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#13 Jump Up, Super Star!

それからすぐ、うちと陽介と清姉の三人で、サイトに寄せられる「晴れが欲しい」ってお願いに応えていく毎日がスタートした。ポケモンセンター主催のふれあい会が成功したってのが結構あちこちに拡散されて、せっかくだから使ってみようって人があちこちから出てきた。今晴れにしたところももちろんそのひとつ。家族でバーベキューパーティーをしたいから晴れさせてほしい、理由にはそう書かれていた。

陽介とうちで空に祈りを捧げる。しばらくもしない内に、辺りがぱーっと晴れてきた。

「いやあ、見事に晴れましたね!」

「本当に晴れを呼べるなんて……びっくりです」

驚きと喜び。空と同じくらい、居合わせた人たちの顔も晴れ晴れしてる。いいな、すごくいいな。陽介の表情も一段と明るくなってる。

「おねーさん、だれー?」

「ウチ? ウチは流しの肉焼きてるてる坊主よ。ほら見てみ、いい塩梅に焼けてきたっしょ?」

「おい清姉! なーに勝手に肉焼いてんだよ!」

「まま、そうカタいこと言わずに。ほれ、ハル子と陽介の分」

清姉から差し出された二本の鉄串を、うちは苦笑いしながら受け取った。

 

夜空を見ても雲しかなかったら五秒で飽きるよな。見たいのはそれじゃない、雲の向こうで煌めく星々だ。依頼してきたのは高校の天文部。その日は流星群がトウキョシティ上空を通過するらしい。だから邪魔くさい雲をどけて流れ星を見させてほしいってわけ。なるほどいい考えだ、うちも見たい。てなわけで、陽介と清姉と一緒に夜の高校へ向かった。

昼でも夜でも構わず降ってる無神経な雨。陽介の力を借りてそれを止める。さっと雲が引くと、宝石箱をひっくり返したような空が広がった。

「先輩っ! 今向こうに流星が!」

「こっちも! すごい数だよ!」

いいタイミングで呼んでくれたなって思う。だってすげーんだぜ、あっちこっちで星が空を流れて行ってる! そりゃ見たいよな、こんなにすごいんだから!

「当たりませい、当たりませいっ、当たりませいっ!」

「清音さん、何をお願いしてるの?」

「どーせ宝くじでも当たれって思ってんだろ」

「は? 違うわよ。狙ったところにインクが飛んでって敵にぶち当たりますようにっていうね、実にストイックな願いよ」

いやそれは練習して何とかしろよ、たぶん流れ星だってそう思ってる。缶ジュースを賭けたっていい。

 

トウキョシティの中心部から電車でちょっと行くと、割とでっかい自然公園がいくつかある……って話を前に陽介から聞かせてもらった。この日行ったのもその一つ。静都でジムリーダーやってるっていう双子の姉妹がここで出張虫取り大会を開く予定だったんだけど、例によって雨降りでできそうにないって状況だ。任せとけ、陽介とうちで晴れさせて見せる。

今日も成功。雨がすっと上がって陽の光で満たされた。雨宿りさせられてた虫っぽいポケモンたちがもう顔を出してるのが見える、絶好の虫取り日和になったぜ。

「みんなーっ! あたしとお姉ちゃんの目が届くところから離れないようにねーっ!」

「もし何かあったら、ここに私かスズがいるからすぐ教えてね! それじゃ、虫取り大会……スタートっ!」

集まったトレーナーたちが一斉に走っていく。うちや陽介よりちょっと年下の子が多い。虫取り大会、ちょっと楽しそうだな。開催にこぎつけられてよかった。

「いやあ、虫ポケモンって結構カワイイわねえ」

「清姉、それ違うぞ」

「はあ!? どっからどー見てもダンゴムシポケモンでしょこの子!?」

「違うよ清音さん、その子はダンゴロ! 岩タイプのポケモンだよ!」

あんまりダンゴムシっぽくは見えないけど、いや、でも名前はダンゴムシっぽい、気がしないでもない。

 

