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#05 ダイナモローラー

清音さんはうちが思ってたよりもずっとまともっていうか、スマートに生きてる人だって気付くのには、全然時間はかからなかった。

洗濯機がピーピー言ってる、脱水が終わった音だ。外には干せないから風呂場に干すことになるな、乾燥モードにしなきゃ。にしても洗濯機でっけえな、うちと清音さんの服しか洗わねえからオーバースペック感がすごい。大は小を兼ねるって言うから不都合はないんだけど、とにかくでっかい。ぎっちり水が絞られた洗濯物をカゴへひょいひょいあげて、ハンガーに服引っ掛けたりして順番に干していく。タオルはバシッと皺を伸ばすのも忘れない。

お母さんの手伝いをしてた頃を思い出して、ちょっと懐かしくなった。

「洗濯物、干し終わったー」

「おーサンキューサンキュー。洗濯機回し終わったあとさ、干すの面倒じゃん? 助かるわぁ」

「別にこんくらいどうってことないけどな、うち」

テーブルを拭いてる清音さんに終わったことを報告する。結構まめに掃除とかしてて、部屋はいつも綺麗だ。散らかってもない。ゴミとかそのまんま放置してそうなイメージあったんだけど正反対。つくづくイメージってアテにならない。

続けて食器洗いに取り掛かった。と言ってもこれも二人分しかないから、隅から隅までキッチリ洗っても五分かそこそこで終わってしまう。うちからすると「こんなんでいいの?」って疑問になるレベルだけど、清音さんの方はそうでもないっぽくて。

「おっ、いつの間にか食器がピカピカになっているではありませんか! 洗い物億劫なのよねぇ、作るのは好きなんだけど」

「そんなに面倒臭い? うちいつもやってたけど」

「えっ? 洗い物面倒じゃない勢? これ才能じゃね? ハル子あんた『選ばれし者』とかじゃね?」

どーいうノリだよ、それ。とにかく口数が多くて、うちもツッコミが止まらない。ちょっと前まで独り言しか言ってなかったから、誰かと話すってだけで刺激になる。悪くないって思える。

「マジ助かる、ホント助かる、ヘクトパスカル」

「おっさんかよ!」

いやまあ、こんなしょーもないことばっか休まずに言ってて飽きねーのかよ、とも思うけど。

 

ご飯はだいたい清音さんが作ってる。うちも手伝いくらいはするけど、清音さんの手際が異様に良くてあんまりやることがない。食器を出したり配膳したりするくらい。ホントにこんなのでいいのかよって心配になるんだけど、清音さんはノリノリだ。今日作ったのは出汁巻き卵とテッポウオの塩焼き、あとほうれん草と厚揚げの入ったお味噌汁。シンプルだけど腕前が直に出るタイプの料理ばっかだ。

いただきます、手を合わせる。出汁巻き卵を箸で小さく切って口へ運ぶ。もぐもぐする。

(……なんじゃこれ)

なんじゃこれ。最初に浮かんだ言葉はそれで。

(滅茶苦茶――おいしいんだけど)

どうも清音さんの「料理の腕が立つ」っていうのは、自惚れとか思い込みとかそういう残念なやつじゃないっぽい。うまい、危うくお母さんの卵焼きの味を忘れそうになるくらいおいしい。何これ、どういうこと。テキトーな人なのに調味料の計量とか火加減はテキトーじゃないのか、そういうところはキッチリしてるのか。ホント訳わかんない。

「おいしい?」

くっそムカつく顔でニヤニヤしてる。くっ、ここで素直に「おいしい」って言ったら負けだぞ自分。なんとか他の言葉で返して鼻を明かしてやれ。って頭の中でうちが指示出してくるんだけど、無理。出汁巻き卵も焼きテッポウオも味噌汁も基礎がバッチリすぎて、シンプルに「うまい」「おいしい」「デリシャス」以外の言葉が出てこない。なんで英語なんだ最後。けどうちのプライドがストレートに返すことを許してくれない。これは戦いだ、譲れない戦いなんだ。

ほーれほれほれ、やせ我慢は体に毒よん。何言ってんだお前。この清音とか言う人はヒマさえあれば煽ってくる、スマブラで距離が離れたり敵をぶっ飛ばしたりするとすぐさまアピールをぶっこんで来るタイプだ。それでいて復帰しようとすると崖も駆使して的確に迎撃してくる。度し難いやつめ、こんなのに屈してなるものか。負けないぞうちは。

「……かなり嫌いじゃない」

どうにか言葉をひねり出してやった。おいしいとは言っていない、言ってないぞ。これでうちの勝ち、大勝利だ。いや一体何に勝ったんだろう、ものすごい虚無がうちを襲う。でっかい虚無、空虚しかない。

