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#14 天空に咲く大輪の花

インターネットの力っていうか、人の噂の力ってすげーな。三人であっちこっちで晴れを呼ぶ仕事をしてて何回も感じたけど、今日のそれは一味違う。うちの『影の子』って呼び名が伝染してったのも噂の力なら、陽介のおかげで晴れを呼べるってことが広まったのも噂の力だ。ネガにもポジにも働く、生き物みたいなもんだ。

どんな雨でも晴れさせられると聞いてお願いしました、係員の人が陽介に頭を下げている。都内で催される夏の花火大会、毎年恒例のデカい行事でいろんな人にとって大事なイベントなんだけど、まあ知っての通り空は馬鹿の一つ覚えみたいに雨を延々降らせてる。とても花火なんて打ち上げられる状況じゃねえ。けど見送りってなるとそれはそれで余計に厄介だ。神頼みの前に晴れ男に頼んでみようってことで、陽介に依頼が来たって流れ。

「あの、陽介とうちに任せて良かったんですか? もちろん、やれるだけのことはやりますけど」

「なんとしても開催したいのですが、この雨です。何かできることがあればと思って……お願いさせていただきました」

言っちゃ悪いけど半分やけっぱち、半分賭けって感じで頼んできたみたいだ。気持ちは分かる、ポケモンの力でも晴れさせられないような雨だ。陽介とうちで晴れさせるなんて信じられないだろう、普通なら。

広い範囲を晴れさせる必要があるから、できるだけ高いところへ昇りたい。陽介の頼みを聞いて、会場近くにある高層ビルの屋上、そこのヘリポートを使わせてもらうことになった。エレベータの階層表示が見たことのない数字になっていく。花火大会に合わせてうちも陽介も浴衣姿だ。清姉がどっかから調達してきてくれた。相変わらず謎のコネをいっぱい持ってる人だ。その清姉は下で待機してる。多分例のてるてる坊主の格好して踊ってたりするんだろう。

うちと陽介、二人でエレベータを下りる。ヘリポートは強い雨と風に晒されて、花火なんて打ち上げさせねえぞって脅されてるみたいだ。いい度胸してやがる、陽介の力を舐めんじゃねえ。

「責任重大だね、瑠璃さん」

「こんなに注目されてるってのは、初めてだしね」

初めての仕事と同じ、あるいはそれ以上に陽介が緊張してるのが分かる。あの時と同じように、たくさんの人にとっての空を自分だけで背負おうとしてる。独りじゃない、側にうちが付いてる。その想いを込めて、陽介の手をそっと握る。大丈夫? そう問いかけて応えた陽介の顔つきは、いつも以上に凛々しく見えて。

「大丈夫。僕には瑠璃さんがいる。だから僕は、きっと晴れを呼べるよ」

「いいよ陽介、その調子!」

「夜は『影の子』、瑠璃さんの時間だからね!」

緊張してるのかしてないのか分かんないな、こんな笑顔を見せられちゃ。

「うちみたいな『影の子』は、夜が本番だもんな」

「うん! 光と闇のコラボレーションだ!」

光と闇のコラボレーション。暗幕を引いたような空を彩る花火の光、そのイメージがぴったり重なる。陽介とうちで、ステージを整えてやろうじゃないか。

うちの右手と陽介の左手を繋ぐ。陽介の右手とうちの左手を重ね合わせる。二人で一つの願い、空へ届けとただ祈る。冷たい雨が頬を叩く、強い風が髪を揺らす。そんなことをしたって無意味だと自分たちをあざ笑うかのように。そいつはどうかな、心の中でふてぶてしく笑う。うちは知っている。陽介の力はこれくらいじゃ抑えられないって。

雨が引いていく。風が凪いでいく。辺りの空気が止まるのをはっきりと感じ取れた。閉じていた目を開いて、俯かせていた顔を上げる。雲が逃げるように去っていく。隠されていた星が、光を届けられずにいた月が、夜空に明瞭な姿を見せていく。

