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S:0008 - "Yes, I'm a witch."

「魔女さん?!」

 

「ファイナルアンサー?!」

「ふぁ……ふぁいなるあんさーっ!」

「……………………」

「……………………」

まるでドラムロールが聴こえてきそうな、やたらと(=無意味に)長い静寂。

「……………………」

「……………………」

……そして。

 

「当たりーっ!!」

「ぃやったぁ!!」

 

おめでとう! ともえはついに正解を引き当てた!!

「よくやったわともえちゃん! 話の開始から千数百行、一向に出てくる気配のなかった最重要キーワードをよくぞ、よくぞ出してくれたわっ!!」

「はいっ! わたし、やりましたっ!! これでやっと、お話が始められますっ!!」

テンションが上がりすぎて、二人とも触れてはいけない領域に手も足も突っ込みまくっている。

「ほ、ホントによく言ってくれたわ……」

「は、はい……やっと、言え、ました……」

ようやく落ち着きを取り戻した二人が、息も絶え絶え言葉を掛け合う。

「はぁ、はぁ……」

「ぜぇ、ぜぇ……」

二人してあまりに無駄にテンションを上げすぎたせいか、揃って息を切らしている。一体自分達は何をしていたのかと、二人とも脱力しきっていた。

「と、ともえちゃん……」

「は、はい……」

「ご……ごめん、アップルティー、ち……ちょっとあたしにくれない……?」

「ど、どうぞ、です……」

ややぐったりしつつ、ともえは空子にペットボトルを手渡した。空子はペットボトルを受け取ると無言で蓋を開け、ごくごくとアップルティーを飲んだ。

「……ふぅっ。正解よ、さすがね、ともえちゃん……」

「はぁ、はぁ……よ、よかったです……空子さん、魔女、だったんですね……」

ともえは空子からペットボトルを受け取って、二人はどうにか息を整える。

「はぁ、はぁ……」

「ぜぇ、ぜぇ……」

やがて呼吸が落ち着いてくると、自然と二人の目が合う。

「でも、びっくりしました……」

「まあ、目の前にいる人間に『あたしは魔女よ』っていきなり宣言されて、驚かないほうが無理よね」

ともえの頭を優しく撫でながら、空子が言った。

「空子さんって、魔女だったですね」

「そういうこと。思ったことは大抵できるから、まあほどほどの魔女ってとこかしらね」

ソファから立ち上がり、ともえが空子の顔を見上げた。その様子に、空子が目を細める。

「魔女、かぁ……わたし、魔女のこと、ちょっと勘違いしてました」

「そうねぇ……皺だらけのお婆さんで、長い鼻や顎を持ってて、ひん曲がった杖を持ち歩いて、悪い事を考えてる……おおむね、そんなところかしら?」

「あ、はい。証拠は無いんですけど、なんとなく、そんな風なのかなって思ってました」

「でしょうねー。一度ついたイメージって、なかなか離れないものだから、ね」

感慨深げに、空子が呟く。ともえの目の前にいる「魔女」は、ともえがこれまで抱いていた「魔女」という言葉のイメージからは、ことごとくかけ離れていた。若々しく、端正な顔立ちで、これといって何も持たず飄々と歩き、とても悪事を考えているようには思えない。すべてが、ともえの考えていた「魔女」と正反対だった。

「あ、でも」

「ん? どったのともえちゃん」

「後ろから羽を生やしてて、髪の毛が角みたいにとんがってて、ちょっとセクシーな感じの魔女も知ってました」

「あー……その魔女さ、時間とか操ったりしない?」

「しますしますっ! 七海ちゃんっていう友達が見せてくれたゲームに出てきたんですっ!」

多分、圧縮とかするのだろう。時間を。

「そっか……こっちでも、魔女のイメージを変えようって動きはあるみたいね」

「『こっち』?」

「あたしたち魔女が住んでる世界の事よ。細かい事は、この後で話すわね。それよりも……」

「それよりも……?」

「さっき、あたし『二つくらい話してないことがある』って言ったわよね。その、もう一つの方を話そうと思って、ね」

空子はそう言ってから、軽く伸びをした。

「実はね……『空子』って名前、本当の名前じゃないのよ」

「ええっ?! 違うんですか?!」

「ええ。あたしの本当の名前は……」

 

「……『マジョセルリアン』。普通は『セルリアン』って呼ばれてるわ」

 

「セルリアン……さん?」

「んー。でも、『マジョセルリアン』はただでさえ長いし、『セルリアン』ってのもしっくり来ないし堅苦しいしでいいこと無いから……」

「はい……」

「そうね。『リアン』って呼んでもらえると、うれしいかしらね」

東野空子……もとい、マジョセルリアン……もとい、セルリアン……もとい、リアン。それが、彼女の本当の名前だった。

「へぇ~……なんだか、綺麗な名前ですね。ちょうど、髪の色と同じですし」

「でしょ? あたしの母さんが、髪の色がセルリアンブルーだったから、って付けてくれたのよ。あたしも、この名前は気に入ってるわ。でも、やっぱりちょっと長い気がするのよね」

苦笑しながら、リアンは自分の髪を手で梳いた。艶のあるセルリアンブルーの髪が、部屋を穏やかに吹き抜ける風に晒される。よく手入れされている様子が、遠目から見ても伝わってくるようだ。

「最初に『空子』さんって名乗ってたのは、もしかして、怪しまれないためだったんですか?」

「そういうことよ。あの状況でいきなり『あたしの名前はセルリアンよ』って言われたら、ともえちゃん、びっくりしちゃうと思って。でも、今ならもう、この名前を出しても大丈夫でしょ?」

「はい。本当の名前を教えてくれて、ありがとうございます、リアンさん」

リアンが魔女であるということ、そして、本当の名前は空子ではなく「リアン」だということ――ともえはこの二つの事実をようやく落ち着いて認識し、いつもどおりに振舞う事ができるようになった。

「わたし、なんだか夢を見てるみたいです。魔法や魔女が、わたしのすぐ側にあるなんて……」

「でしょうね。でも、すぐに信じてくれたみたいで、助かったわ」

「はい。そういうのがあったらいいなって、小さい頃から、ずっと思ってたんです」

「うんうん。分かる分かる。魔法は、世界中の女の子の夢だもの」

ソファに深く腰掛けて、リアンが小さく息をついた。その隣に、ともえがちょこんと座る。

「ともえちゃん。ここで、一つ聞きたい事があるの。いいかしら?」

「はい。なんですか?」

「あたしは魔法を使って、自分の思ったことを形にする事ができる、つまり、願いをかなえることができるの。それは、さっき見せた通りよ」

リアンの言葉に、ともえは深く頷く。その後に続く言葉を、真剣な面持ちで待っていた。

「さて、ともえちゃん。あたしはね、ともえちゃんに助けてもらったお礼をしたいの。だから、たいした事じゃないけど……ともえちゃんの願いを一つ、かなえてあげようと思うのよ」

「わたしの……願い事を、ですか?」

「そう。何でもいいわ。ともえちゃんが欲しいもの、行きたいところ、やってみたいこと……なんでも、あたしが叶えてあげる」

優しく囁くリアンを、ともえが澄んだ瞳で見つめる。リアンの言葉の一つ一つを咀嚼して、ともえは丁寧に飲み込んでいるようだった。

「何でも……」

「ええ。何でもよ」

リアンがそっと、ともえに顔を近づける。ともえは少しも動かず、凛とした視線を向けていた。

「……………………」

「……………………」

しばしの沈黙の後……

「わたしの、お願いは……」

ともえが出した答えは――

 

「わたしも、魔法が使えるようになれませんか?」

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。