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#19 陽介の贈り物

案件管理局の連中を振り切って、歩いて走って走って歩いて、どうにか目的地の駅まで辿り着いた。ここから船の出る駅までは電車で一本、時間も二十分くらいしか掛からない。移動中にスマホの地図アプリで案件管理局の支局がいくつあるかとか調べて、都心に比べてだいぶ少ないってことも押さえてある。支局が少ないってことは、出せる人間の数も相応に少ないってわけだ。きっと警戒が薄い、逃げ切れる可能性は十分ある。

「僕とサニーで何度も後ろを見たけど、誰も付いてきてなかったよ。大丈夫だ」

「へへっ。陽介が言ってたように、夜はうちの時間だもんね」

「うん! 瑠璃さんに闇の力をお裾分けしてもらったから、僕も見つからずに済んだよ」

これ幸いと駅へ滑り込む。チャージ済みのICカードをポケットから出して、あとは改札にタッチすれば――ってところで、うちは思わず足を止めた。

「瑠璃さん! どうしたの?」

「……大変だ。陽介、向こうを見てみて」

指差した先には電光掲示板。この駅から繋がってる路線の情報だけじゃなくて、そのもう少し先、終点の駅から出てる船便の運行状況も一緒に表示されてる。どんなことが書かれてるか、船便の状況はどうなってるか、その答えは。

「『荒天により発着共に全便欠航』って……なんてこった」

「運航再開の見通しは立ってない、そうみたいだね」

うちと陽介の言った通りだ。止まない雨に吹きすさぶ風、ガンガン落ちる雷に季節外れの雪まで重なって、船を出すことも受け入れることもできないってハッキリ書かれてやがる。今日の便は全部欠航が確定、明日以降だってこのまま天候の回復が見込めなきゃ同じことになるだろう。そして天気が良くなる兆しはちっともない。トウキョシティはこのまま一生風雨に晒されまくる可能性だってあるのに、明日になれば晴れるなんて思えるわけがない。

船に乗ってトウキョシティを離れるって計画は完全に破綻した。これはつまり、うちはムロにも帰れないってことでもある。最悪ムロまで帰ってお祖母ちゃんとかに匿ってもらおうって考えはこの時点で捨てざるを得なかった。じゃあ、どこへ行けばいいんだ? これじゃどこにも行けないじゃないか。せっかくここまで来たってのに、どうしようもないなんて。落胆が全身を襲って、がっくりと肩が落ちる。うちが陽介を導くつもりだったのに、あっさり躓いちまってるじゃねえか。

「大丈夫だよ、瑠璃さん。まだ行けるところはいっぱいある。諦めるには早いよ」

「ごめん、陽介。そうだね、次の行き先を考えよう」

陽介に励まされる。こんな非常事態の異常事態だ、予定なんて狂って当たり前。気落ちしてるヒマがあったら次の手を考えた方がいい、全部陽介の言う通りだ。まだ終わりなんかじゃねえ、こっからが本番だ! 気合いを入れ直して気持ちを奮い立たせる。さあ、次はどこに行くか考えないとな。しつこい頭痛がずっと続いてるけど、なんとか頭を働かせなきゃ。

「どんどん雨が強くなってきてる。どこか雨宿りできる場所へ行きたいね」

「ボールが壊れちまったミナとサニーが休める場所がいい。そうなると……」

「ポケモンセンター、だね」

うちも陽介も大雨の中歩いて体力を消耗してる。電車やバスも大半止まってる感じだし、移動するとしたらもう歩きしかなさそうだ。自分の足で遠くへ行こうにも、ちょっとどこかで休んでからじゃないとキツい。ミナとサニーも疲れが顔に出てる、休まないと良くないな。陽介の提案にうちも賛成だ。ポケモンセンターならみんな揃って休める。そこで次の行先だって考えられるはずだ。

最寄りのセンターまでは歩いて十分ほどで辿り着ける。うちが最初にトウキョシティに来て行こうとしたあのポケモンセンターだ。今度は空いてることを願う。寝床が空いてなくても、とりあえず座れるだけでも十分だ。

「よし。行こう、陽介」

「うん!」

うちはミナを、陽介はサニーを抱いて、雨宿りする人たちであふれる駅を後にした。

 