「意地張っちゃってぇ。あんたのそういうとこ、ほんと最高だわ」

「うっさい。しょーもないこと言ってるうちに冷めるぞ」

焼酎の水割りをガンガン呷る清音さんは、良くも悪くも大人って感じだ。

本当に、良くも悪くも。

 

「ハル子ハル子ー、ちょっと見てよー」

「だからうちはハル子じゃないっての。で、何?」

「ココなんだけどさぁ、ターコイズブルーとエメラルドグリーン、どっちの色置いた方がクールに見えると思う?」

パソコンのキーボードをカタカタ言わせてる時も口が達者なのが清音さんだ。手と口を両方同時にちゃんと動かすって結構難しい。詳しくは分からないけど、インターネットのサイトを作る仕事をしてるらしい。小さい規模の会社だけど依頼がドカドカ来るとかで、こうやって家で仕事ができるようになってるとか。

せっかく休み取ってるってのに仕事してて嫌になんねーのかな。ちょっと前にそれっぽいことを訊いた。

「んー。どっちかって言うと、出社したらメールが五百とか六百とか溜まってる方が嫌じゃない? 休みっつったってずーっと遊んでると却って疲れちゃうし、ちょっぴり仕事してた方が何かと都合がいいのよ」

らしい。仕事らしい仕事したことないから実感湧かないけど、感覚としては分かる気がした。

テンションが上がってきたみたいだ。カチャチャチャチャチャカチャチャチャ、ターン、って具合でキーを叩く速さがどんどん上がってってる。うちはキッチンから清音さんの様子を少し遠巻きに見ながら、縦長のグラスに氷をガラガラ入れていく。

「入ったよ、アイスコーヒー」

「おっ、サンキューサンキュー。こっちもひと段落したから一息入れたかったのよね」

冷やしたコーヒーを注いだグラスを二つ、テーブルへ持って行く。清音さんがパソコンをパタンと閉じてケースに突っ込むと、グラスを取って一口ごくり。ふぅー、ってする。言葉通り一息つく。

「コーヒーだけってのもなーんか物足りないわね。よしっ、ハル子にお仕事追加」

「仕事?」

「冷凍庫からちょっとアイス出してきて」

おいマジかよ、マジで言ってんのかよこの人。コーヒーにアイス合わせるって……

「分かるっしょ? コーヒー飲む、香ばしい。アイス食べる、甘い」

「はわわわわ……」

「コーヒー飲む、もっと香ばしい。アイス食べる、もっと甘い。以下ループで味覚のらせん階段ってやつよ」

「やばくない!? それ犯罪じゃない!? やっちゃっていいわけ!?」

……どう考えても最高のやつじゃん。犯罪スレスレのやべーやつじゃん、マジで。

「ギルティよねぇ、マジギルティ、やめらんないもの。でもバレなきゃセーフセーフ。んじゃ、頼んだわよん」

清音さんと一緒に食べた、コーヒー×バニラアイスは。

「……危険物質だ。止め時が分かんなくなる……」

「ね? 最高っしょ?」

犯罪めいた、味がした。

 

肘でごりごり、肩をぐりぐり。あ゛ーって清音さんがくっそ濁った声を上げてる。これ絶対他人に見せらんないやつだよ、うちだったら。

「うおおお、効いてる効いてるぅ」

「マジかってぇよ。何やったらこんな肩凝るんだ?」

「いんやー、デスクワークしてるとだんだん石化してきちゃって」

「デスクワークって、インターネットしてるだけじゃん。なんだよこれ、『透明なポケモン現る!?』って」

「んー? なんかこの辺りでさぁ、水でできたっぽい見た目のヘンなポケモンがいくつも見つかってるらしいのよ。それも魚っぽい水ポケモンばっか」

「『空から降ってくることから、一部では『空の魚』と呼ばれている』、だって? どーせなんかの見間違えだろ」

「ま、マジでなんか降ってきてるんだとしても、そりゃ案件管理局の管轄でしょって感じだしネ」

バッキバキに凝った清音さんの肩を肘を押し付けてほぐしてる。こんだけ凝るって大概だぞ、ホントに。お父さんだってこんな肩になったの見たことなかった。っていうかこうなる前にアンメルツとか塗ってケアしろよ、こーいうとこはテキトーなのが清音さんだなって思う。

あーそこそこ、そこよそこ。くぅー、気ん持ちいいわぁ。以上清音さんの感想。こいつはおっさんか、以上うちの感想。ずっと続けてても別に構わないけど、これきっと血行すっげえ悪くなってるやつだ。体あっためた方がもうちょっとほぐれる気がする。

「さっき風呂沸いたから先に入ってこいよ。あとで続きやったげるから」

「そりゃ名案! さすがねぇ、いよっ! 一流マッサージ師!」

ばか、だーれがマッサージ師だっての。

 

