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#02 略さないでネットカフェ

ざあざあと降り止まない雨の中を傘を差して歩く。折り畳み傘、お父さんが使ってた真っ黒なやつ。自分に似合ってるかなんて興味ない。この傘を差したいから。

看板、広告、ディスプレイ、広告、広告、看板。次から次に宣伝という名の情報が押し寄せてくる。興味を持ってもらうためならなんだってするぜっていう気合い? 気概? そういうのを感じずにはいられない。ちゃんとした陸地を歩いてるはずなのに、心なしか足元が覚束ない。別の理由でフワフワしてる。大小さまざま・色とりどり・千差万別のそれの中から知ってるお店のアイコンを見つけると、うちとはなんの関係もないのに少しだけ安心するのが不思議だ。

都会ってマジで「都会」なんだ、テレビとか映画用にカネかけてセット作ったわけじゃないんだ。いやこの姿になるまでにいろんなところからカネ突っ込まれてるってのは分かるけど、そうじゃなくて。小さい箱の中の空想世界だと思ってた場所が実在して、しかも今うちはそこを歩いてる。すっげえな、意味分かんねえ。キョロキョロしてたら田舎くさいってのは分かっててもあっちこっちに目が向く。具体的になんか行きたいとか欲しいとかはないけど、視界に捉えてるだけで刺激があって飽きないから。ふと周りの人を見てみる。うちみたいに視点を忙しなく動かしてるやつなんて誰もいない。

今ある風景。これを自然なものだと、何の変哲もないものだと、明日も変わらずここにあるものだと思ってるんだ、誰も彼もみんな。

「これ、歩けるのかよ」

行き交う車、もっと行き交う人々。馬鹿でかい横断歩道をおびただしい数の人が歩いてる。自分もその中の一人になって進む。なんだろな、珊瑚がよく遊んでたやつ、勇者になりきって敵をバッタバッタとなぎ倒してくゲーム、あれの雑魚にでもなった気分。歩いてる人みんな何がしか経緯とか背景とかあって、お手軽コピペで作られた雑草でもなんでもないはずなのに、この都会っていう場所のデカさはそういうちっぽけな個人をべしゃっと押しつぶす途方もない圧を感じる。足元を歩いてるミナとはぐれるのが嫌だったから、こっちに来て、と一言言って胸の中に抱いた。千のエリキテルを集めて千で割って出した平均とかいうぼんやりした数字、それより気持ち軽いらしいミナのハッキリとした重み。今はこの重みが救いに感じる。

ポケモンを連れて歩く人、モンスターボールを腰のベルトにくっつけてる人、鳥っぽいポケモンを飛ばせてる人。いるのは人だけじゃない、ポケモンもやばいくらいいる。地元でも外に出し連れ歩いてる人はいたけどなんかそういうのじゃない、人間とポケモンの境目がすっごい曖昧だ。小さな子供の手を引いて歩いてるルカリオとか、肩に乗ってるピカチュウとか。都会で暮らしてるのは人間だけじゃねえぞって言われてるみたいだ。トレーナーっぽい人とただポケモン連れてるだけの人が入り混じってるのもビックリする。ムロタウンで言う「トレーナー」って、すなわち「よその人」だったから。

電飾ピカピカ、原色ギラギラ、ついでに騒音もジャカジャカ。のっぺりした山の緑と海の青ばっか見てた目にはちょっと煌びやかすぎて眩しい。けど、悪くない。悪くないぞって思ってる。じめーっとしてて光源の少ないムロタウンの夜より、ド派手で眠らない街って感じのトウキョシティの夜の方が楽しそうじゃん。ここにはうちを知ってる人は誰もいない、どう生きたってうちの自由だ。ずっと自由になりたかった、自分で決めて自分で受け入れる人生が欲しかった。今うちはそーいう状況にある。心躍る胸躍る、ついでに脚も躍る。

「ポケセンだ、ポケセン行こう」

ただ歩いてるだけじゃすぐ迷う。当面の目的地があって歩く意味がある。朝っぱらから船に乗っててすっげー疲れたし、とりあえず横になって寝たい。ちゃんと屋根のある場所で、できればシャワーを浴びてから。使える場所って言ったらポケセン、ポケモンセンターが真っ先に思い浮かぶ。使い方はトレーナーの免許取る時に教えてもらったし、わかんなかったら訊けばいい。横になって寝て、明日になったら明日のことを考えよう。

