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#16 案件管理局

陽介の力で晴れ渡った空の下、うちら揃って墓地を歩く。清姉の手には水を張ったバケツと柄杓、うちの手には換えの花束、陽介の手にはお線香とライター。どこからどう見ても、これから墓参りをしますって感じの見てくれだ。

「なあ陽介に清姉、二人してどこ行ってたんだ?」

陽介が最後の仕事を終えた次の日。あの後に「僕もお墓参りに行きたいな」と陽介が言ったから、今日はその言葉通り陽介ん家のご先祖様が眠ってる墓地へ参ることにした。それはいいんだけど、どういうわけか現地集合。陽介と清姉は午前中にさっさと出てったから、実質うちだけ後から追いかけていくカタチになった。こういうのって普通は揃って行くもんじゃねえの? ってうちは思うわけで。場所は細かく教えられてたから迷うようなことはなかったし、うちが気にしすぎって気もしないでもないけど。

「ちょっと買い物にね。ほら、ハル子は頼子ちゃんとおしゃべりに夢中だったしぃ?」

「あー、うん、まあ、言われてみれば」

清姉の言う通り、うちは朝から頼子とスマホで喋ってた。飽きもせず延々三時間くらい。昨日完全に仲直りできたおかげで、お互い話したいことが無限に湧いてきてて。仕事の後も夕方までぺちゃくちゃ喋って、まだ足りずに今日も話しまくってた。トウキョシティに来るのは二年ぶりだとか、この間ラジオ局の見学に行ってすっげえ楽しかったとか、頼子はずいぶんいろいろな話をしてくれた。うちも負けじと陽介と清姉のこと紹介したりとか、あっちこっちを晴れにする仕事をしてただとか、今年の夏に起きたことをありったけ喋って来た。本当はこういう関係だったんだ、うちと頼子は。元通り――いや、前より仲良くなれた。確実にそう思う。

雨降って地固まるとは、ホントこういうことなんだな、って。

「清音さんから聞いたよ! 仲直りできてよかったね、瑠璃さん! 闇の力が絆を結んだんだ!」

「闇の力で絆って、それなんかちょっと洗脳っぽい気がするぞ」

陽介は眠たげにしてることこそ多いけど、起きてる時はこんな風にいつも通りの快活っぷりだ。お墓参りを済ませたら清姉の家へ戻って、一緒にごろごろぐだぐだしよう。清姉も混ざって一緒にだらだらしたっていい。この夏の間、トウキョシティ全体を縦横無尽に走り回ってたんだから。遅めの盆休みってことにして、陽介にしっかり元気になってもらいたい。

都心から大きく離れた住宅街、そこからさらに外れにある共同墓地。その奥にある小さな墓石を見つける。風雨に晒されてなおしっかり形を残すそれを見ると、確かに「志太家之墓」と書かれている。母方の祖父母がここに眠ってる、そう教えてくれたっけ。陽介が時折参ってるらしくて、花も枯れてはいたけどそこまで酷いことにはなっていない。古い花を集積所へ移して、容れ物をよく洗ってから新しいものへと換える。柄杓を使って墓石の上から水をかける、陽介・清姉・最後にうち。陽介がお線香に火を灯して供えると、しゃがみ込んですっと手を合わせた。

誰かに言われるでもなく、清姉とうちもそれに続く。見ず知らずの人のお墓に手を合わせるって、やったことないからちょっと不思議な気分だ。けど、この人たちが生きて陽介のお母さんを産み育てて、それが今陽介まで繋がってる――って考えたら、手を合わせないわけには行かなかった。もし彼らがいなかったら、もし出会わなかったら、うちと陽介は出会えないまま終わっていたはずだって思うし。

「ウチも自分とこの墓参りに行かなきゃね。兄貴が『嫁さんと子供らは来たのに、清音のやつどこほっつき歩いてんだ』とか思ってるわ、きっと」

「自分も。お父さんとお母さんもだし、珊瑚のところにも。頼子と一緒に」

うちも清姉も、今の陽介みたいに参るべきお墓がある。それはつまり、大切な人を亡くしたから、と言い換えることもできる。

「うちのお父さんとお母さんはいなくなって」

「ウチの父さんと母さんも、大分前に遠くへ行っちゃった」

「僕のお父さんとお母さんも、どこかへ行ったきりだね」

みんな両親がいない。陽介にはサニーがいるし、うちにはお祖母ちゃんがいて、清姉には義理のお姉さんもいる。でも、両親がいないっていうのは事実だ。

「僕ら似た者同士だね! みんなおそろいだ」

「んー。そう考えたら、親が居ないってのも悪くないわね」

「もっと良いことでおそろいってのが理想なんだけどな」

三人そろってバカみたいに笑った。親が居ないって事も、三人そろえば笑い飛ばせる。そう思ったらもっと可笑しくなって、お腹が痛くなるくらい笑った。陽介に会えて良かった、清姉にも会えてよかった。この夏はホントに最高だった、つくづくそう思う。