ポケモンセンターまでは何とかたどり着けた。局員にも見つからなかったし、トラブルにも巻き込まれてない。後は中に入るだけ――だったんだけど。

「一人、二人、三人……一体何人いるんだよ、案件管理局のやつら」

「警察とか消防の人と一緒に、みんなを避難させてるみたいだね」

うちと陽介を血眼になって探してる、ってわけじゃなさそうだ。まだ外にいて帰りの足が無くなった人たちの避難誘導に当たってて、その一時避難先としてポケモンセンターが使われてるってことらしい。そういうのは警察と消防の仕事だろ、ってツッコみたかったけど、ムロで起きた年始の大雨の時にも大勢の局員が避難を手伝ってるのを見た。何か説明のつかないことが原因で起きてる異常気象の時は、警察と消防だけじゃ対処しきれないってのも分かる。今こうやって案件管理局があっちこっちに出てきてるのは、邪魔くさいけど必要なことなんだ。

雨だの風だのだけじゃ済まなくて雪まで降ってるこのバグった天気の中で、人々がパニックを起こさないように対処する。もしうちらが今追われてる身じゃなかったら、頼もしいじゃん頼りになるじゃんって思うような光景だ。局員の中には、カメックスだとかラグラージだとかの雨に強い種族の最終進化形のポケモンを連れてるやつもいる。ポケモンには一律案件管理局の腕章が巻かれてて、管理局所属のポケモンだってのが分かるようになってる。避難誘導をやってるやつらがうちらのことをどれだけ把握してるのか分かんないけど、もし目を付けられたらミナやサニーじゃとても敵いっこない。

「これをかいくぐるのは、ちょっと厳しいね」

「だろうな……無理に入ろうとしても、その場で取り押さえられるのがオチだ」

「うん。それにこの様子だと、他のポケモンセンターも……」

「局の連中が避難誘導先に使ってるはず。きっと、ここと同じようになってるだろうな」

ここに居てもどうしようもない。他のポケモンセンターにも行けそうにない。うちも陽介も、ここを離れるほかなかった。

他に行き先はあるのか、ちょっと見当たらない。陽介も考えてくれてる、うちも痛い頭で考えてる、けど妙案は浮かんでこない。雪がちらついてて風も強くて、もちろん雨もやまない。体は冷えてくけど、休めそうな場所はちっとも見当たらない。抱いてるミナも不安そうな顔してる。そりゃそうだ、ボールが壊れて落ち着ける場所が無くなったんだから、うちら以上に不安を感じてても何もおかしくない。陽介に抱かれてるサニーも同じ。自分も不安だけど、それ以上に見たことないくらい真面目な顔してる陽介のことをずっと心配してる。

「大丈夫か、陽介」

「僕はこれくらいでへこたれないよ。瑠璃さんは?」

「どうってことないよ。陽介が一緒にいてくれるならね」

「僕も同じだ。瑠璃さんが隣に居れば、僕は百人力さ!」

まだ諦めちゃいない。互いに励ましの言葉を掛け合って、気持ちを鼓舞し合う。今は目の前のことだけ考えるんだ、みんなで力を合わせればきっと打開できる。今までだってそうだった、これからだって、きっとそうだ!

人目を避けるように歩いて、歩いて、歩き続けて、うちと陽介が薄暗い路地裏へ入り込む。前後のビルからせり出した屋根のおかげで風雨が遮られて、外で雨ざらしになってるよりかはだいぶマシな場所だった。ここで一度止まろう、陽介と揃って頷き合う。空気が冷たいのは変わっちゃいないから、ぼうっとしてると凍えて凍えて仕方がない。うちと陽介、ミナとサニーも寄り集まって、全員で隙間をなくしてくっつきあった。

屋根のおかげで雨粒は落ちてこない。寒いのは寒いし路地裏だから埃っぽくて汚れてる感じはするけど、身体は濡れずに済みそうだ。通りからも見えづらい位置になってるからそう簡単には見つかりっこないし、何よりこの異常気象だ、しつこい佐藤だってうちを探してるヒマなんて無いはずだ。ようやく息をつける。陽介と一緒にそっと腰を下ろして、はあーっ、と大きなため息を吐いた。

落ち着いてみると、話したいことはいっぱいあった。けどまず聞きたいのは、さっき局員に捕まえられた時に起きたあの地震と地面から突き出て来た「剣」のことだ。陽介はあの時どうしてたんだろう、何か手を合わせて願ってたような気がするけど。ちょっと落ち着いたところで、陽介に話しかけてみた。

