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#12 運命の初仕事

「ポケモンたちにお願いして、『にほんばれ』を何度も使ってもらったりもしたのですが、この雨にはまったく効果がなくて……」

「ちっとも効かないってみんな言ってるな。他のトレーナーも言ってたっけ」

うちと陽介が並んで職員さんの前に立つ。外は例によって冷たい雨がしとしと降ってやがる。ふれあい会、ってテンションじゃないのは確かだ。雨が降り続くようなら中止になる予定です。そう言う職員の顔は浮かない、気持ちは分かる。折角準備したわけだし、ポケモンと子供が遊んでお互い仲良くなるってのはいいイベントだ。開催できるに越したことは無い。

「もし晴れさせてもらえるならと、ダメでもともと、陽介さんと瑠璃さんにお願いさせていただきました」

「はーい! この子たちにお任せください! そりゃもう大船に乗った気分で!」

「あの、この方は……」

「ええっと、マスコットキャラクターです。自称」

後ろに立ってるのはやけにタッパの高いてるてる坊主、というか清姉。マジでてるてる坊主の衣装着て来るとは思わなかったぞ、うち。職員さんすっげえ戸惑ってるじゃん、大丈夫なのかよって顔してる。側に立ってるティアットも心なしか無関係を装いたそうな顔してる。職員さんの引き気味の反応、無理もないよな。サービスの内容がオカルトめいた「トウキョシティに晴れを呼びます」だし、来たのは中学に上がりたてくらいの男子と女子だし、バックにてるてる坊主のコスプレした不審人物までいるし。うちが職員だったら絶対ここで依頼をキャンセルしてる。この人は優しい、最後までやらせてくれそうだし。

なんかもう早くもグダグダっぽいけど、このくそ雨をぶっ飛ばして一刻も早く晴れさせてあげたい、それは切実に思う。行こう、陽介の手を取る。始めよう、陽介がしっかり応える。他の職員たちはテントの下で待機して、広場の中央に立つうちと陽介を見守っている。

「瑠璃さん。僕を見守ってて」

「大丈夫。隣にいるから、安心して」

片手で傘を差して陽介が濡れないようにする。足元にはミナとサニーもいて、陽介をいっしょに応援してくれてる。陽介が薄暗い灰色の空を仰ぐ。そっと目を伏せるのが見えた。始まる。小さな掌が重なり合う。空気がぞわぞわとざわつくのを感じた。ダブルバトルの前に感じたのと同じだ、空と陽介が繋がってる。大きく息を吸って吐いた、額にうっすら汗が浮かんでる。がんばって、陽介。ただ信じる、陽介が太陽を呼んでくれるのを。

「晴れーまーせいー♪ 晴れまーせーいー♪」

後ろでなんか踊ってるけどこれは無視。なんとか間を持たせてくれてるんだって好意的解釈をしようじゃないか、うんごめん、絶対もってない。めっちゃ冷えてそう。なんだこいつって思われてるに違いない。うちも思ってるから。

すーっ、はーっ。緊張してる、責任を感じてる。陽介が一人で全部背負ってるんだ、この空全部を、陽介ただ一人で。うちが隣にいることを伝えたい、一人じゃないよと寄り添っていたい。傘を持っていない方の手を、懸命に合わせている手でそっと包み込む。力を抜いて、いつも通りやれば大丈夫。手のひらを通じて思いを伝える。手の震えが止まった、要らない力が抜けていった。そう、その調子。うちもいる、ミナとサニーもいる。ひとりじゃないよ、陽介。

陽介ならこの雨を止められる、雲の向こうにいる太陽を呼んで晴れにできる。陽介ならできる、絶対に。

「瑠璃さん」

「陽介」

名前を呼ぶ。ここにいることを、隣にいることを、寄り添っていることを確かめ合うために。

そして――不意に、音が止んだ。ハッとして目を開く、耳を澄ませる、傘を退ける。落ちてこない。何も落ちてこない。冷たい雨の一滴も、何一つとして。陽介から手を離してさっと傘を閉じる。もう必要ないと理解したから、成すべきことがなされたと実感したから。

