している所を見たら、何を話してるか教えてほしいな」
「構わん構わん。おらに任せとけぇ」
これといって特別何かせずとも、チエにはポケモンの言葉を理解して、さらに自分の意志を伝える能力が備わっているらしい。志郎が読んだことのある児童向け文学にも、獣の言葉を解し繰る少年少女はぽつぽついはしたが、それは志郎にとって、あくまで紙の上でのみ生きる、肉を持たない存在だった。
チエは、どうか。手を伸ばせば、いや今なら伸ばさずとも容易に触れることが出来、自分の隣で息をしている。チエはここにいるのだ。志郎はそれを実感する事ができる。チエは間違いなくここにいて、断じて記憶の断片などではない。実体を伴い、確かに側にいる。人の理にそぐわぬ力を持っていても、チエはここにいるのだから、それを否定することなど、土台無理なことである。
志郎がチエの手を取ると、チエも志郎の手を握り返す。無邪気に笑うチエの姿を見て、志郎は何やら無性に嬉しくなってきた。浮き浮きしたその気持ちに任せるまま、チエと共に森の奥深くへとずんずん踏み込んでいった。
して、その先で二人を待ち受けていたものと言うと。
「うわぁ……! 大きくて綺麗な川だね。ここがチエちゃんの言ってた川?」
「ははっ、たまげたかえ? でっけぇ川だろぉ。おら、こん川で遊ぶのが大好きなんじゃあ」
二人が待ち合わせに使っているあの河川が餓鬼の遊びに見えるほど、連れてこられた先の川は大きいものだった。浅瀬から数歩踏み出せば、志郎ほどの背丈では川底に足が着かずすっぽり水で覆われてしまうだろうと思えるほど深い場所があり、川面にたゆたう落ち葉の流れる様を見ても、流れの方も相応に速かろうことが分かる。
とは言え、踝まで水嵩が届かぬ程度の所で遊ぶのであれば、深さも速さも恐るるに足らず。今日は底意地の悪い雨雲が出張ってくるとの予報もなく、川は終日穏やかに流れるばかりであろう。つまるところ、川で遊ぶには絶好の状況と言えるわけである。
二人は河原の隅に手提げと鞄を寄せ固めて置くと、すぐさま川の畔に向けて駆け出した。ザアザアと止む事無しに水が流れる音を聞かされていると、身が疼くのが子供という生き物である。志郎が澄み切った川の水を手桶で掬ってバシャバシャと顔を洗うと、チエも彼に倣って顔をゴシゴシと洗った。じめじめと顔や額に纏わり付いていた汗を清水で跡形も無く吹き飛ばすと、志郎とチエが顔を見合わせて笑った。
川の周りにも、物の怪、もといポケモンたちの姿があちこちに見られた。畔ではジグザグマやビッパが水浴びに興じていたし、少し奥にまで目をやると、トサキントやコイキングが川面から跳ね上がる姿がしばしば目撃できた。せせらぎの音に心惹かれたか、河原と森の接する辺りで、ピッピとタブンネが揃って座り込んで耳を傾けている。白か灰色かという河原で、これら少々目に眩しい桜色の物の怪たちが寛いでいる光景は、ともすると珍妙なものであった。
「この辺り、タブンネも住んでるんだね」
「んだ。多聞音は怖がりじゃから、人様の住んどるところには寄り付かんのじゃあ」
一時、タブンネがポケモントレーナー達に「狩られ」、その数を大きく減らした時期があった。日和田も例に漏れずタブンネが姿を消した時期があったが、その後それより早く人間の、特に子供・若者の数が減り切ったために、徐々に元の形に戻りつつあるらしい。
タブンネから視線を外して森に目をやると、背の高い草が無数に生えているのが見えた。何やら玩具にできそうな装いである。思い立ったが吉日吉報、志郎はサンダルで石ころを踏みながら走り、適当に一本草を引きちぎって、チエのところへとって返してきた。
何をする気なのかと不思議そうに見つめるチエを横手に、志郎が持ってきた草を捏ね繰り回し始めた。待つこと数分、不意に志郎が顔を上げ、弄くっていた草を――否、草だったものを高々と掲げた。
「志郎、ひょっとしてそれ、草船かえ?」
