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#07 戦え! ダブルバトル

僕の力、もっと見てほしいな。思わず「中二病か!」と突っ込みたくなるような台詞を堂々と吐いて、陽介が場所を変えることを提案してきた。力ってなんだ、とりあえずポケモンバトルはまともにできるのは分かったけど、それなら場所を変える必要ねーよな。半信半疑だったけど、タッグ組んでシオリとカオリに勝てたってのもあって、この陽介って不思議男子に付き合うのも面白そうだって気持ちが湧いてきた。いいぞ、どこ行くんだ? 行先を陽介に任せて、うちとミナが着いていく。

行き先は広い広いオープンスペースを抱えたカフェスペースだ。ポケモン同伴可でデカいスペースと来れば相場は決まってる、大勢の前で派手にポケモンバトルができるってわけだ。なるほど悪くない、さっきのバトルフィールドとはまた違う感じのトレーナーが集まってるし、戦う相手には困らなさそうだ。とまあ、ここまではいい感じだったんだけど。

「まーた雨降って来やがったな。っていうか、この辺りはずっと降ってたっぽいけど」

さっきまでの快晴がこれまた嘘のように、鬱なくそ雨がしとしと降ってやがるんだよ、これが。ミナとサニーを組ませてもこれじゃ戦力半減、勝てる試合も勝てやしねえ。さっきのフィールドに留まってた方がよかったんじゃねーの、そんな思いを抱えてると、陽介がどん、と胸を叩いて見せた。

「大丈夫! 僕に任せてよ。ミナちゃんとサニーが全力を出せるように、僕が晴れを呼ぶからね!」

晴れを呼ぶ、その力が発揮されるところを見たことはある、何度も何度も。

珊瑚の相棒だったコータスのモクオには、フィールドに出るだけで近隣を晴れにする力があった。コータスの一部が持ってる特性ってやつらしい。うちは珊瑚とモクオが呼んでくれる晴れの力を借りて、ミナに全力を出してもらってた。ミナのパワーを引き出してくれる珊瑚にうちは感謝しっぱなしで、珊瑚はそんなうちのことを頼ってくれて。いくら思い出しても綺麗な光景しか出てこない、勝っても負けても楽しくて、珊瑚以外に誰かと組んでダブルを戦うなんて考えもしなかった。

今はもういない、珊瑚もモクオも。ここにも、ムロにも、どこにもいない。

「晴れを呼ぶってお前……さっきは偶然晴れただけじゃねーのか?」

「だよね。一回だけなら、偶然だって思うのも当然だよ」

本当に晴れを呼ぶところを見たから、陽介ってやつが「晴れを呼ぶ」なんて言うのがちょっと信じられなくて、さっきのは偶然だったんじゃないかって疑ってしまう。

「だから、場所を変えたんだ。偶然じゃないよ、って分かってもらうために」

だけど陽介は本気だった。マジで晴れを呼ぶって言ってる。陽介の様子が人をおちょくってるとかふざけてるとかとは全然違う、いたって真面目で真っ直ぐだったから、うちはそれ以上突っ込めなくて、成り行きを見守ろうって気にさせられてる。そうこうしているうちにオープンスペースが空いた。今は陽介の言葉を信じてみよう、うちは心に決めた。二人で並んで近くの陣地へ入る。向かい側にも高校生っぽい男子が入る。

「さあ、雨が上がるよ」

試合開始前の準備時間、陽介がさっきと同じように手を合わせて祈る。一度だけなら偶然、うちはそう思う。でももし、もしだ。ここでまた晴れたら、それも偶然? ちょっと自信がない。固唾を飲んで空を見守る。

空を見ていた目が大きく見開くのを感じた。雨脚が弱まって、分厚い雲が引いて行って、空から光が差し込む。周囲がざわざわとどよめく。雨が止んだぞ、晴れてきてる、すげえ、光が差してる、太陽が見える、あったかくなってきた――周りの無数の声がすべてを物語っている。しばらくもしないうちに、みるみるうちに、どんよりした雲が支配していたはずの空の様相が、言葉通り一変した。

「……晴れた。また、晴れた……」

さっきまで雨が降っていたとは思えない、素晴らしいくらいの快晴が、カフェスペースにいる人々を包み込む。晴れたよ、また晴れた。さっきと同じように雨が止んで、眩しいくらいの光が差してきた。