「あのさ、陽介。さっきうちが捕まりかけた時だけど」

「うん。ビックリしたね、地面から岩がいっぱい出てきて」

「あれってさ、もしかして陽介が何かしたの?」

「よく分かったね。その通りだよ。大地にお願いをして、力を貸してもらったんだ」

「だから、地面から……。空だけじゃなくて大地にも願いが届くんだね、陽介は」

「そういうものみたい。初めてだったから、うまく行くか分からなかったけど」

「派手だったよ、ほんとビックリした。いろんな物ぶっ壊してたけど、怪我した人とかはいなさそうでよかった」

「本当にね。あのままじゃ瑠璃さんが連れて行かれちゃう、僕がなんとかしなきゃ、そう思ったら、力が湧いてきたんだ」

「陽介が助けてくれたからだよ、うちが今ここにいられるのは」

陽介の力は本当に底知れない。太陽を呼ぶだけじゃなくて、大地を揺るがしてしまうことだってできる。とんでもないことだけど、おかげでうちが助かったのは間違いない。あんなことが起きれば、案件管理局のやつらは青ざめて当然だ。今頃避難誘導に追われてるに違いない、うちらのことなんてとっくに忘れてるはずだ。道路とかはぐっちゃぐちゃになってしばらく使えなさそうな感じになったけど、もうそれは仕方ない。あいつらがどうにかするだろう。

落ち着いたらお腹空いちゃったね、陽介の言葉に同意する。うちもお腹の虫が鳴きそうになってた。うちが出ていく前に清姉が持たせてくれたカロリーメイトを開けてる横で、陽介がリュックから何か取り出してる。小さな鍋と……なんだあれ、青い石と赤い石、それから灰色の石が出て来た。どっかで見たことあるような気がするな、そう思って見てたら、陽介が鍋の真ん中に置いた青い石灰色の石でコンコンと打ち付けた。すると、するとだぞ。見る見るうちに石から水がしみ出して来たんだ。こんなの信じられるか? しかも濁りのまったくないすっげぇ綺麗な水だ、そのまま飲んでも平気なやつ。鍋を水で満たすと、今度は赤い石を地面に置いて、さっきの灰色の石でコンコンと二回叩いた。すると石がカーッと光り出して、見ただけで伝わってきそうなくらい熱を帯びて来た。

「陽介、これ一体なに? どういう仕掛け?」

「驚いたでしょ? 水の石と炎の石だよ」

「それってあれだよね、ポケモンを進化させる石の……」

「その通り! 僕もずっとその使い方しか知らなかったんだけど、少し前にこんな使い道もあるよ、って教えてもらったんだ」

「水の石は水が湧いてきて、炎の石は火を起こせるんだ」

「うん。その人はレータ島っていう遠く離れた場所の生まれで、進化の石を日用品として使ってたんだ。カントーやホウエンとはずいぶん違う文化の、小さな島国だよ」

「名前だけ聞いたことある、うちも。オリーブをいっぱい作ってるとか、それくらいだけど」

「僕も同じ話を聞いたよ。その人は『木ノ子の舎』っていう学校出身の人で、ポケモンバトルの実力を見込まれてカントーまで連れてきてもらったんだって」

サニーとバトルを挑んでみたけど、コテンパンにされちゃったよ。レベルが違い過ぎたね。負けた試合のことも楽しそうに話す陽介の顔は、太陽みたいに眩しい。

沸かしたお湯を使ってカップラーメンを食べて、それから余ったお湯も分け合って飲むと、だいぶん体が温まってきた。ミナとサニーも炎の石を抱いて熱を取り戻せたみたいだ、寄り添い合ってぐっすり眠ってる。まだ先のことはちっとも分かんないけど、今は少しだけ平穏だ。これからどうしようかな、明日のことを考える。

(それにしても、こんな誕生日は初めてだな)

今日はうちの誕生日だった。全然実感湧かないし、誕生日ってテンションでもないけど。去年はどうしたっけ。珊瑚と頼子、他にも誰かいたよな、希とか弘美とかだった気がする。友達同士でわいわい遊んで、夜はお父さんとお母さんがあれこれごちそうを作ってくれた記憶がある。誕生日らしい誕生日だった、つまりはとても幸せなやつ。今日はどうだろう。案件管理局に追っかけまわされて、清姉の家を出るって決めて、空は荒れ模様で、路地裏でこそこそしてる。全然誕生日って感じじゃない。けど、隣には陽介がいる。一番大切な人がすぐ近くにいる。だから、どうってことはない。苦しいことだって、陽介と一緒なら笑い飛ばせる。