「そうだよ。よく知ってるね。お父さんに作り方を教えてもらったんだ」
志郎の手のひらに載っているもの、それは、草を折って作った小さな船だった。小さいなりにうまく船の形を成していて、なかなかの出来栄えに思えた。川で遊び道具として使うにはうってつけだろう。向こうには同じような草がぼうぼう生えており、これを流してしまっても新しい船はいくらでも作れそうだった。
いつだったかは忘れたが、志郎は草船の作り方を康夫から教わった。その時に、康夫も義孝から作り方の手解きを受けたと聞いたような気がする。義孝・康夫・志郎と、草船の作り方が連綿と受け継がれているわけだ。自分にも子供ができたら、同じようにして作り方の手本を見せてやろう──志郎は、そのように考えるのだった。
「そうかぁ、志郎も草船作るんじゃなぁ」
「ぼくも、ってことは、チエちゃんも作れるの?」
「おらだって作れるぞぉ。ちと待っとれい」
チエは志郎が草を摘みに行ったところまで駆けていき、同じようにして手近な草を取ってくると、てけてけと志郎の元まで帰ってきた。早速、草船を作る──と、思いきや。チエは草を石畳の上へ置いて、そのまま屈み込んだ。バサア、という雨合羽の擦れる音が聞こえ、チエが草を一心に見つめだした
今度は志郎が不可思議だという顔つきをする番だった。チエは志郎の服の裾を掴んだあの時のように、目を閉じて念仏のようなものを誦じ始めた。そのまま、しばし待ってみる。すると、草が不意にピンと立ち上がったかと思うと、頭の先からクルクルと自分自身を折り畳み始め、形を成し始めた。
手を伸ばして念を草に送ると、草がチエの願いに応えてあれよあれよと言う間に形を変えていく。志郎は草の変貌する様を、目を見開き固唾を呑んで見守る。額に珠のような汗を光らせながら、チエは作業に没入した。そして待つこと凡そ三分。チエが、向けていた手をすっと下ろし、顔を上げて志郎に視線を向けた。
「できたぞぉ、志郎。おらの草船だぁ」
「すごいなあ、チエちゃん。手を触れずに作っちゃうなんて」
「はっはっはぁ! おらの十八番だからなぁ。おっ母に仕込んでもらったんだぞぉ」
「へぇ……お母さんに教えてもらったんだ」
父から草船作りを習った志郎とは対照的に、チエは母親に草船の作り方を仕込まれた、らしい。となると、母親さんのほうもチエのように摩訶不思議な力を使うのであろうか。チエがこのような型破りな娘であるから、母親とて型破りであっても何らおかしなことは無い。志郎はそう考えた。
完成した草船を互いに持ち寄り、即席の品評会を行う。チエの手がけた草船を手に取って見た志郎は、直ちにあることに気が付いた。草船の作りが、志郎とチエのものでピタリと一致していたのだ。折り方から仕上げに至るまで、美に入り細に入り同じである。
志郎がチエにそのことを伝えると、チエは面白がって志郎の草船を取った。自分のものと志郎のものを見比べてみて、確かに同じ作りになっていることを認めた。草船は幾つか作り方があるが、志郎のものはあまり見かけない、やや手の込んだ作りだった。珍しいと言って差し支えないだろう。
「チエちゃん、珍しいなぁ。ぼくと同じ作り方だったなんて」
「珍しいのかえ? おら、この作り方しか知らねぇぞぉ」
「何種類かあるみたいなんだ。ぼくも、これしか知らないけど」
何はともあれ、草船が出来たことに変わりは無い。さて、では次はどうするかと言えば、言うまでも無く進水式である。作ったまま放置されて置かれるのは、草船としても文字通り『浮かばれない』。清流に身を委ねさせ、流れる様を鑑賞するところまで含めて、草船遊びと言えよう。
チエと志郎が仲良く並んで川縁に屈み込む。目を合わせて頷き合った後、草船を川面に漂わせた。船は僅かに揺らぐも直ちに体勢を立て直し、流れに沿って川を悠々と下っていく。二人はすぐに立ち上がると、流れ行く船を視界に捉えつつ追いかけ始める。
