「うん! いいお天気! ミナちゃんもサニーも喜んでるよ!」
「ほら見てみろよ清姉! 陽介がお願いしたら一発で晴れただろ?」
「うっそぉ、ホントに晴れてきた……マジだ! マジで晴れてきた! すっげぇ!」
陽介にお願いして、清姉の家の近くを晴れさせてもらった。効果はてきめん、暗かった空がパーッと晴れてきて、夏らしい陽気が辺りを包み込んだ。間近で見た清姉は目をまん丸くして、さっきまで降ってた雨が嘘みたいに止んだことに驚きを隠せない。陽介は晴れを呼ぶ力がある、荒唐無稽で夢みたいな話だけど、こうやって目の前で見せられたら信じるしかないはず。実際信じてくれた。
よっしゃ今のうちに洗濯物干しちゃお! と脱衣所までスキップしてったかと思うと、脱水を済ませた洗濯物をカゴに入れてたったか持ってきて、ものすごい早さでテキパキと干していく。相変わらず効率のいい人だなあって思わずにはいられない。
「いやぁー、最初聞いた時はどんなラノベ主人公だよって思ったけど、ホントに晴れさせちゃうとはね! いやー洗濯物がよく乾きそうだわ!」
「清音さんが喜んでくれた! 僕も嬉しくなっちゃうよ」
「そうだよ陽介、晴れになれば喜ぶって人はいっぱいいるんだ!」
「ホントホント! これ使わなきゃ絶対損だってば! ねねっ、ウチにも協力させて! 絶対楽しいやつっしょこれ!」
清姉も乗り気だ。協力してくれる人は多いに越したことは無いし、なんだかんだ言って清姉は頼りになる。願ったりかなったり、ってやつだ。
たくさんの人に陽介が晴れを呼べることを知ってもらいたい。けど、うちと陽介だけじゃ宣伝するったってたかが知れてる。清姉なんかいい方法ないか、アドバイスが欲しくて訊ねてみたら、清姉がめちゃくちゃ嬉しそうな顔をして見せた。こりゃなんか作戦があるっぽい。
「今の時代は何でもWebじゃん? お天気だって一緒一緒。うちがサイトをちょちょいのちょいで作っちゃうわ」
「ってことは、スマホとかから『ここを晴れにしてくれ』ってお願いできるってことか」
「『べるなび』でお店を予約したりするような感じだね!」
「そーいうこと。これなら誰でもどこからでもアクセスできるし、ウチらもすぐ申し込み状況が分かるってワケ。いーでしょ?」
ノートパソコンを引っ張り出してくると、清姉が早速カチャカチャとキーを叩き始めた。相変わらず手が速い。何やってんのかさっぱりだけど、でもなんかカッコいい。うちもこんな感じでタイピングできるようになりたい。
「んー。前例がないから相場とか分かんないわよね。一回五千円くらい? んでトウキョシティのどこでも晴れさせまーす、って感じで」
「えぇっ!? 五千円!? 僕が晴れを呼ぶだけで!?」
「清姉、五千円はちょっと高くないか? うちもどれくらいがいいのか分かんないけど」
「だってさ、みんな晴れてほしがってるし、それくらいもらってもバチは当たんないっしょ」
「五千円……いいのかな、僕ドキドキしてきた」
「いいのいいの。自分に自信を持ちなさい、男の子でも女の子でもネ」
あ、うちはノーギャラの手弁当でいいから。清姉がひらひらと手を振って見せる。
「なんかさ、こーいう楽しいことに関われるってだけでワクワクするのよね。協力できるってだけで滅茶苦茶嬉しいし!」
「ノリノリじゃん、清姉」
「現地に行って晴れにするんでしょ? ウチも付いてっていいわよね?」
「もちろん! 清音さんがいてくれた方が、僕も嬉しいよ」
うちも隣でうんうんって頷く。別に清姉が来て不都合があるとかじゃないし、いてくれたらいてくれたでうちも心強い。
ほいほいほーい、ほほいのほーい。鼻歌っぽい何かを唄いながらキーボードをテッカニンよろしくすっげえ速さで叩きまくって、最後にキメっぽくエンターキーをぶっ叩いた。くぅーっ、と大きく伸びをしてる。これ、もしかして終わったっぽい? いやそんなことないか、休憩してるだけだよね。まだ始めて二時間も経ってないし。ちょっと訊いてみよっか。
「清姉、どんな具合?」
「ふっふーん。あとはデプロイしたらお・し・ま・い」
「ええっ!? もうできたの!?」
「こんなの朝飯前よん。お、ちょうど今終わったみたいね。見て見て驚けーっ!」
ばぁーん、てな具合で清姉が見せてくれたサイト。「トウキョシティへ晴れをお届け!」とかのキャッチコピー、太陽がペカーってなってる写真、たぶんマスコットキャラクターっぽいてるてる坊主のゆるいイラスト、TwitterとかFacebookに投稿できるっぽいボタン。すっげぇ、なんかそれっぽいのがちゃんとできてる!