電車での移動中。清姉は例によって騒ぎ疲れて居眠りしてて、マンションの最寄駅まではまだ結構掛かりそう。うちと陽介が隣り合って座ってる。陽介はちゃんと起きてて、うちも眠かったりはしない。時々目が合って、その度に陽介がにっこり笑う。何回言ったか覚えてないけど、ホントに太陽みたいな眩しさだ。陽介の中に太陽があるみたいな、キラッキラの目をしてる。

今のうちら、無茶苦茶な集まりだよなって思う。うちは家出少女、陽介は家なき子、清姉はただの旅行者。血の繋がりとかそういうのは一切なくて、なんでこうやって集まれたのか不思議で仕方ない。清姉がお人よしじゃなかったらうちだって陽介だって今もトウキョシティを彷徨ってただろうし、陽介がうちに助太刀してくれなきゃ友達になる機会なんてなかった。でも元はと言えば、うちが家を飛び出してこなきゃ陽介も清姉も知り合えなかった。誰が欠けてても、誰の選択が違ってても、今の風景はできてない。面白えな、なんか。

依頼された場所へ行く途中とか、晴れさせた後の時間とか、終わってどこかでご飯食べるときとか。晴れを呼ぶ仕事をする合間合間を縫って、陽介はうちに話しかけてきて。

「『影の子』って呼び名、僕はすごくカッコいいと思うな!」

「瑠璃さんと手を繋いでいたら、僕にも影の力が宿ったりするのかな?」

話すことは大体こんな感じ。あんまり「カッコいい」「すごい」って言われまくるから、ムロでそう呼ばれて嫌だったって記憶がだいぶ色褪せてきた。そう言えばネガティブな意味で呼ばれたこともあったっけ、くらいのノリになってる。言葉の力ってバカにできない、前の自分だったらこんな風には絶対思えなかったはずだから。

陽介はうちが言われてた『影の子』って呼び名をすっごい気に入ってる。本人は影がちっとも似合わない光一色のキャラなのにな。そうじゃなくて逆に考えて、陽介が光一色だからかも、と思った。自分と違うものに惹かれるっていうのは誰にでもある。『影の子』のうちも、いつだってキラキラ煌めく陽介のことが気になって仕方ないから。

うちは陽介のことが気になってる、自覚して受け入れるのに割と時間が掛かった。友達として? 異性として? 遠慮なしに問いかけてくるうちの中のパパラッチを「うっせえ」っつってぶん殴る、黙らせる。自分にだって分かんないんだ、陽介への気持ちがどんな名前を持ってるのか。あるいはどんな名前を付けるのか。

だけど、陽介の隣にいると楽しいっていうのは間違いなくて、うちの心に差してた影が照らされて明るくなる、そんな気持ちになれる。ただ光を貰うだけじゃなくて、光しかない陽介の心に影というカタチを与えられているなら嬉しく思う。

「明日もみんなのために、僕らで晴れを呼ぼうね」

ああ、やってやろうじゃん。陽介。

うちら二人で雨をぶっ飛ばして、光と影のある世界を作ってやるんだ。

 

 

雨降りで外に出られないのは人間だけじゃない。雨だとか水に強くないポケモンだって同じだ。みんな晴れの光を欲しがってる、エーテル財団とかいう組織の人が代表でサイトに依頼を送ってきた。保護したポケモンたちを外で遊ばせたい、メッセージにはそう書かれてる。中でずっと引きこもってたら気持ちだって内向きになっちまう、陽介と清姉の二人を伴って、財団の運営してる施設まで電車を乗り継いで向かった。

白い服を着た財団職員たちが見守る中、陽介は今日も爽やかな晴れを呼んで見せた。日差しが見えると陽介の顔もペカーっとなる、ペカーっと。可愛いな、って思ってしまった自分に気付く。怒られるかな、陽介に「かわいい」とか言ったら。けど陽介が怒るところはあんまり想像できない。