「――晴れた。晴れたよ、陽介」

陽介に目を向けると、陽介もまたうちをその瞳に捉えていて。

「瑠璃さん。また、力をもらっちゃったね」

力を抜いた緩めた頬を、穏やかな風が撫でていった。

ありがとうございます! ありがとうございます! って軽く十回は言われた気がする。大袈裟じゃん、とは思わなかった。花火大会はとんでもない数の人が関わってる、そこに観に来る人も勘定に入れたら倍増どころじゃすまない。晴れるか晴れないか、花火を打ち上げられるか否かは、途方もない数の人の成り行きを決めることなんだ。

「運営が予定通りの開催を決めました。こんなに見事に晴れるなんて……素晴らしいです!」

「瑠璃さんの闇の力……ううん、影の力のおかげです!」

そーいうことを人前で堂々と言うんじゃない。苦笑いしながら陽介を軽く小突くと、陽介が目を細めて笑う。

悪くない、こういうのも悪くない。心の底からそう思えるようになった。

 

「うっはー、綺麗な花火だわぁ。こんないいトコで見られるなんて、サイコーね!」

下で控えてた清姉も後からヘリポートまで上がってきて、三人で打ちあがる花火を見てる。うちと陽介と清姉、相棒のミナとサニーとティアット、それ以外には誰もいない。どこよりも近くででかい花火を拝める、文字通りの特等席だ。清姉はスマホを構えて写真を撮りまくってる、テンション上がってるな。こんないいとこで馬鹿でかい花火を見られるんだから、当然ってやつなのかもな。

「下じゃ『空から降ってくる魚っぽいポケモン』、略して『空の魚』の話でもちきりだったわん」

「前にも言ってたな、その話」

「最近よく見かけるって、他の場所でも聞いたよ。僕も見てみたいなあ」

「ま、今はそんなの降ってきそうにないお天気だけど。さっすが、二人の力はテキメンね! 雲一つないナイスな空じゃないの」

「勘違いすんなよ。晴れさせられたのは陽介の力があったからだぞ」

「謙遜しちゃってぇ。肝心要の陽介くんは、誰のおかげで晴れを呼べたって言ってるの?」

「もちろん、瑠璃さんだよ! 瑠璃さんが僕を支えてくれるから、僕は空へ願いを届けられるんだ」

空を晴れさせたのは紛れもなく陽介の力のおかげ、それは間違いない。でもその陽介は、うちがいたから空を晴れさせられたって言ってくれる。うちは何の力もない、ただ『影の子』って呼ばれてるだけの女子だけど、そんな自分を陽介が頼りにしてくれてる、支えになってるって言ってくれる。うちが陽介を支えられてるって感覚が、笑いそうになるくらいこそばゆくて、同じくらい誇らしくて。

「光あるところに影あり、瑠璃さんが僕を形作ってくれる。光だけの世界に影を与えて、カタチを見せてくれるんだ」

「詩的でいいわね。派手な花火も形無しだわ」

「ったく、清姉ってばテキトー言っちゃって」

影。『影の子』。呼ばれたくなくて逃げて来たその異名に光を当てて、ちょっと誇らしいって思えるくらいにしてしまった。陽介はつくづく不思議だ、不思議だけど、あたたかくて、側に居たくなる、側に居てほしくなる。

お祭りはまだまだ続いている。うちと陽介は隣り合って寄り添い合って、空を彩る花火を飽きることなく見ている。相棒たちはちょっと離れて、寄り集まってわいわい遊んでる。花火を見ては陽介を見て、幾度もそれを繰り返す。陽介もまたうちの顔を覗き込んで、どっちが綺麗か比べてるみたいだ。花火といい勝負ができてたらいいな、そんなことを考える。自分の中ではどうだろう、花火はパッと咲いて彩り豊かで綺麗だけど、でも、陽介の方が煌めいてるなって思う。よくて五分五分、たぶん陽介の勝ちだ。