陽介が祈ったすぐ後に、空が晴れたんだ。

「――よし! ばっちり晴れたよ! 準備はいい?」

「うん。これなら……勝てる!」

フィールドに向かって二つのモンスターボールが飛んでいく。ミナとサニーが姿を現す、どちらも臨戦態勢、サンパワーもばっちりだ。

「行って来い! ドンファン!」

「頼んだぞ! ゴルバット!」

対峙するのはドンファンとゴルバット。どっちもガタイはミナとサニーよりデカい、こっちからすれば的がデカいってことだ、気後れする必要なんてない! ミナも、隣に立つサニーも、戦意をはちきれんばかりにみなぎらせる。

派手に行くよ! 陽介の指示と共にサニーが大きく飛び上がると、ドンファンとゴルバットに向かって「はなびらのまい」を繰り出す。スペース全域に鮮やかな無数の花弁が舞い散る、派手じゃん、やるじゃん。うちも便乗したくなってきた。もっと派手にしちまえ! ミナがぐっと身を屈めて力を溜めてから、空高く飛び上がった。途端、巨大な渦が巻き起こって、飛んでいた花弁の一枚一枚が鋭利な刃物と化す。「かまいたち」だ。「はなびらのまい」に「かまいたち」、ひとつひとつは大したことのないダメージでも、積み重なり方が半端ない。相手のトレーナーに次の対処を迫るには十分な圧力を掛けられてる。開幕から目を惹く先制攻撃を仕掛けたおかげで、ギャラリーもこっちを応援する人が増えてるのを感じる。いい流れ! こっちに風が吹いてる!

「あのクチートみたいなヤツを狙え! 思いっきり吹っ飛ばしてやるんだ!」

心理的な圧力を受けると思わず短絡的に状況を打開したくなる、全部計算通りだ。ま、うち自身がそうだし。クチートみたいなやつ、つまりエリキテルのミナをターゲットに指定して、ドンファンを突っ込ませてきた。クチートみたい、か。だいぶ失礼なことを言ってくれるぜ、こいつ。ミナもいい顔してないな。ちょっと痛い目見てもらおうか、ナメられっぱなしは性に合わない!

足元をちょこちょこと弄ってからミナが後ろへ退く。足元注意だ! うちが叫んだと同時に、突っ込んできたドンファンが思いっきりすっ転んだ。ミナの仕掛けた「くさむすび」が決まった。この野郎! 相手が怒るのが見える。いいヒールっぷりだ、ドンファンも頭に血が上ってる。起き上がったドンファンをミナがをおちょくって挑発して、また「くさむすび」で引っ掛ける。こうなるともうどうにもならない、三度目の「くさむすび」でドンファンが完全にダウンした。一人やっつけたぜ!

「ちょこまかしやがって! 『くろいまなざし』! あいつの動きを止めろ!」

攻めあぐねていたゴルバットがミナを睨みつける。ピタリ、ミナの動きが止まった。ちっくしょう、あのコウモリ野郎め! 多対一の状況を避けるって考えくらいはあるみたいだな。それ以上ミナを深追いせず標的をサニーに切り替えるのが見えた。タイプの相性ならゴルバットがずっと有利、最低限の知識もあるってわけか。ふん、こういうやつはムロで山ほど見て来た、こっから打開したことだって両手両足の指じゃ効かない!

「陽介! ちょっと聞いて!」

さっと耳打ちをして作戦を伝える。陽介はあっという間に理解してサニーに指示を飛ばした。頭の回転が速い、筋がいいぞこいつ!

「サニー! そこで立ってて! 僕が言ったら相手を迎え撃つんだ!」

ゴルバットはチャンスとばかりに牙をぎらつかせてサニーに迫る。草技はゴルバットにほとんど通じない、「だいちのちから」は当たらない。サニーに撃てる有効打はない、相手はきっとそう思ってる。サニーはピンチ、誰が見てもそう。

誰が見ても、それはちょっと違う。うちと陽介には別の光景が見えてる、まったく別の、正反対の!

「ミナっ! 『そうでん』!」

「何っ!? なんだあの技!?」

「そこだぁ! サニーっ! 『ソーラービーム』っ!!」

その場に立ち止ったミナの繰り出した「そうでん」。特殊な電気を送り込んで、相手の技を次の一回だけ電気技へ変える。覚えるポケモンの殆ど居ない超レア技だ。珊瑚のモクオにみずタイプをぶつけてくる相手によく使って返り討ちにしたっけ。電気を帯びたモクオの「ふんか」は、花火みたいでいつ見ても綺麗だった。目の前で放たれたサニーの「ソーラービーム」も負けちゃいない。バチバチとスパークしながらゴルバット目掛けて伸びていく光線は、どんなものでもぶっ壊しそうなくらい綺麗だった。

ミナの「そうでん」+サニーの「ソーラービーム」。力を合わせて繰り出した渾身の一撃で、ゴルバットは一発ノックアウト。

うちと陽介の……勝ちだ!