「いやはや、見事に晴れましたな」

「これでキマワリたちを外で遊ばせてあげられます。本当に助かりました」

待ちかねたキマワリたちがわらわらと……わらわらと出てくる。いや一体どんだけいたんだ、軽く四十くらいいるぞ。あっサニーが混ざってった。もう打ち解けてる。みんなして走り回ってて楽しそうだ。あれ? どれがサニーだっけ? やっべ、分かんなくなった。

「陽介やばい、サニーがどれか分かんなくなった」

「僕は分かるよ! あそこで踊ってるのがサニーだ!」

「見てたらなんかウチもテンション上がってきた、ちょっと踊ってくる」

「混ざるな混ざるな」

てるてる坊主の被り物したまま混ざろうとする清姉。相変わらずマイペースって言うか、なんて言うか。

 

外が晴れてると強くなるのはミナとサニーだけじゃない。炎タイプのポケモンはみんな晴れが好きだって言われてるし、実際珊瑚のモクオは晴れてると滅法強かった。炎タイプのポケモンを相棒にしてるトレーナーたちが集まって文字通り燃えるバトルがしたい、だから晴れを呼んでほしいってメッセージが来てた。これは受けないわけには行かないって思うよな。うちら三人で現場へGOってやつだ。

リザードン・ブーバー・マグマラシ・カエンジシ・ファイアロー・シャンデラ……フィールドに集まってるのは見事に炎ポケモンばっか。晴れますように、陽介の祈りに皆も協力して、やがて立ってるだけで燃え尽きそうなくらい強い日光が降り注いできた。

「すっげぇ! 雲ひとつねぇや!」

「燃えてきた! 燃えてきたぜ!」

トレーナーもポケモンもわいわい言って大喜び。早速あちこちでバトルが始まってる。ポケモンバトルって見てるだけで血が騒ぐな、うずうずして体を動かしたくなってくる。一緒に見てたミナも同じ気持ちみたいだ、尻尾をパタパタ振りながら跳ねまわってる。

「よし……! 陽介、うちらも戦おうぜ!」

「うん! そう来なくっちゃ! 行くよ、サニー!」

「ぃよっしゃぁ! どっからでもかかって来やがれ!」

「ふふん、若いっていいわねぇ。ウチも飛び入りするしかないっしょーっ!」

うちとミナ、陽介とサニー、清姉とティアット。燃えるポケモンたちのひしめくフィールドへ、揃って飛び込んでいった。

 

うちにとっては何でもない一日でも、別の誰かにとっては掛け替えのない一日だってこともある。そんな日に雨が降ってたらいい気持ちはしないよな、だから陽介とうちらで晴れを呼んでほしい。今日の依頼はそういうテンションだ。依頼内容を見て驚かされたな、『外で結婚式を挙げたい』なんて書かれてるんだからさ! 人にもよるけどそう何度も何度もやるようなイベントじゃない、晴れにしてほしいって気持ちは抜群によく分かる。うちだってハレの日は晴れの日がいい、晴れ舞台ってやつなんだから。

正装した列席者一同、それからもちろん新郎新婦にも見守られながら、陽介が太陽を呼ぶ、うちが陽介を支える。今日も陽介の力は冴え渡って、晴れ渡った空が広がった。大成功だな、うちが声をかける。陽介がサムズアップで応える。カッコいいぞ、陽介。文句なしだ。

「この日を晴れで迎えられて……本当に幸せです」

「ずっと前からプランを立ててましたから、うまくいってホッとしました」

誰かの結婚式に出るのは初めてだ。こんな雰囲気になるんだな、幸せで満ちてるって感じだ。うちもいつか誰かと結婚する時が来るのかな、ふとそんなことを想う。誰が隣にいるんだろう? 今はまだ分からない。でも、もし今すぐ誰かと結婚してくれって言われたら、うちは――。

「おっ、いたいたハル子。ちょっとこっち来て、写真撮るから」

「写真?」

「新郎さんと新婦さん、それから僕らで記念撮影してもらうんだ!」

「分かった。今行くよ」

てるてる坊主の生首被ったままの清姉がウキウキしてる。なんか心なしか生首が頬を赤らめてる気がするんだけど見なかったことにしよう、うん。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。