「うむ。いい感じに撮れたわね、花火フォト。んじゃ、ウチちょっち外すわ」

「どこ行くんだ?」

「タバコよタバコ。タテマエはね」

「は? 建前?」

「お邪魔虫はどっか行った方がいいっしょ? お二人でごゆっくりお楽しみくださいってわけ」

「きっ、清姉!」

こいつっ、いきなり何言ってんだ! 応援してるわよん、くっそとぼけたことを言いながら中へ消えていく。あんにゃろテキトーなことほざきやがって、あとでタダじゃおかねえ! って口を突いて出てきそうになったのを、陽介の手前なんとか飲み込む。いや、ほら、陽介の前でそんな口汚い言い方したくないし。バトルの時はテンション上がっちゃうからしょうがないけど、普段はもうちょっと落ち着いたところを見せてたいっていうか。

瑠璃さん、清音さんに何か応援してもらってるの? 天真爛漫って言葉がピタッとハマるきょとんとした顔で訊ねてくる。違うよ陽介、清音のいつものおふざけだから。適当に言ってごまかして、また陽介の顔を見る。うちに見られた陽介の顔、打ちあがった赤色メインの花火に照らされてほんのり赤くなってる。花火のせいだけかな、もしかしたら違うかもしれない。もっと内側から赤くなってる、そういう風にも見えるから。じっと見つめ合ってから、陽介が再び空を見上げて、絶え間なく空で咲く花火を瞳に映し出す。

「僕は、僕が誰かの役に立てるなんて思ってなかった。瑠璃さん、清音さん、サニー、他のみんなから、ただもらってばっかりだと思ってた」

「でも――瑠璃さんが教えてくれたんだ。僕の力でみんなを笑顔にできる、笑顔をあげられるんだ、って」

「喜ぶ人たちの顔を見るのがうれしいんだ。ここにいてもいいんだ、僕はここにいられるんだ、そんな気持ちで満たされるよ」

「みんなが笑ってくれること、晴れを喜んでくれること。僕は、それがすごく嬉しい」

「ありがとう、瑠璃さん。僕、瑠璃さんにいくら感謝してもしきれないよ。両手じゃ持てないくらい、たくさんのものをもらっちゃった」

胸がドキドキする、ほっぺたが熱くなる。陽介の言葉、ひとつひとつが心に響く。陽介に心から笑ってほしくて、陽介に自分がどれだけすごいかを分かってほしくて、ここまで夢中で突っ走って来た。陽介になんかプレゼントしてあげよう、そんな偉そうな気持ちじゃなかった。でも、この夏を通して陽介がたくさんのものを手に入れられたなら、それは紛れもなく陽介のものだ。他の誰のものでもない、陽介だけの宝物だ。

それに、宝物をもらったのは陽介だけじゃない。うちだって同じだ。

「陽介。陽介だって、うちにたくさんのものをくれたよ。零れ落ちそうなくらいいっぱいに」

「独りぼっちで戦おうとしたところに来てくれたの、陽介だったじゃん。覚えてるでしょ?」

「ずっと嫌だった『影の子』って言葉の意味を変えてくれたのも、陽介だし。今なら『影の子』って言われるの、悪くないなって思う」

「うちの心の中で降ってた土砂降りの雨を止めて晴れさせてくれたの、陽介なんだよ」

「そんな陽介の力になれて、その、すごく嬉しい。ホントに、本気で嬉しいって思ってる」

「だって、うちは陽介のこと……好きだから」

好き、陽介のことが好き。気恥ずかしくてずっと言えなかった本音の言葉、今やっと口に出して陽介に伝えられた。陽介が目をまん丸くしてる。これ、初めてうちが陽介をびっくりさせられたのかも。そう思うとなんかちょっと嬉しい、ほんのり勝った気持ち。だけど勝った負けたなんかより、自分の気持ちを陽介に伝えられたっていうのが一番うれしい。

瑠璃さん。微笑んだ陽介が左手を差し出す。照れながら右手を繋ぐ。

「ちょっと恥ずかしいこと言っちゃった。陽介だからいいけどね」

「すごくかわいいよ、瑠璃さん。とってもいい笑顔、太陽みたいだ」

「やめろって、陽介。眩しすぎて陽介のこと見てらんなくなっちゃうよ」

陽介と繋いだ手を離さない、離したくない、離すもんか。ぐっと力を込めると、陽介もそれに応じて手を握り返してくれる。陽介がここにいる、その実感だけで幸せだ。うちは陽介と一緒にいたくて、陽介もうちと一緒にいたくて、こうして一緒にいることができてる。なんにも怯えることなんてない、怖がることなんか一つもない。ただ満たされてる、うちも、陽介も。