なんてゆるい考えで、街の中心にあるポケセンまで来たわけだけど。

「いやまあ、こんだけ人いるんだからいっぱいでもおかしくねーけど」

人間が泊まるスペース、満員御礼。とっくに全部埋まって、うちが入れる余地はどこにもなかった。はあ、と返事というよりため息をつくのが精いっぱいだった。とりあえずミナは回復してもらった、別に戦ったりはしてないけど長旅で疲れてるっぽかったし。うちも疲れてるけど休める場所が無いならしょうがない。ロビーにも滅茶苦茶人がいる。座る場所さえなくて、寄り掛かれる壁さえだいぶ少ない。人が多すぎる、人口密度こんなに高い場所に来たの、ガチで生まれて初めてかも知れない。

ネクタイしたサラリーマンっぽい人がいる、相方の回復を待ってるっぽい、普通の利用者。女子高生が三人固まってくっちゃべってる、たぶんポケモン連れてなくてポケセンを寄り合い所的に使ってる、スタバにでも行け。明らかにトレーナーって分かる人がいる、パソコンで何か調べてるのかな、ちょっとかっこいい。制服でもない外行きの服着た中学生の男の子、キマワリと一緒にいる、なんかうちっぽい。いろんな人がいるって一言で言っても、何か一つの言葉で括れるわけじゃない。うちも含めて、ここに立ったり座ったりしてるまでの経緯って言うか歴史って言うか、そういうのを背負ってる。みんな、ひとりの例外もなく。

ここに居てもしょうがない、トウキョシティはでかいから他にもポケセンがあることくらいうちだってリサーチ済みだ、無策で家出するほどアホじゃない。さっさと移動しよう、寝床を探さないと。ミナをボールの中へ入れてから、折り畳み傘を開いて再び街へ出る。行こう、目指すは北西のポケセンだ、待ってろベッド、ついでにシャワーも。

とか言いながら意気揚々と北西のポケセン、南東のポケセン、北東のポケセンって事前に調べてたところ全部回ったんだけど。

「終わってる。全滅した」

目の前が真っ暗になりそうだった、真っ白かも知れない。いやどっちにしろ黒にも白にもならないけど、途方には暮れる。どうすんだこれ、まさか四つ回って全部埋まってるとは思ってなかったんだけど。スマホの地図アプリに出てる通算四件目のポケセンへの経路を見ながら頭を抱える。空いてた壁に寄り掛かったら、そのまま膝が居れてぺたんと尻餅をついた。とんでもない、都会マジでとんでもない。ポケセンを拠点にしながらバトルで賞金稼ごうっていううちのプランがのっけから破綻してる、まず寝床がない。眠れないのは無理、無理過ぎる。ムロタウンにいたころは毎晩七時間は寝てたくらいだし。

発想を変えよう、ポケセンにこだわってるから事態が進展しないんだ。どっか別の体を横にできる場所を探そう、ええっとなんだっけ、こういう時によく使う場所。ああ思い出した、ネカフェ、ネカフェだ。略さなくてネットカフェがあるじゃないか。マンガ読んだりインターネットしたり寝たりできる場所。それならさすがにどこか一つくらいは空いてるはず。どんな場所かイメージできねーけどなんとかなる、たぶん。

スマホで「ネットカフェ トウキョシティ 北東」って検索して出て来たところをナビで連れてってもらう。少しも遠慮せずに降りまくってる雨の中合計二時間くらい歩いてて、身体も気持ちもさすがにキツい。頼むから空いててくれって願うしかない。神様の類は信じてないけど今は神頼みしかできないの、ほんと癪だ。あの時あの場所に海の神様がいたって、あんなことになったってのに。たまには役立ってくれってつくづく思う。

突撃したネカフェ。ひとりです空いてますか、お時間は? 空いてるんだ。じゃあ朝まで、八時間コースで? たぶんそれで。全然勝手が分からん、言われるままにしとこうってなる。個室に案内された、横にはなれそうだ。毛布とかあります? こちらになります。ども。引っ掴んでうちに割り当てられた個室へ。あっまたすいません、シャワー室とかありますか? 向こうの奥になります。どうも。何もかも手探りだ、中暗いからそういう意味でも手さぐり。店員さんに訊けばいいって割り切ってたけどさすがに訊きすぎだと思う。だってさ、分かんないものはしょうがないじゃん。