最高だった夏、その終わりが近付いて来てることも、うちは承知してる。夏が終わった後のことを考えなきゃいけない時期が来てるってことも。

「八月ももうおしまいね。ウチは今週いっぱいであそこを引き払うつもりよ」

うちと陽介が見合う。前々から言われていたことだから、戸惑ったりはしていない。でも、次のアテがあるわけじゃない。うちにはムロタウンっていう帰る場所がある、お祖母ちゃんには随分心配かけちゃったけど、話せばきっと家出したことも許してくれるだろう。お祖母ちゃんは優しいからそこは心配してない。うちはいい、船に乗って帰ればいい。

でも、陽介は。陽介はどうしよう。また、トウキョシティを彷徨う日々に戻る? それはダメだ、陽介だって辛いはず。何より、陽介と離れ離れになるのは絶対に嫌だ。そうなるならムロになんて帰らずに、うちも陽介と一緒にいる。どうすればいいか、陽介と一緒によく考えたい。

「ごめん、清姉。もうちょっと考えさせてほしい。うちも、陽介も」

「もちろん、すぐ答えを出す必要はないわ。ゆーっくり考えて、一番いい答えを出してちょうだい」

清姉はいつも考える時間をくれる。最善の答えを出して、と言ってくれる。

やっぱり、清姉みたいな大人になりたい。どうせ大人になるなら、清姉のような大人になりたい。改めて、そう思わずにはいられなかった。

 

お墓参りを済ませて、清姉がバケツとかの後片付けをしてる間のこと。陽介が隣に寄り添って、うちにそっと囁きかけた。

「あの、瑠璃さん」

「陽介? どうしたの?」

「実は僕、瑠璃さんに伝えたいことがあるんです」

「うちに……?」

「はい。瑠璃さんにだけ。だから、この後――」

陽介が最後まで言い終える前に、不意に冷たい雫が頬を打った。雨だ、雨が降って来た。さっきまでの晴れでせき止められてた水が一気にぶちまけられたみたいなとんでもない勢いだ。ひょえーっ、と言いながら清姉がこっちに走ってくる。陽介の話は気になるけど、今はちょっとそれどころじゃなさそうだ。持ってた傘を広げて、ついでに清姉にも一本渡す。陽介の力で晴れを呼べるとは言え、基本ずーっと雨降りなんだ、傘はいつも常備してる。

やれやれ、根本的に晴れる日は来るのかしらね。清姉のつぶやきはもっともだ。陽介のおかげで部分的に晴れは呼べても、トウキョシティ全域に延々と雨が降り続けてるって言うおかしな天気は何も変わっちゃいない。最近は雨脚が以前にも増して強くなって、雷も頻繁に落ちるようになった。空気も大分冷たいみたいで、霰が降ることも珍しくない。とんでもない天気だな、異常気象って言葉がホントよく似合う。

年初の大災害の原因も、異常気象だって言われてた。カイオーガの降らせた大雨、うちの大切な人を奪った憎たらしい雨。今降ってる雨も、あの時の雨みたいな嫌な空気を纏ってる。もうカイオーガはいない、力の大部分を失って、チャンピオンのところで他より強いただのポケモンとして暮らしてるって聞いた。いい気なもんだ、あんだけ滅茶苦茶にしておいて。うちはそう思うばかりだったけど。

(確か言ってたっけ、元チャンピオンが)

アレは完全に偶然だったっけ。石の洞窟に来てたっていう元チャンピオンの……ああダメだ、名前が出て来ねえ。石に半端なく興味ある人ってことだけは憶えてるんだけど。顔と名前ホントに一致しないな。とりあえずその元チャンピオンから、あの時のことをいろいろ聞く機会があった。たまたま通りすがって、その時一緒だった……こっちは覚えてる、案件管理局の佐藤、佐藤って人が、うちのことを紹介してくれた。この佐藤って局員とうちはそれなりに絡みがある。砂浜に打ち上げられたうちを見つけたのもこの人、その後うちの身体をあれこれ調べたのも同じだ。眼鏡を掛けた静かな人だった、他にあんまり特徴は無い。