 

今度は高校の公開フィールド。ポケモン部のある高校が部活終わりにフィールドを開放してるのは珍しくない。雨の中でも山ほどいるトレーナーたち、腕が鳴るな。陽介も同じみたいだ、キラキラしたいい目をしてる。うちが言うのもなんだけど、陽介はセンスがある。うちの作戦をすぐ理解してくれたし、サニーへの指示も全部的確。思ってたよりずっと強い。やっぱり人を見た目で判断すべきじゃない。

「陽介」

「任せて!」

雨が止む、雲が裂ける、光で満たされる。もう偶然だなんて思わない。陽介は晴れを呼べる。どういう原理かは分からない、けど、この晴れがうちとミナに力をくれるのは紛れもない事実だ。勝てる、きっと勝てる。気持ちが昂るのを感じて、自然と頬が緩んだ。

「締まっていこ! ミナ!」

「暴れちゃおう! サニー!」

ミナとサニーが立つ。

「負けるな! ニドリーノ!」

「やっちゃえ! ムウマ!」

対戦相手は年下の男子二人。友達同士っぽいな、普段から組んでダブルやってるって感じだ。けど、今のうちらを簡単に止められると思うなよ!

先手必勝だ! 「どくづき」! ニドリーノのトレーナーが叫ぶ。標的はもちろんサニー、ずいぶんとやる気じゃん、血気にはやってるってやつか。うちらがすぐ撃てる有効打は見当たらない。ここは搦め手を使う場面、ミナと視線が合う。あいつを睨みつけてやれ、目で見るだけで指示が伝わる。これがうちとミナの信頼ってやつ!

ニドリーノの突進が突然遅くなる、具体的には半分くらいの速さに。ハッとした様子のニドリーノがミナを見る。ミナはニドリーノを睨んでる、滅茶苦茶鋭い視線で。「へびにらみ」をキメてやったカタチだ。ニドリーノは麻痺して動きが遅くなる、見逃さずサニーがさっと距離を取って安全な場所まで退避した、これで勢いに任せた攻撃はできない。追い打ち、とばかりにサニーが小さな種をニドリーノ目掛けて飛ばした。

「いいぞサニー! サニーが男の子だってことも忘れるくらい悩ませちゃえ!」

やるぅ、と思わず声が出た。キマワリがニドリーノに植え付けたのは「なやみのタネ」、ポケモンの思考にネガティブな影響を与えて、持ってる特性を使い物にならなくさせる厄介な小技だ。大技だけじゃなくて小技もしっかり使える、やっぱり陽介はトレーナーとして筋がいい。ヘンなとこはあるけど、背中を預けるには十分だ。うちも陽介の期待に応えなきゃ!

こいつぅ! 相方が怒りを露わにして指先をこちらに向ける。隣にいたムウマが青白く輝いて、無数の「パワージェム」を放って寄こしてきた。ターゲットはうちとサニーの両方。サニーは身を守る技を持ってない、だったらミナが身を守るってのが筋だ。

「『ひかりのかべ』!」

パワージェムが着弾する前に光の壁を展開する。それだけじゃ撃ち漏らしが出る、サニーに身を守るよう伝えてから、ミナへ追加の指示を飛ばした。

「『パラボラチャージ』っ!」

壁を突き抜けて飛んできた光弾を「パラボラチャージ」で叩き潰す。ミナもサニーもピンピンしてる、防御が上手くいった。敵が焦ってるのが手に取るように分かるぞ、流れがこっちに来てる!