とかなんとか、うちが一人で考えてたんだ。本当に、ただ取り留めもなく考えてた、その時だった。

「あのね、瑠璃さん。こんな大変な時なんだけど」

「どうしたの?」

「僕、瑠璃さんに渡したいものがあるんだ」

えっ。ちょっと待って。今日この日に渡したいものって、それって。

「これだよ。受け取ってほしいな」

予感は的中。陽介が差しだしてきたのは――丁寧にリボンが巻かれた、固さの感じられる小箱。寒さとは全然違う、まったく逆の理由で震える手で、陽介から小箱を受け取る。恐る恐るリボンを解いて、ビリビリって破かないようジェンガでもやってるような気持ちで包装紙を剥がして、出て来た小箱をそっと開ける。

わっか、リング、指輪が二つ。小さな紅い石と蒼い石をあしらったペアリングが、仲睦まじく隣り合っていた。うちはどんな目をしてただろう、隣で太陽みたいな笑顔を浮かべた陽介が、暗に答えを示している気がした。

「ホウエン地方で採れる石を使ったんだって。小さいけど、ホンモノの石だよ」

「うん……これ、本物だよ、間違いない……」

「えへへ。綺麗な瑠璃さんが、綺麗なものを身に付けて、もっと綺麗になるといいな、って」

なんてこと言うんだ陽介っ、うちを死なせる気なのかっ。寒いのなんかもう忘れて、全身が燃えそうなくらい熱くなる。こっぱずかしいってレベルじゃない、とてつもなく恥ずかしい。うちの名前は瑠璃なのに、紅玉みたいな顔してるぞって言われそうだ。うるせぇ! うちは自分の名前をおもちゃにされるのが一番嫌いなんだっ! って誰に怒ってんだうちは。いやもうマジで顔から火が出そうだ、実際出てるかもしれない。顔からかえんほうしゃ、顔からだいもんじ、顔からオーバーヒート。バクーダも逃げ出すトンデモ火力だ。

でも――陽介からの贈り物は、プレゼントは、本当に嬉しかった。これが嬉しくないわけがない。うちは陽介のことが好きで、大好きで、陽介も同じ気持ちだって分かったんだから。

「瑠璃さんには蒼のリングを、僕は紅のリングを」

小箱から一つずつ指輪を手に取って、左手の薬指にはめる。あつらえたみたいにピッタリだ。嬉しくてうれしくて、何度も何度も見つめる。喜んでるの、伝わったかな。陽介の顔を見ると、その心配は要らなかったのが瞬時に伝わって来た。

「ねえ瑠璃さん。おそろいだよ、僕ら」

「うん。おそろい……おそろいだね、陽介」

「こういうおそろいなら、瑠璃さんも大歓迎だよね」

「もちろん、もちろんだよ。ありがとう、陽介。ありがとう。ホントに、ほんとに……」

ありがとう、ただ、この言葉しか出てこなかった。もっと気の利いたことが言えれば良かったのかも知れない、でも、今自分が感じているでっかい気持ちを表現できるのは、やっぱり「ありがとう」の言葉しかなかった。ありがとう、ありがとう。ありったけの気持ちを込めて、陽介に繰り返した。

「今日が瑠璃さんの誕生日って聞いたから、プレゼントをしたいな、って」

「覚えててくれたんだ、うちの誕生日」

「もちろん。これで同い年だね。僕は六月生まれなんだ」

「じゃあ、少しの間だけ、陽介の方が年上だったんだね」

「へへっ。でも、僕はずっと瑠璃さんに導いてもらってた。お返しができて、これを贈れて、本当に良かった」

指輪をはめた指をそっと絡めあう。一つになって、もう離れたりしない。うちはそう確信する。陽介だって、きっと同じことを考えてるはずだ。

「そっか。清姉と二人で買い物に行ってたのは、これを買うために」

「さすが瑠璃さん。瑠璃さんに何を買ってあげたら喜ぶか、清音さんにアドバイスしてもらおうと思って」

清姉が「陽介くんから何か話あった?」とかよく分かんないこと言ってたのも合点がいった。このことを言ってたのか。そりゃ気になるよな、清音さん、色恋沙汰好きそうだし、何にでも首突っ込みたがるタイプだし。

「それでね、とっておきのアドバイスをひとつだけもらったよ」

「どんなアドバイスだったの?」

「『ハル子の気持ちになって、貰ってうれしいものを選びなさい』って」

ほとんどアドバイスになってねーじゃん。思わず苦笑いが漏れたけど、でも、清姉らしい。清姉ならいかにも言いそうな感じだ。

「いっぱい考えて、僕が選んだんだ。気に入ってもらえて、僕はうれしいよ」

「ありがとう、陽介。とんでもない誕生日だと思ってたけど、これで最高の誕生日になったし」

最高の誕生日、お世辞でも何でもない、うちの本音の言葉。

煌めく蒼色の指輪を見ながら、改めてそう確信した。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。