徐々に加速し、草船が視界から遠ざかっていく。気ままな川の流れに弄ばれてくるくると回り、迫り出した岩場に船体をぶつけ、時折顔を出すハスボーの水飛沫に揺らされたりしつつ、それでも船は転覆する事無く、一心に川下に向けて航行を続ける。
やがて船の姿を追う事は出来なくなり、志郎もチエもその場に立ち止まった。船が沈没せずに出航したことを受けて、満足そうな顔つきをしている。
「うまくいったね、チエちゃん」
「いい塩梅に流れて面白いなぁ。おらもっと流すぞぉ」
「よし、ぼくだって。チエちゃん、行こっか」
せせらぎと木陰が涼を醸し出す鬱蒼とした森の奥で、二人は気の趣くままに遊び続けた。人の手が入らぬこの場所は、志郎とチエだけの私的な遊び場と化した。時が経つのも忘れて遊ぶ二人を見ては、時渡りの神様とて時間の存在を知らしめることは難しかろう。
それでも――時は流れる。
チエと共に草船流しを飽きもせず五度ほど繰り返した後、志郎は少し腹の虫が疼いてくるのを感じた。時計は持っておらぬが、体感的にはちょうど昼時である。日の高さも昼時の証明となるだろう。川縁で手を洗っているチエに、志郎が後ろから声を掛けた。
「チエちゃん、そろそろお昼にしない?」
「んだ。おらもそう思っとったところじゃあ」
同意が取れた。志郎は立ち上がると、隅に置いてあった自分とチエの鞄を片手ずつに取り、元居た場所までさっと戻った。都合よくチエも戻ってきて、志郎から鞄を受け取る。手近に腰掛けられそうな大きな石が、ちょうど二つごろりと転がっていたので、二人はそれぞれ石の上に腰掛けた。
手提げから大きな握り飯を取り出す志郎に、チエも鞄から笹の葉を巻いた焼き木の実を取り出す。握り飯も木の実も都合よく――いや、最初から図っていたのかも知れないが――二つ在ったから、志郎もチエもどちらともなく、互いに持ち寄った食べ物を相手に手渡す。
「はい、チエちゃん。ラップを外して食べてね」
「ははっ、旨そうだなぁ。おらからも渡すぞぉ」
「ありがとう、チエちゃん。葉っぱで包むって、なんだか面白いね」
受け取った握り飯に、小さな口を目一杯開けてかぶりつくチエを横目で見ながら、志郎はチエが持ってきた笹の葉巻き焼き木の実の葉を一枚一枚丁寧に剥がしていった。葉を一枚取り去るたびに、笹の葉と木の実の芳醇な匂いが広がる。思い切りかぶり付きたい気持ちを無理くり抑え、志郎は落ち着き払って一口齧った。
果実の類は焼くと味が大きく変わると言われているが、志郎が食べたそれは元の味が何なのか考えがまったく及ばなかった。決して不味い訳ではない。火に炙られた果実は確かに柔らかく、口の中でスッと溶けるような感触がする。それでいて、口に入るまでは元の形を保っている。甘味は痺れるほど強く、口内に瞬時に広がるが、それはあくまで一瞬のこと。まるで尾を引かず、しつこさとは無縁であった。そして、甘さが引いた後にほのかに残る林檎のような酸味が、二口目・三口目と果実を食べさせる原動力として働くのである。散々長々書いたが、端的簡潔に言うと、旨いのである。
一心不乱に果実を食べる志郎の様子を見たチエが、口元に米粒をくっ付けたまま無邪気に笑う。目ざとい志郎が自分の口元を指して米粒の存在を教えてやると、チエは照れたように頬を赤くし、米粒を取ってはにかんで見せた。
志郎が持ってきた麦茶を二人で分け合って飲み干し、水筒を川の水で満たした後、志郎とチエは一服入れることにした。四方を木々に囲われた川辺で胸に空気を満たすと、臓腑が浄化されていくような感触が味わえる。志郎が住んでいるところは別段空気が濁っている訳ではないが、ここと比較すれば雲泥の差がある。どちらが雲かは、言うまでも無い。
「気持ちいいね、ここ。ねえ、チエちゃん……あれ?」
空気に身が洗われていくような快さを味わいながら、志郎が隣に居たチエに向き直った。
そこまではよかった。問題は、その後である。
「あたたたた……やめい、やめい、暴れるでねえ、暴れるでねえ」