「コイツを押すと入力フォームがスルっと出てきて、いつ・どこで・晴れにしてほしい理由を書いて送れるって寸法よ!」
「清音さんすっごいや! こんなの作れちゃうんだね!」
「ライブラリ組み合わせてこーいうの作るのは朝飯前よん。会社に頼んでドメインも押さえてもらったわん」
「ドメイン? 何それ」
「ほら、アドレスバーに出てくるやつ。google.comとかnintendo.comとか」
「ああアレか! あれって自分で決められるんだ」
「もちろん。誰も使ってなくて空いてるやつ限定だけど、ちょうどいいのがあったのよ。ほれ、見てみ」
ツンツンとディスプレイの上の方を指さす。なんだなんだ、なんて書いてあるんだ。
「『shiny-boy.poke』、これを入れるとここへ飛べるのか?」
「そ。『.poke』ドメイン、人気で取り合いになりがちなんだけど、一発で取れてよかったわあ」
「晴れ男、かぁ……!」
晴れを意味する『shiny』、まんま男の子の『boy』。分かりやすいと言えば分かりやすいし、よく他の人に取られてなかったなって思う。これなら人目につきやすいしアクセスだってしやすい。清姉、すごいぞ。うちが事前に考えてたのの三百倍はすごい。っていうか、手際が良すぎる。
これでオッケーね。そう呟いた清姉が電源ケーブルを刺しっぱのスマホを引っ張って来て、どっかに電話を掛けてる。あ、もしもし? お疲れさまっす、川村でーす。十分くらい前にSkypeでメッセージ投げたんすけど、趣味でちょい面白げなサービス作ったんすよー。うんうん、あ、もうちょいしたらwikiにも反映しとくんで。ええ。てなわけで、拡散お願いしまーす。はいはーい、ではではー。ピッ。終わった、けどどこに電話したんだ清姉。
「よしよし。ウチの社長にお願いして、あっちこっちに拡散してもらうことにしたわ」
「は!? 社長!?」
「清音さんの会社の社長さん?」
「そ! ウチの社長さぁ、面白いもの大好きだし。晴れをお届けしますなんてサービス、絶対目がないからねー。ま、見てなさいって」
「清姉、実は仕事すっごいできたりする?」
「お、よーやく気付いたみたいねぇ。これでもこの細腕一本で稼げるようにあれこれ勉強したんだから」
胸を張ってふふんと鼻で笑う清姉を見る。すぐ調子に乗るんだけど、調子に乗るだけのちゃんとした根拠って言うか実力あるもんな。見てたらなんか羨ましいなって思う。うちもちゃんと勉強したら、清姉みたいにパソコン使ってなんか作れるようになったりできるかな。キーボード打つのもくっそ遅いけど、でも今の清姉はすっげえカッコいいって思う。陽介が『影の子』って呼ばれてるうちを「カッコいい」って言うのと同じようなノリで。
ウチの会社は小さいサービスをいくつも運営しててー、ウチが作ったのも割とたくさんあってー、新しい技術とかも結構キャッチアップしてるわけー。ぶっちゃけそんなに出っ張ってない胸をでーんと張ったままぺちゃくちゃ喋ってた清姉だったけど、不意に「ピロリン♪」ってゲームっぽい音が鳴った。おおっ! 清姉がいきなり話をぶちぎって画面をのぞき込む。なんだなんだ、なんかあったのか。うちと陽介も清姉の後ろに付いた。
「ほれほれ! 見てみなさいよ! この『1』ってバッジ!」
「マジ!? もう依頼来たの!?」
「すごいや! どこかな? どんな理由で晴れにしてほしいのかな?」
「今開くわね。えーっとえっとえっと、ほいっと。ふむ、ポケモンセンターの職員さんみたいね」
「『8/7にポケモンとのふれあい会を開くので、晴れにしてくださると助かります』かぁ……」
「明日だね。場所もここからそんなに離れてないや」
「ふれあい会ってあれっしょ? 大人しめのポケモン集めて子供と遊ばせるやつ。初仕事にして結構な大仕事じゃないの」
ふれあい会、うちも小学生の頃に行ったのをよく覚えてる。お母さんに連れて行ってもらったっけ。他のみんながわいわい言って遊んでる中で、うちは日向で日光浴しながら寝てるポケモンを熱心に見てた。まだ小さな子供のエリキテル、他でもない今うちと一緒にいるミナだ。寝顔がすっごく可愛くて、見てるだけで全っ然飽きなかった。そうやってじーっと見てたらミナが起きて目が合って、ミナもうちのことをキラッキラの目で見て来たんだ。おいで、そう言ったらぴょんと跳ねて飛び込んできてくれた。体がホカホカしてて熱いくらいだったけど、でも目いっぱい抱きしめた。この子素敵だ、かわいいな。それしか思わなかった。