元チャンピオン曰く、カイオーガは静かに眠ってたかったのに、何とか団とかいうくっそ迷惑な団体に無理矢理「力」を引き出されたんだって。で、この元チャンピオンとかがカイオーガから強すぎる「力」を引き剥がして、普通のポケモンとして生きられるようにしてあげた、とも。

これが本当だとしたら、カイオーガにしてもとんだ迷惑だったに違いない。きっと今はただ図体がでかいだけのポケモンとして、のんきに海で泳いでたりするんだろう。だからこの雨とは関係ない。そもそもこの近くにカイオーガなんているわけない。

(――けど、だとしたらこの雨は……?)

雨の降り方はあの時とよく似てる。けど、今のカイオーガは力を失ったただのポケモンだ。ろくに雨を降らせることもできないはず。じゃあ、この雨は何が原因で降り続いてるんだ? 誰が降らせてるんだ? なんで止まないんだ? この夏ずっと抱いてた疑問が、いよいよ大きくなっていくのを感じる。

傘を差して陽介が濡れないように歩調を合わせて歩いてたんだけど、ふとその足が止まった。

「えっ……!?」

全然予想なんてしてなかった人物。ついさっきまで頭の中にいた、本来ならこんなところには絶対に居ない人物。

(さ、佐藤!? なんでこんなところに佐藤が!?)

海に打ち上げられたうちを拾った案件管理局の局員、佐藤の姿が見えた。どうしてここに、なんで佐藤が。戸惑ってるけど、半分くらい予想は付いてる。佐藤はうちを連れ戻しに来たんだ。どうやったか知らねえけどトウキョシティにいるってことを突き止めて、この辺で見かけたとかそういう噂を聞きつけたに違いない。意味分かんねえ、どういう情報網してんだよ! 幸い向こうはまだこっちに気付いてない、できればいることを悟られたくない。同じ傘に入ってる陽介の手を掴んで、そっと耳元で囁いた。

「陽介ちょっとごめん、一緒にこっち来て」

「瑠璃さん?」

人目に付かない物陰に隠れる。濡れないように陽介も一緒に手を引いて。陽介は不思議がってるけど、うちの言うことを聞いて着いてきてくれてる。急にいなくなったから、清姉が気付くのも時間の問題だ。ちょっとフォローを入れておこう。ポケットからスマホを出して『LINQ』を起動する。短いメッセージを送れるアプリで、うちも陽介も清姉も入れて専用のグループを作ってる。連絡用に使ってるやつだ。

「清姉ごめん ちょっと隠れてる 知ってる人がいる 佐藤だ 案件管理局の」

数秒で返事が来た。

「了解」

「佐藤って人がこっちに来てる たぶん話聞かれる 終わったら連絡する」

すごい、あれで全部察したみたいだ。素知らぬふりをして、さも元々自分しかいなかった風を装ってる。話を聞かれる、清姉がそう思った理由を知りたかったけど、それはまた後だ。たぶん、清姉には何かアテがあったんだと思う。今は自分と陽介が見つからないようにしておきたい。いや、陽介は別にいいかも知れないけど、でもなんとなく胸騒ぎがして、うちの側に着いててほしかった。

「こんにちは。案件管理局の佐藤という者です。少しよろしいでしょうか」

「はい。どうかしましたか?」

清姉が予想した通り、佐藤が話し掛けて来た。清姉は素直に応じてるけど、気を抜いてないのは伝わってくる。相変わらず佐藤が清姉に話しかけてきた理由は見えない。清姉に直接なんか用事がある……って感じでもなさそうだ。清姉に話しかけたのは単に情報収集するつもりだろうか。そこまではちょっと分からない。

ただ、少なくともうちに用事があるのは間違いない。でなきゃ、こんなところにあいつがいるはずがない。あいつは、佐藤は明らかにうちを探してる、うちをムロに連れ戻すために。どうしてこうなったのかはなんとなく分かる。お祖母ちゃんが警察に捜索願を出して、けどうちは案件管理局と関わりがあったから、そっちにも情報が回った。それを佐藤が見たんだ。あっちこっち探して、とうとうここまで追い付いて来やがった。大方そんなところだろう。この少女に見覚えはありませんか? 行方不明者として届けられていまして、近隣で目撃したとの情報があるのですが。きっとそんな感じのことを言い始めるに違いない、うちはそう確信してた。