「チエちゃん、どうしたの? 大丈夫?」
座っていたチエが頭を抱え、蹲るようにして体を丸めていた。何事かと立ち上がった志郎がチエに寄り添うと、チエが苦しそうに顔を上げた。
「駄目じゃあ、駄目じゃあ。志郎、おらに近寄るでねえ。頭が、頭が割れちまうぞぉ」
「頭が……? チエちゃん、一体何が……」
志郎がチエの体を支えると――不思議なことが起きた。視界が揺らぎ、右の目と左の目で見ているものがずれてくるような感触がしたかと思うと、心の臓が頭に移ったかと錯覚するほど、どくんどくんと脈を打ち始めたのである。
初めは気にならなかったそれが、瞬きもせぬうちに大きくなり、やがてはっきりと伝わる『痛み』の波動として広がり始めた。思わず顔を歪め、志郎が片目を瞑る。あれよあれよと言う間に、志郎は頭痛に見舞われ始めた。
「痛い、痛い、こらぁ、やめろと言うておるんじゃあ」
「ぐっ……! チエちゃん、頭が痛いの……?」
止まない頭痛を抱えながらも、苦しむチエを見た志郎は決然と立ち上がり、チエの体を横たえてやった。頭を痛めているのにごつごつした石の上に頭を置くのは理に敵わぬと判断した志郎は、すぐさまその場へしゃがみこみ、己の膝をチエの枕としてやった。
横になり、志郎に膝枕をしてもらったチエが、少し表情を緩める。きゅっと閉じていた目を薄く開くと、心配そうな視線を志郎に向けた。
「志郎……」
「チエちゃん、しっかりして! 大丈夫? 横になってた方が、楽だと思うけど……」
「堪忍なあ、志郎。おら、時々頭が割れそうになってなぁ、そん時は、おらの周りに居る人も、同じように頭が痛いと言うようになるんじゃあ」
「やっぱり、チエちゃんも頭が痛くなったんだね……」
力なくこくりと頷くチエに、志郎は己の頭の痛みなどとうにどうでもよくなって、一心にチエの目を見つめ続けた。頭が酷く痛むせいか、チエの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。彼女の豪放磊落な面ばかり見ていた志郎は、今にも萎れそうな花を思わせるチエの姿に、ただならぬものを感じ取っていた。
チエは、泣いていた。
ポツリ、ポツリ。志郎の頭に、冷たいものが降ってきた。チエを起こさぬようにそっと顔を上げると、あれほど晴れ渡っていたはずの空に、黒い雨雲が被さっているのが見えた。弱い、ごく弱い雨を降らせ、志郎とチエの頬に雫を垂らす。ぼうっと空を見つめながら、志郎は惚けたように口を開けていた。
短パンのポケットからハンカチを引きずり出して、チエの額にじっとりと浮かんだ汗を拭ってやる。志郎自身も頭の痛みはあったが、今はそれよりチエの具合の方がずっとずっと心配であった。水筒から冷えた水を容れ物に汲んで、口から少し飲ませてやった。こくん、と水が喉を通る音が聞こえた。
幸いにして、チエと志郎の頭の痛みはそれ以上酷くなる事はなく、一度山を越えた後は波が引くようにごく静かに鎮まってゆき、チエは落ち着いた呼吸の律動を取り戻した。志郎が頭を撫でてやると、チエは安堵した表情を見せ、そっと目を閉じる。
「落ち着いた? チエちゃん」
「まだ、ちぃと痛むけど、もう心配せんでも大丈夫じゃあ」
受け答えはハッキリしていた。チエはまだ少し痛むようだったが、先ほどのような激しい痛みとは程遠い、しつこく居残った弱い痛みのようだった。
「よかった……チエちゃんが苦しそうだったから、心配だったんだ」
「堪忍なぁ、志郎。おら、もう大丈夫じゃけど……」
「うん。どうかした?」
「もうちっとばかり、横になっててもええかえ?」
「いいよ。ぼく、チエちゃんが起きるまでこうしてるからね」
志郎の膝の上が気に入ったのか、もう少し横になっていたいと言うチエに、志郎は即座に構わないと答えた。チエは弱々しいながらも笑顔を取り戻すと、しばし目を閉じた。
そうして半時ほど、志郎もチエも互いに何も言わずに過ごしていた。そこから先に沈黙を破ったのは、志郎の膝の上で横になっていたチエのほうだった。