光が、差し込んできた。

「晴れた……晴れましたよ!」

「本当だ! 太陽が見える!」

陽光が雲を薙ぎ払って、地表に力強い熱と光をもたらす。晴れた、晴れたぞ、空が晴れた! 文句なしの晴天、とびっきりの快晴だ! 成り行きを見守っていた人たちからわっと大きな歓声が上がる、その中心にはうちと陽介がいる。確かに、確かに。

「晴れたよ、晴れたよ陽介!」

「やった……僕たち、晴れを呼んだんだ! 晴れを呼べたんだね!」

「そうだぞ陽介! 陽介のおかげで、みんな喜んでるんだ!」

うちは隣にいただけで、晴れを呼んだのは陽介だ。この栄誉にあずかるのは陽介一人でいい、うちはそう思っていた、けれど。

「ありがとう、瑠璃さん。瑠璃さんのおかげだよ!」

「えっ? うち?」

「もし僕独りだったら、絶対うまく行かなかったよ。瑠璃さんがいたから、僕もきっとできるって信じられたんだ!」

「陽介……」

空を晴れさせたのは間違いなく陽介。でも陽介は、うちがいたおかげでうまく行ったと言ってくれた。

そうか、うちは陽介を支えられたんだ。一人で天に立ち向かう陽介の力になれたんだ。嬉しい、今の空そっくりの明るい気持ちがぶわっと広がっていくのを感じた。ミナを抱きしめた時みたいに胸が熱くなった。同じ感覚だってことを確かめたくて、下ではしゃいでいたミナをそっと抱えて抱きしめる。うん、やっぱり同じだ。お日様の光を浴びて身も心もゆっくり溶かされていく、あれとまったく同じ。すっごいいい気分だ。

「ぃやったぁー! 晴れよ! 晴れが来たのよ! シャイニーなのよーっ!」

「あっ! 中の人!」

「はっ!? ティアットそれ取ってそれ! はい装着! はいてるてる坊主! はい中の人などいない!」

てるてる坊主の被り物を脱ぎ捨てて喜んでたら職員さんからツッコまれて、転がった生首をティアットに取ってこさせて被ってからの「中の人などいない!」。清姉、もう手遅れだぞ。どう見ても中の人露出してたぞ。ティアットも深刻顔してる。同情以外の選択肢がない。マジで同情するしかない。

ペカッとスカッと晴れたおかげで、ふれあい会は無事開催。依頼した職員さんは大喜びで、うちと陽介、それから被り物を脱いだ清姉の手を取って感謝しっぱなしだ。

「なんてお礼を言ったらいいか……! ありがとうございます! これ、少ないですが、受け取ってください!」

「すく……少ない!? いや、あの、むしろ多いんですけど」

標準価格五千円のところ、出て来たのはなんとその四倍の二万円也。どう考えても少なくない、多すぎるって言ってもいいレベルだ。陽介も目が点になってる、滅多に見ない金額だし、そりゃ変身する前のメタモンみたいな顔にもなるって。

貰っていいのかな、貰いすぎじゃないのかな。どうしよう、うちと陽介が目を合わせる。すると、後ろから肩に手が載せられて。

「いいのよ、二人とも。仕事に対する正当な対価なんだから」

「清姉」

「清音さん」

「五千円はあくまで目安。それを超えて支払いますってことは、それくらい感謝してるってこと。二人の活躍に、ね」

清姉の言葉が胸に沁みる。清姉の言う通りだって、心から思えたから。

「陽介、受け取ってほしいな。陽介がみんなを助けてくれたんだから」

「――うん!」

ありがとうございます! ハリのある声、遠くまでよく通る陽介の声。報酬を受け取って、陽介が深々と一礼する。

広場を離れて歩く。高揚した気分はまだ収まらない。陽介が晴れを呼んでくれた、晴れを待ってたみんなが喜んでくれた、目に見えるおカネってカタチで報酬をもらえた。陽介の力が、みんなの心を晴れさせたんだ。

見合う、うちと清姉、清姉と陽介、うちと陽介。ミナ、サニー、ティアットも一緒。去来する思いはみんな同じ、晴れ渡った空は心の完璧な鏡写し。すーっと大きく息を吸って、ぐーっと身を屈めて――!

 

「「「ぃやったぁーっ!!」」」

 

みんなで挑んだ「晴れ男」の初仕事、大成功だ!

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。