ところが、ところが――だ。

「トウキョシティで降り続く雨について、当局で原因の調査をしています」

「まあ、一ヶ月も降る雨はそうそうない……異常気象ですから」

「仰る通りです。異常気象、ということで言いますと、降り続く雨とは別に、不可解な事象が起きていまして」

「不可解な事象?」

「ええ。先程この近隣にいらしたので、ぜひお話を伺わせていただきたく」

うちの名前は一向に出てこない。佐藤の口から出てくるのは、バグった空についての話だけ。雨の話かと思ってたら、それだけじゃない、とか言いだした。

それだけじゃない、じゃあ……一体何なんだ。何がおかしいっていうんだ。

 

「――この辺り、先ほどまで晴れていましたよね。ちょうど、向こうの墓地とその周辺が」

 

まさか、そんな。

案件管理局が追っかけてるってのは、調査してるっていうのは、まさか。

「トウキョシティ全体を覆うように強い雨が続いているのですが、今しがたのように突然雨が止んで晴れ間が差す」

「そういった事象が、八月の上旬ごろから頻発しています」

「各地で聞き取りを行わせていただいていますが、何が理由でこのような現象が起きているのか、未だ分かっていない状況です」

「『その時の状態を勘案すると、雨が降っていないのはおかしい』――そう言わざるを得ない天候が、あちこちで観測されています」

「その際、身元不明の少年が頻繁に目撃されているのです」

「志太陽介くん――という名前なのですが、ご存知ありませんか? この辺りで見かけませんでしたか?」

降り止まない雨の最中、陽介が呼んだ束の間の晴れ。案件管理局はそれを「異常気象」と見做して、原因を調べてたんだ。ついさっきだって、お墓参りをするからってことで陽介にこの辺りを晴れさせてもらった。それをキャッチして、近場にいた清音から情報を収集しようとしてるんだ。

陽介の顔が驚きのまま固まってる。自分が案件管理局に追われてるなんて想像もしてなかった、そんな顔だ。手が震えてる、呆然としてる。大丈夫、大丈夫だから。何も大丈夫なんかじゃないのにそう言いたくて、ぎゅっとその手を掴んだ。

「記憶にないですね。もし見ていたら、何か情報提供ができたんですけれど」

「そうでしたか。ありがとうございます」

陽介が使う「晴れ男」の力、案件管理局はそれを「異常なこと」だって認識してる。そういうことだ。

「恐れ入りますが、もう一つ伺わせてください」

「私の所属はトウキョシティではなく、榁第三支局管理第二部、ムロタウンになります」

「そのムロタウン在住のある少女について、捜索願が出されています」

「春原瑠璃さん。この方に見覚えはありませんか?」

悪いことは重なるもの。佐藤は陽介だけじゃない、やっぱりうちのことも追いかけてやがった。清姉に話しかけたのも納得がいく、うちや陽介とたまたま一緒にいるところを局員の誰かが見てたりしたんだ。それでマークされてた、なんてことだ。ちくしょう、どうすりゃいいんだ。

思わず歯噛みする。そんなところへ、思いもよらぬ言葉が飛び込んできて。

「あくまで推測ですが、いくつかの理由から――」

本当に、思いもよらない言葉が、佐藤の口から飛び出してきた。

 

「春原さんは、このトウキョシティの集中豪雨に関与している……」

「正確には、雨を降らせている要因となっている虞があるのです」

 

何を言ってるんだ? うちが――このいつまでも止まない雨の原因になってる? 頭が思わず真っ白になる。意味が分からない、意味が分からなさすぎて、頭がちっとも回らない。佐藤、あんた一体何言ってるんだ? 自分の言ってること理解できてるのか? だけど、佐藤は酔っぱらって意味不明なことを口走ってるとかそんなんじゃない。ちゃんと何か考えがあって言ってやがる。

うちが、この雨を降らせてる原因かもしれない、って。どういうことなんだ。

「――いえ、まったく見覚えないです。この辺りで見た人がいたんですか?」

「はい。各地で観測された局所的な晴れの事象、そこでたびたび彼女の姿が目撃されています」

「少なくとも、この辺りで見た覚えはありません。もし見かけたら連絡させていただきます」

「分かりました。ご協力いただき、ありがとうございます。では、我々はこれにて失礼いたします」

局員たちが去っていく。佐藤もどこかへ行った。それからさらに十分な時間を置いてから、清姉がメッセージを送って来た。

「今すぐ家に帰ろう どうするかはそれから決める こっちに来て」

一も二もない、うちと陽介は頷き合って、清姉の元まで走って行った。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。