「堪忍なぁ、志郎。頭、痛かったじゃろ?」
「ううん、ぼくは平気だよ。チエちゃんこそ、大丈夫?」
「うん、うん。おらも大丈夫だぁ。志郎、ありがとうなぁ。志郎のおかげで、おら随分楽になっただぁ」
「そっか……よかった。ぼく、チエちゃんが倒れちゃうんじゃないかって、心配で……」
「すまんなぁ、志郎。おら、昔のことを思い出しちまったんだぁ」
「昔のこと?」
昔のことを思い出した、と呟くチエに、志郎は先を聞かせてくれ、という意味をこめて問い返した。チエは志郎の言葉の裏の意味まで読み取って、訥々と続きを話し始めた。
「志郎がくれた握り飯を、志郎と一緒に食ってたら、おっ母がいた頃のことを思い出して、おら悲しくなってきて……そんで、気が付いたら、頭が痛くなっとったんじゃあ」
「チエちゃん、お母さんがいないの?」
「そうじゃあ。おらが五つのときに、おらの病気を治すために出て行ってしまったんだぁ」
「病気?」
「んだ。おらもよく覚えてねえけど、体が燃えとうみたいに熱っこくなって、前も後ろも見えんようになったんじゃあ」
チエはその昔、重い熱病に罹ったという。その病を治すために、母親は出て行ったと言う。
「おっ母がいなくなって、ちっとすると……体が楽になっただぁ」
「お母さんがいなくなって……」
「そうだぁ。それで、おら、おっ母、おっ母って何遍も呼んで、でも、おっ母は帰って来なんだんだぁ」
「チエちゃん……」
「時々思い出すんじゃあ。雨ん中で、ずっとおっ母、おっ母って叫んどったのを」
「そんなことが……じゃあ、チエちゃん。お父さんは?」
「知らねぇだ。おらが生まれたときは、おっ母しかいなかっただぁ」
「そっか……チエちゃんも、一人なんだね」
「『も』? 志郎も、一人ぼっちなのかえ?」
「うん。お母さんがいなくて、お父さんはいるけど、よく家を空けて留守にしちゃうから」
チエの境遇は、志郎にも痛いほど理解できるものだった。父と母が共におらず、一人ぼっちで過ごしているという。この様子では、普段から一人で過ごしているのだろう。志郎には康夫がいたが、康夫もしょっちゅう家を空けて志郎を一人にしてしまう。だから、志郎は一人ぼっちの寂しさがどれほどのものか、その身をもって理解していた。
寂しげな目を向けてくるチエに、志郎は居た堪れなくなって、雨に濡れたおかっぱ頭を撫でてやった。頭が痛いと言っていたのだ、撫でてやってもいいじゃないか。そのように言い訳を作っていたが、本心ではそんな瑣末なことより、チエが不憫でならなかったのである。
生まれつき父親がおらず、慕っていた母親もいなくなってしまった。そのような境遇で、チエは一人暮らしている。 一人きりのチエのために、何かしてやれることはないのか──自問自答した志郎が、無意識のうちに、チエに向かってこんな問いを投げかけていた。
「チエちゃん」
「ん? どうしたぁ、志郎」
「チエちゃんは、ぼくと一緒にいると楽しい?」
チエの、答えは。
「当ったり前だぁ。おら、志郎と顔合わせてから、毎日早起きしてんだぞぉ」
「チエちゃん……それ、ぼくも同じだよ。早く起きれば早くチエちゃんに会える、って思ってさ」
「なんだぁ、志郎も同じだったのかぁ。おらたち、よく似てんなぁ」
膝の上のチエの顔に、いつもの屈託のない笑顔が戻ってきた。雨降りのような雫を零しているより、太陽のように爛々と輝いていてほしい。志郎は、チエがそうあってほしいと願った。
空を見上げる。先ほどまで張り出していた薄汚れた雨雲はとうの昔にどこかへ消え去って、また夏らしい青空が広がっていた。ただの通り雨だったようだ。通り雨にしては勢いも激しさもないしょぼくれたものだったが、まあ、大雨に降られてずぶ濡れになること思えば在り難いものである。