雨に濡れた髪をシャワーでもっと濡らしてから乾かす。汗でべたついた肌もできるだけ洗った。体は綺麗にしてなさいってお母さんに言われたのを思い出す。備え付けのドライヤーで適当に体を乾かす。着替えもうちょっと持ってくれば良かった、と思いながらほんのり濡れた服に袖を通す。

はーやれやれ、って感じでシャワールームの外に出たら、割と前触れなしにサーナイトとすれ違った。誰かのポケモン? って思ってよく見たら、さっきのお店の人と同じ制服着てるのが見えた。えっ、制服着てるってことは店員? マジで? ポケモンが働いてるのかこのネカフェ。うち初めて見た。なんだろ、なんて言ったらいいのか分かんない。おかしいとか変とかそういうのじゃないけど、言うべき言葉が見つからない。なんか言わなきゃいけない訳じゃない、誰にも意見を求められてなんかないのに、なんか言わなきゃいけないって気持ちになって、でも何も言えずにいて。

(うち、世間知らずってやつ?)

残念ながらそれだ、伊達に孤島のド田舎に十二年十一か月弱も引き籠ってない。しょうがない、今の自分が世間知らずなことは認める。けどこっからだ、こっから都会で新しい自分、新生春原瑠璃が生まれるんだ。いやちょっと待って、新生なんとかが生まれるって「生」が重なってて語呂すっげぇ悪くないか、頭痛が痛い的な。言うまでもなく悪いに決まってる。ああもう踏んだり蹴ったりだ。もういい、とっととミナの所へ戻ろ。

ミナをそっとボールから出してやる。中で退屈こいてたっぽい、うちにグイグイ頬擦りしてきた。よしよし、いっぱい撫でる。ミナの好きな場所を。それから大きなため息をついた。船の上で吐きまくってたネガティブなやつじゃなくて、ようやく落ち着く場所に来たっていうもうちょっとポジティブなやつ。初っ端からホント何もかもうまく行かない、けどどうにかトウキョシティまで出てくるって目的は達成した。四角い小さな箱の中にしかなかった、うちの頭の中にカタチのない概念としてしか存在してなかった「都会」にいるんだ、今の自分は。

ちょっと頼まれてくれるかな、ミナにケーブルを向ける。笑顔で頷いたミナがケーブルの先っぽをくわえた。反対側の終端にあるコネクタをスマホの穴にぶっ刺す。ぽん、って音が鳴って充電が始まる。コンセントがなくても、ミナに繋がせてもらえば充電できる。ミナの方にも大して負荷は掛かってないみたいだし、ふつーにコンセントから電源取るより断然速いからよく頼りにしてる。ありがとう、いつも助かってるよ。ミナを抱いてぎゅっとする。嬉しそうなミナ、ぽろっとケーブルが落ちた。あっ、て感じの顔になるミナ、この仕草もかわいい。いいよ、取ったげる。もう一度くわえさせてあげた。

ミナを抱いて充電が終わるのを見届ける。ミナはお疲れみたいだ、そっと寝かせてあげる。うちも眠くて眠くて仕方がない。茶色の毛布を広げて横になる。寝床かってぇ、絶対背中痛くなるやつじゃん。これならまだお祖母ちゃん家の和室で横になった方が数倍マシだって思う。

(けど、もう帰らないって決めたし)

ムロタウンには帰りたくない。思い出したくないことがありすぎて、戻るくらいならまだこのくそ硬いブースを寝床にしてる方が良かった。お祖母ちゃんどうしてるかな、ひとりで元気にしてればいいけど。けどあれだ、うちの分のご飯とか作らなくていいから気楽でいいに違いない。うちはあそこに居ない方がいいんだ、だってもうお祖母ちゃん人生の後半じゃん。今更災難に見舞われるなんてまっぴらごめんでしょ。だったらこうやって、別々の人生を歩いたほうがいい。

うちはこの都会で死ぬまで生きてく、そうするんだって決めたから。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。