こんな風に、陽介と手を繋いで幸せいっぱいって感じだったんだ、この瞬間までは。

「『カシャカシャカシャカシャ』!」

「って、おい清姉!」

「尊い……尊い……」

幸せは扇風機の前に置いたきな粉みたいにぶわっと全部ぶっ飛んでって、後ろに立ってる清姉とかいうアホに全部意識を持っていかれた。

「なんださっきの『カシャカシャカシャカシャ』って音は!」

「カメラの連写機能」

「正直に暴露してんじゃねえ!」

タバコを吸いに行っていたはずの清姉がしれっと帰ってきてた。おまけにうちと陽介が手を繋いでるところを写真に撮りやがるっていう悪質なおまけつきだ。いやもうマジで悪質、訴えたら勝てるんじゃないかこれ。プライバシーの侵害とかで。

「だいたいお前、何撮ってんだよ!」

「いやあ、あまりにも尊いので記念に一枚パチリと」

「一枚じゃねえだろ! その四倍か五倍は撮ってたぞ今!」

「正確には六枚撮った」

「数えなくていい数えなくて!」

はー、せっかくいい雰囲気だったのに台無し。気が利くんだか利かないんだか、これじゃ分かりゃしねえ。清姉らしいっちゃ、らしい。

「清音さん! 清音さんもたくさんありがとう! ご飯を食べさせてくれたりとか、依頼を受けられるようにしてくれたりとか、てるてる坊主とか!」

「いやあ、てるてる坊主はあんまり役立ってないと思うけど」

「清音さんのおかげで、僕らはたくさんの人に晴れを届けられたよ。ほんとにたくさん!」

「あのさ、清姉。うちもすごく感謝してる。清姉がいなかったら、きっとうまく行ってなかった。だから、ありがとう、清姉」

陽介だけじゃ到底無理、うちだけじゃお話にならない。うちと陽介が組んでもまだ足りない。足りない部分を全部補って、『晴れ男』と『影の子』が全力を出せるようにしてくれたのは、他の誰でもない清姉だ。清姉がいたからここまで来られた、それはうちも認めてる。感謝の気持ちはホンモノだ。

「ううん、感謝するのはこっち。この仕事に関われたことを誇りに思うわ」

「どんなデカいプロジェクトより素敵な、最高のポートフォリオを作れちゃいそう。晴れでみんなを喜ばせるなんて、クールでホットで最高じゃない」

穏やかに微笑む清姉。しょっちゅう見せてる底抜けの笑顔でも、イタズラっぽい笑いでもない。優しい気持ちに溢れてる、清姉の素の笑顔だ。こうして見ると清姉って結構綺麗って言うか、美人だな。中身はハチャメチャで面白いけど、でも根っこは優しさでいっぱい。性格ってやっぱ顔に出るんだな。からかわれそうだから直接は言わないけど、こんな大人になれたらなって結構マジで思う。

「それだしね……うん」

「清姉?」

「くどいんだけどさ、ハル子も陽介くんも辛いことあったのにさ、晴れにしてくうちにいっぱい笑ってくれてさ、ウチはそれを側で見られて……うっうっ、ううっ」

「もう、清姉また泣いてる」

「清音さんの目から雨が降っちゃってるね。僕らが止めたげるよ」

うちと陽介がそっと涙を拭う。他人のことを想って泣ける清音さんは、やっぱりお人好しだ。本人は否定するだろうけど、うちの目はごまかせない。こんなに綺麗な瞳で泣くのは、心も綺麗な証拠だから。

「……ありがと、二人とも。さ、トウキョシティの花火はこっからが本番よ! じっくり花火鑑賞と洒落こもうじゃないの!」

花火は止まらない。今しばらく、このトウキョシティの空を彩る事だろう。

雲一つない、一滴の雨も降らない、見事に晴れ渡ったこの空を。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。