志郎がチエを介抱していると、先程川縁で字面通り『耳を傾けて』いたタブンネが、とことこと二人の元へ歩み寄ってきた。チエが薄目を開けると、タブンネがずずいと彼女の顔を覗き込む。チエが横になっているのを見かけて、何事かと心配したようである。
「多聞音かえ? おらはもう平気だぞぉ。志郎が面倒見てくれたんだぁ」
「心配してくれたんだね。でも、チエちゃんは大丈夫だよ。もうすぐ立ち上がれるようになると思うから」
タブンネは二人の前に立つと、クルリと巻いてある耳元の触角をスルスルと伸ばして、チエと志郎の額にピタリと触覚の先端を当てた。行動の意味合いはよく分からないが、もしかするとあれは医者の持っている聴診器のようなものであろうか。二人共々頭が痛いと言っていたから、タブンネがそれを聞いて頭を調べてくれているのかも知れぬ。志郎はタブンネの触覚を見つめながら、とりあえずそのように考えておくことにした。
ひたひたと何度か当てて外してを繰り返し――調べている間一度だけ驚いたような表情を見せたが、その瞬間川からドジョッチが飛び出したので、水の跳ねる音に驚いたのだろう――、必要なことを調べ終えたようだ。タブンネが触手を元の形に巻き直す。タブンネの表情を見る限り、問題は無さそうである。
「ねえ、タブンネ。ぼくたち、大丈夫だったよね?」
「タブンネー」
「おぉい、多聞音ぇ。『多分』じゃ加減が分からんぞぉ」
チエが起き上がり、タブンネの「多分ね」という曖昧な回答に笑って突っ込みを入れる。無論、タブンネとしては「まず大丈夫」という意味を込めて言ったわけであり、間違っても「多分大丈夫、だけど危ないかも」という意味ではないのだろうが、この答えではまあ致し方ないところである。
手短ながら診察してくれたタブンネを、志郎とチエが揃って撫でてやる。日和田のタブンネは人を怖がるようになったと言うが、このタブンネはチエによくしてもらっているのか、まるで怖がる気配を見せない。目を細めるタブンネの姿が、曇りかけた心を晴らしていくのを感じる。
優しいタブンネから心地よい「癒しの波動」を掛けてもらい、すっかり元気を取り戻した志郎とチエが立ち上がった。いやはやまだまだ日は高い。帰ってしまうには惜しい晴天である。
「よし、チエちゃん。また遊ぼっか」
「賛成だぁ。おらももっと遊びてぇぞぉ」
憂鬱な時間はお終いだ。さあ、もっと遊ぼうではないか――志郎がチエの手を取り、川へと向かう。
「チエちゃん、『水切り』って知ってる?」
「いんや、おら知らねぇだ。手で水をぶった切るのかえ?」
「うーん、ちょっと違うかな。こうやって、石を投げて……それっ!」
「おぉ? 石が水の上を跳ねてってるぞぉ?」
「これが水切りだよ。石を投げて、川の上を跳ねさせる遊びなんだ」
「面白そうだなぁ。おらもやってみるぞぉ」
木漏れ日の差す森の奥、物の怪たちの住む川で、水切りに興じる童たち。地と水の入り混じる狭間に立ち、無邪気に石を投げてゆく。
「ち、ちょっとチエちゃん、そんなに振りかぶらなくても……」
「なぁに、ちぃと加減すれば、おらだってぴょんぴょん跳ねさせられるぞぉ」
「うわっ、この角度っ……!」
「見とれよぉ。えぇいっ!!」
力任せに投げた石は、いつぞやの出来事を想起させる、派手な水柱をぶち上げた。
「ありゃあ、石が跳ねずに水が跳ねちったなぁ」
「けほっ、けほっ……チエちゃん、力任せに投げればいいってもんじゃないよ……」
「そうなのかえ? 志郎、おらに投げ方教えてくれぇ」
「いいよ。ちょっと、顔を拭いてからね」
びしょ濡れになるのも、これでもう三日連続。志郎はそう考えると共に、チエと邂逅してまだ三日しか経っていないということを思い出し、些か驚くのだった。たったの三日で、ここまで仲良くなれるものなのか。前にも思ったが、昔からの知り合いのような気さえする。それが錯覚に過ぎぬということは、志郎自らの記憶が明瞭に物語っていたが。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。