で、そのまま時間になって家へ帰ることになったんだけど、ミナがうちの腕にくっついて離れなかった。文字通りぴったりくっついて。無理やり離させるのはかわいそうだったし、ていうかうちはずっとくっついてて欲しかった。そうしたらお母さんが慌てず騒がず職員さんと話をしてくれて、お母さんのポケモンとして引き取れることになったんだよね。ミナとずっと一緒にいられる、あの時の嬉しさっていったら、今でも並ぶものなんてほっとんどない。あるとしたら、十歳になってからポケモントレーナーの免許を取ったあと、ポケモンセンターでミナの親の名義をお母さんからうちに変更してもらったときくらいだ。
このふれあい会でも、うちとミナみたいな出会いをする子供とポケモンがいるかも知れない。だったら責任重大だぞって思うし、一緒にやる気も湧いてくる。うちは陽介の隣で応援することしかできないけど、でも、できることは全力でやりたい。手を抜くのはうちのイズムに反するから。
「てなわけで、サービスのプロモーションも兼ねて陽介くんをサポートするわよん。んじゃウチ、これからちょっと作業するから」
「清姉?」
清姉はすっくと立ち上がると、奥にある小さな部屋に籠もって何か作業を始めた。なんか作ってるのか? うちと陽介が顔を見合わせる。とりあえず待とっか、そう言ってサニーとミナを遊ばせて、うちと陽介もあれこれ雑談とかして時間を潰す。一時間くらい経つか経たないかってところで部屋のドアがバーンと開いて、引きこもってた清姉がなんかデカいものを持ってリビングへ戻って来た。なんだあれ、なんか白いけど。
「おい清姉、なんだそれ?」
「晴れと言えばてるてる坊主! シャイニーボーイドットポケのマスコットキャラ! マスコットが隣に居れば親しみ倍増カッコ当社比カッコ閉じるよ!」
「わあ、衣装になってる! 着れば誰でもてるてる坊主になれるね!」
「その通り! こいつを被って応援すりゃあ、目も引けるし! なんか晴れそうな感じもするし! ワンストーントゥーバードってわけ!」
なんやねんワンストーントゥーバードって、一石二鳥って言いたいのか、直訳やんけ。まあそれは忘却の彼方へ放り捨てるとして、清姉のアイディアは悪くない。祈りを捧げる陽介の隣でてるてる坊主になったうちがぴょこぴょこやってる、ちょっとバカっぽいけど微笑ましくはある。うちだって衣装着てなんかするくらいだったらできるはず。陽介が晴れを呼んで、うちが側でてるてる坊主になって応援、清姉が管理とかその辺。役割分担ってやつだな。
「わかった。うちがそれ着ればいいんだよな? それくらい――」
「は? なーに言っちゃってんのハル子」
「は?」
清姉から真顔で「は?」って言われて、思わずこっちも「は?」って声が出た。いやどう考えてもうちが着るやつだろう。一体何が間違ってるっていうんだ。
「ウチがてるてる坊主になるに決まってるでしょーが! ハル子は陽介くんと一緒に空へお祈りするのが仕事だっての!」
「えええぇーっ!? なんかおかしくねーかそれ! なんで清姉がてるてる坊主やんだよ!?」
頭からてるてる坊主的な顔が描かれたやつを被って清姉がドヤる。顔全部隠れてるからドヤってるのかは分かんないはずなんけど、いや分かる。声色だけでこいつドヤってんなって一瞬で分かる。被り物してるせいで微妙に声が聞き取りづらいのが無性に腹立つ。
「なーにがおかしいのよ!」
「全部」
「年頃の男女二人! 揃って手を合わせてお祈りする! すると空がパーッと晴れる! ワーッと轟く歓声! 絵になりまくりじゃん!」
「いや何言ってんだ清姉、テンション明らかにバグってるぞ。頭大丈夫か」
「うら若い男女の力で異常気象をぶっ飛ばす! ラノベだわ! ゼロ年代だわ! ボーイミーツガールってやつだわーっ!」
「意味分かんねえ!」
「うん! 分かるよ、僕分かる! 光と闇が力を合わせて迫りくる混沌に打ち勝つんだ!」
この空間が一番混沌としてるぞ陽介、頼むから気付いてくれ。
「いい? 陽介くんが晴れを呼ぶ、ハル子は陽介くんを支える、ウチは近くで賑やかし。完璧な布陣でしょ」
「穴だらけじゃね? 穴ぼこだらけじゃね?」
「瑠璃さんが隣で一緒にいてくれると、僕も勇気が湧いてくるよ」
「陽介」
「うむ! そしてウチが後ろで踊って場を持たせるってわけ」
「清姉はもういいや。でも――うちが陽介の力になれるなら、うちはそれがいい。一番いい」
「ありがとう、瑠璃さん! 瑠璃さんがいれば、僕はどんな場所だって晴れにして見せるよ!」
「よっしゃ決まりぃ! さあ明日に向けて細かい所詰めてくわよ! しまっていきまっしょい!」
おーっ! うち・陽介・清姉、三人そろって腕を空に突き上げる。
それはさながら、しとしと雨ばっか降らせてるワンパターンな空を、勢い付けてぶん殴るかのように。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。