「あ゛あ゛ーす゛ず゛し゛い゛ー」

「おい清姉ぇ! ミナをバッテリーにして扇風機ぶん回してんじゃねえ!」

ミナがコンセント、じゃなくてプラグをくわえると大体の機械は動く。動くんだけど、こーいうくっそしょーもない使われ方をするの見ると顔にグーパン入れたくなる。扇風機の風を正面から浴びながらアホっぽい声を出してる清姉を見てたらなおさら。この世の終わりみたいなバカっぽさだ。頭が痛い、頭痛が痛い。

「い゛や゛ー、ミナちゃんもなんかお手伝いしたいって言ってるしぃ?」

「言ってねえよ! 都合のいい翻訳すんな!」

って言ってはみたものの、ミナは嬉しそうだ。プラグをしっかりくわえてニコニコしている。清姉とその相棒のティアットに滅茶苦茶懐いてて、どっちからも蝶よ花よって感じで可愛がってもらってる。危ないところを助けてもらったから当然っちゃ当然かも知れないけど、それ以前に清姉はポケモンの扱いが上手い。食べるものとか好きな場所とか、そういうのちゃんと押えてる。

テキトーでいいことはとことんテキトーで、でもちゃんとしてるときは目が覚めるくらいちゃんとしてる、それが清姉。クレバーでスマートな生き方してる、癪だけど認めざるを得ない。癪だぞ、認めたくないぞ、本当は。

「ミナちゃーん、あと三分したら今度はこっちもおねがーい」

「こぉらぁ! 人の話を聞けぇ!」

小さな画面が中にくっついたタブレットみたいなWii Uのゲームパッドをぶんぶんしてる清姉。充電してほしいらしい。アホとしか言いようがない。うちの訴えもむなしく、ミナの電気は充電器経由でゲームパッドへ送り込まれた。こいつから電気代を徴収してやろうか、一分百円くらいのレートで。

「よしよし、充電ばっちり。これでまたナワバリに繰り出せるって寸法よん」

「くっそしょーもないことにミナを使いやがって。だいたいてめえ、朝から晩までインクばっか塗ってんじゃねえ!」

「まーそうカタいこと言わない言わない。ほらぁ、ハル子にも遊ばせたげる。絶対ハマるから、百パーセント絶対保証」

は? 何言ってんだこいつ。うちがこんな色塗ったくるだけのゲームにハマるとかありえなくない? どうせ一回やれば飽きて終わりに決まってるっしょ? うちはそんな単純じゃないんだぞ、清姉とは違うんだ清姉とは。

少なくとも、その時はそう思ってた。いや、ホントに。ホントに思ってた。信じて、マジで。

さて、一体どれくらい時間が経っただろうか。かつてこの色を塗り合うゲームになんて絶対ハマらない、この自分がハマるわけがないなどと豪語していた少女・春原瑠璃の様子を見てみることにしよう。

「いぃよっしゃあぁああ! 0.4パーセント差でまくったぁあ!!」

「うぇーい! ハル子のダイナモちょーイカしてるぅー!」

はい終了。完全にハマってる。完璧に落ちてる。なんだろう、ええっとアレだ。即落ち二コマシリーズになりそうなくらいの即落ちぶり。自分ちょっとバカすぎじゃね? って気持ちがチラついてるんだけど、でも全然やめられない。勝った負けたでいちいちデカい声出して叫んでるせいで声が軽く嗄れてる。くそ重いローラーをバシャバシャして敵をぶっ潰すのが気持ち良すぎる。味方と連携して敵をゴリゴリ押し込んでいくのが楽しすぎる。飛んできた敵を待ち構えてぶちのめしたときとかマジでクラッと来る。このゲームは麻薬だ、麻薬レベルのヤバさを秘めてる。電子ドラッグだ。

「はぁー楽しかっ……たぁあああああ!? はあ!? もう夕方なんだけど!? さっきまで真っ昼間だったってのに!? ふざけてんの!?」

「ほらぁやっぱりハマってるじゃーん。ウチの言った通りねー」

「違う、違うぞ。このゲームは普通じゃねえ、きっと案件だ、案件なんだ。時間をいじくる系の。今すぐ局に通報しなきゃ」

「なーにバカなこと言ってんの。そんくらい時間泥棒ってことよ」

がっくりと肩を落とす。笑えるくらい見事なハマり方だった。時間の感覚が壊れるくらいの。清姉に言われた通りのオチじゃんこれ。すっげえ悔しい。試合で負けた時とかより悔しい。半端なく悔しい。

「ちくしょう……一日インクをまき散らして終わってしまった……このマーイーカの擬人化みたいな生き物のせいで……」

「いいっていいって。どーせさ、夏はまだ始まったばっかりなんだからサ」

夏はまだ、始まったばかり。

なんだかんだで、清姉のその言葉には、うちも素直に頷いたのだった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。