トップページ 本棚 メモ帳 告知板 道具箱 サイトの表示設定 リンク集 Twitter

#24 神々の闘争

屋上まで階段を踏み越えていく。着いた、屋上だ! 光の溜まり場が見える、あそこから空へ昇れる! もうあと少し、あと少しで陽介のところまで行ける――行けるってのに!

「……春原さん」

「この野郎! 佐藤っ! まだ邪魔する気か!!」

ボロボロのジバコイルに手を当てた佐藤が、空間を捻じ曲げていきなり目の前に現れやがった、「テレポート」だ。それでいて、あのジバコイルは「がんじょう」にできてるってことか、一発でノックアウトされるような攻撃、それこそサニーの「だいちのちから」が直撃しても、ギリギリで踏み止まれる個体がいる。くそが、とことんしつこいやつだ! あと一歩で陽介のところに行けるっていうのに、邪魔ばっかしてきやがって!

ミナとサニーが腰を低くして構える。どっちも殺気立ってる。邪魔するならぶっ飛ばす、うちだって同じだ。今すぐぶん殴ってやりたいくらいだ!

「うちらを捕まえようってんだろ? へっ、やれるもんならやってみやがれ! このクズ野郎!」

だけどその後の佐藤の行動は、うちの思いもよらないものだった。ジバコイルをモンスターボールへ戻したかと思うと、おもむろに首筋に手を掛けて。

「……ここにいるのは、『案件管理局の佐藤局員』じゃない」

「敬愛する人たちをあのバケモノのせいで失った、一市民としての『佐藤』だ」

付けていた案件管理局のバッジを外して、掌の中でぎゅっと握りしめた。

「佐藤、お前……」

「春原さん。これを受け取ってください」

ポケットに手を突っ込んだ佐藤が、うちに何かを放り投げて来た。両手を使って受け止める。手のひらを開いてみると、それは小さな石――翠色に輝く宝石の埋まった、小さな石だった。何かの欠片のように見える、一体これは何だ。不思議そうに見つめるうちに、佐藤が続けて来た。

「榁の北にある『石の洞窟』。そこで見つけて来たものです」

「宇宙から飛来した隕石、或いは彗星の欠片だと、石に詳しい方が教えてくれました」

「手に取っただけで分かるほどの、とても強い力を秘めている、それは確かです」

「ですが、僕にはその力を御すだけの器がありませんでした」

「ゆえにそれは――春原さん。貴女が持つべきものだ」

その時だった。晴れていた空に雲が集まってきて、あっという間に空を覆ってしまう。気流が乱れてるのが肌で分かる、手に取るように感じられる。

乱気流だ。乱気流が巻き起こってる。

「伝承にはこう記されています。海原の神と大地の神が荒ぶるとき、天空の神がその争いを執成しに来る、と」

「志太くんが作り上げた『そらのはしら』が、空に鎮座する海原の神だった怪物を貫いている」

「……海原の神と大地の神が争っている、この状況は、言い伝え通りの構図ですね」

空を見上げる。空の向こうに影が見える。少なくとも、うちには見えている。まるで蛇のように蠢く、とても大きな大きな影が。

「願ってください、空へ。祈ってください、天へ」

「荒ぶる神々を鎮め給え、祓い給え、清め給え、と」

「春原さん。これが、貴女が空へ往くための、最後の鍵となるでしょう」

煌めく翠の石を包み込むようにして、掌を重ね合わせる。背中がざわついた、奥底から力が湧き上がってくる、空を征くための力が。やっぱりただの石じゃない、佐藤の言う通りの強い力を秘めてる。遠い遠い宇宙から地球まで飛んできた石、「天気」の概念を超越する領域から飛来した彗星の欠片。晴天・雨天。「天気」の向こうにある星々の世界に、自分が繋がるのを感じた。

閉じていた目を開いた、その瞬間。

 

「オォオオォオオオオォォォォッ!!」

 

天を突き破って、雲を切り裂いて、空を穿って、それは、自分の前に姿を現した。

「レックウザ……」

龍を思わせるエメラルドグリーンの長躯、全身からほとばしる圧倒的な力、せり出した巨大な二本の角、刻み込まれた赤と黄の紋様。本で読んだことがある、姿を目にしたことはある。けれどこの世界には実在しない、伝承の世界にしか生きていないと言われていた、信じていた、文字通り「伝説のポケモン」。そのレックウザが、自分の目の前に鎮座している。

空から現れたレックウザは、うちの顔をじっと覗き込んでいる。自分を呼び出したニンゲンが自分に相応しいかを見定めるかのように。とてつもない威圧感と神々しさ、安易な言葉しか出てこないけれど、それくらいシンプルにプレッシャーを与えてくる風貌だ。だけど、レックウザの力を借りられれば空高く飛べる、天気の概念の及ばない遥か高くまで、うちを連れて行ってくれる。そこへ行くしかない、そこへ行くしか、あの化物をぶっ殺すことも、陽介を助け出すこともできない!

うちはちっぽけなニンゲンだ。ただの弱っちいニンゲンに過ぎない。だけど! うちにだって背負ってるものがある、譲れないものがあるんだ! 絶対に退くもんか、うちが目指すのは、この先のセカイなんだ!

「あんた、神様なんだろ? だったら、うちを向こうまで連れてってくれ!」

「その後のことは……うちがケリをつける。このくだらない争いを止めてやる、そう言ってるんだ!」

「うちがこの手であいつをぶっ殺して、あの物騒な柱もぶっ壊してやる! だから!!」

大口を開けたレックウザが激しく咆哮する。ミナとサニーが吹き飛ばされそうになったのを、まとめて抱いて必死に留まらせた。うちの意志は伝わったのか、成り行きをじっと見守る。

やがて静けさが戻ってくると、レックウザはうちが持っている石に興味を示した。レックウザは伝承で宇宙を漂う隕石を食べてるって聞いた。なるほど、だったらこいつを食わせてやる。ミナとサニーを下ろして、持っていた石を口元へ持っていく。手から隕石を吸い込むようにして、レックウザが隕石を体内へ取り込んだ。再び大きな声を上げて咆哮する。

これで――話は付いた。

身を寄せたレックウザに乗り込む。ミナとサニーも一緒だ。佐藤は目を赤くして涙をこぼしながら、空へ旅立つうちを見送っている。

「お願いだ……あの化物を葬ってくれ。もう二度とあんな雨を降らせられないように」

「僕を導いてくれた大切な人たちを奪っていった……あの救いようのないバケモノを、跡形もなく殺してくれ!」

レックウザの背に掴まりながら、うちが佐藤の声に応える。

「うちはあんたのために空へ往くんじゃない。自分のためだ」

「けど、あいつをぶっ殺して……佐藤、あんたの心の雨が止むなら、心が晴れるなら」

「その気持ちも、全部空へ持っていく。だから――信じてくれ」

上を向いたレックウザが、まるで空へ落ちていくかのような速さで飛び上がる。うちとミナ、それからサニーが、レックウザの背に乗ってどこまでも高く飛んでいく。

終わりを目指して。この空の、あの怪物との因縁の、夏の記憶の終わりを目指して。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。