応援だ、ニドリーノ! 右手の少年からニドリーノに指示が飛んだ。身体が麻痺して攻撃しづらくなった、だったら援護に回ればいい。雄叫びを上げてムウマの攻撃を「てだすけ」する態勢に入った。キィィィィッ、とガラスを爪で引っ掻くような甲高い声でムウマが喚く。得意技をぶっ放すつもりだ。

(ムウマの得意技……多分アレだ、アレしか考えられない)

だったら。陽介を見ると、うちの考えを理解したみたいだった。飲み込みの速さに驚くけど、都合がいいのは間違いない。ミナにサニーの前へ出てもらって、サニーには陽介に頼んでそれとなく下がってもらう。ミナが目立つようにきゅうきゅうと声を上げさせて、ムウマたちの注意を引く。ニドリーノの戦意を削いでムウマのパワージェムを捌き切った、向こうがこっちにヘイトを向けるのは自然なこと。一瞬で全員の意識がミナに向けられる。もちろんムウマも例外じゃない。

ヤな感じのする禍々しい紫色の球体、ムウマの頭上に出来ていってるやばそうな何か。見るからに威力がありそうで、ミナの視線が泳いでいるのを感じる。この一撃で決める! ムウマのトレーナーが叫んだ。まずい、やばい、危ない、ミナが怯えて怖がって逃げまどっている。逃げ道なんかない、あのムウマは確実にミナ目掛けて攻撃を放ってくるだろう。

「いっけえぇぇえっ!」

来た! ゴーストタイプの大技・シャドーボールだ! ダメだ、もう逃げられない、ミナが諦めて思わず目を伏せる。「てだすけ」で強化されたそれはフィールドに直撃して、馬鹿でかい黒紫の火柱を上げた。こんなもん食らえば一たまりもない、並のポケモンなら大ケガか一発ノックアウトだ。ミナは防御に秀でてるわけじゃない、さっきの「ひかりのかべ」だってパワージェムで粉々にされてる。

逃げ場も無い、身を守る方法もない。普通なら諦めるところ。

「やった! 当たったぞ!」

当たった。確かに当たった。普通なら悔しがるところ。

でも。

「……うきゅきゅ」

「えぇっ!? なんで!? 当たったはずなのに!?」

ミナには逃げ場がない、でも逃げる必要がないなら焦らなくてもいい。ミナには身を守る方法がない、けど身を守らなくていいならのんびりしてればいい。シャドーボールは確かに当たった。でもミナに当たったとは限らない。

火柱と砂埃が引いたあとのフィールドには、かすり傷一つ負っていないミナの姿があった。

「残念だったね。エリキテルはただのでんきポケモンじゃなかったってわけ!」

エリキテルはでんきポケモン、これはそこそこ知られてる。だけどそれだけじゃない。ずっと地上で暮らしてたからなのか、理由はハッキリしないけど、ジグザグマとかコラッタと同じ「ノーマル」ってタイプも併せ持ってる。この「ノーマル」、何がどう「ノーマル」なのかうちには分からない。図書館とかで調べたけど分かんねえんだこれが。けど一つ確かに言えるのは、この性質を持つポケモンには「ゴーストタイプの技が当たらない」。ことごとくすり抜けて、ちっともダメージにならない。向こうはミナがノーマルタイプだって知らなかったっぽい、だったらそれを突くのがスマートだよな。わざと怖がってるふりをさせてターゲットを逸らして、渾身の大技を台無しにしてやったってこと!

てだすけ付きの強力シャドーボールをノーガードでしれっとやり過ごされたムウマとニドリーノが焦ってる、一気にカタを付けるチャンスだ! そんな気持ちになった直後、ミナの後ろに控えてたサニーが構えるのが見えて。

「『だいちのちから』だ!」

地を駆けるでっかいエネルギー、真っ直ぐに敵へ向かっていく。ムウマの下をすり抜けて、後ろの控えていたニドリーノに直撃した! ぶっ壊れた消火栓の水みたいに大地の力が吹き上がって、ニドリーノを軽々ぶっ飛ばす。ああっ! 相手トレーナーの悲痛な声がダメージの致命的っぷりを物語る。一人仕留めた!

「まだ終わりじゃねぇぞ!」

ここまで来たらチマチマした小技はいらねえ、一気に押し込んでやるだけだ!

「ミナ!」

狼狽するムウマに飛び掛かっていくミナが、ニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべる。グッと身を丸めて力を溜め込むと、太陽に照らされているはずのミナがどす黒い影に覆われる。隙だらけのムウマに向かって、ミナがギラリと鋭い眼光を向けた。

ミナは素直で性根の優しいいい子だ、間違いない。けど、バトルでもずっといい子ちゃんやってるってわけじゃあない!

「くたばれ! 『あくのはどう』!」

小さな体から放たれたたくさんの黒い波が、ムウマをあっけなく押し流していくのが見えた。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。