校舎内で聞き込みを行い、アカデミーで優美がどんな暮らしをしていたのかについて知ることができた清音だったが、その表情は決して明るいものではなかった。優美が楽しいキャンパスライフを送っていたのは間違いなさそうだ、それはいい。しかし繰り返しになるが、ではなぜ誰にも行方を告げずに消息を絶つ必要があるというのか。アカデミーに何か原因があればそれをきっかけにして捜索の範囲を広げられそうだったのだが、あいにく大きくアテが外れてしまった形だ。
もっと他の生徒や教職員にも話を聞いてみようかしら。誰かが最近優美を見かけたりしているかもしれない。清音は落ち込みすぎないよう次にすることを頭に思い浮かべつつ、どこかで一服したい気持ちになっていた。例のとてつもなく長い階段を今度は降りると、さまざまな商店や飲食店に囲まれた広場が広がっている。中央にはポケモンバトルのためのコートも設置されている。ここでバトルをすればさぞかし人目を引けるだろう、などと考えつつ、清音は遠めに見えたカフェへ足を向けた。屋外の席を取り、カウンターへオーダーしに行く。
「カフェ・コン・レチェをひとつ」
「かしこまりました」
カップに詰められた淹れたてのコーヒーを持って行って、確保した席で一口すする。パルデアではコーヒーに温めたミルクをたっぷり入れて飲む文化が定着していると聞く。清音は普段ブラック派なのだが、そこに特段こだわりがあるわけでもない。地域に合わせた飲み方があるならそれを試してみたいと思うタイプだ。柔らかな口当たりと程よい熱さが、優美の行方を知る手掛かりが見つからず拗れそうになった心を優しく解きほぐしてくれる。まだ焦る時間じゃない、ひとつずつ可能性を当たっていこう。
清音が一息入れて頭を整理しようとしたとき、ちょうどすぐ隣の席が誰かに確保されるのが見えた。別に誰が隣に座ろうとちっとも気にしないものの、音がしたので反射的にそちらに顔を向ける。どうせ見ず知らずの人なのに、見てもしょうがないじゃない――清音が内心苦笑しつつ視線を上げてみると、まったく予想もしていなかった人物の姿がそこにあった。
「はっ……!? ちょっ、ちょっと、えっ、こっ、ここっ、小夏ちゃん!?」
「えっ? ……ええっ!? 清音さん!? 清音さんですか!?」
小夏、皆口小夏。優真の幼馴染にあたる少女だ。元々優真とは幼い頃からの顔見知りだったものの、優真がちょっかいを出してばかりであまり仲が良いとは言えず、清音ともほとんど面識のない期間が長かった。ところが数年前、ひょんなことから優真と小夏が二人で協力して「フィオネ」という珍しいポケモンを育てあげてからというもの、二人はこれまでの関係がウソのようにすっかり仲良くなり、その縁で優真の親類である清音とも盛んに交流を持つようになった。
ワケあって実際に清音が小夏と直接の付き合いがあったのはせいぜい半年ほどだったのだが、その間小夏も優美のように清音をずいぶんと慕ってくれていた。清音も優真と共に幼いながらも「子育て」をやり遂げた小夏に一目置いていて、実にしっかりした女子だという好印象を持っていた。そしてついでとばかりに、小夏と優真の相思相愛っぷりを楽しくイジったりもしていた。ウチの周りはラブラブカップルばっかりねえ、こっちは独りで寂しいわあ。などと、言葉とは裏腹に微笑みながらしょっちゅう言っていたものだ。
「なんか今更で申し訳ないんだけど、小夏ちゃん……で間違いない、わよね?」
「はいっ。わたしです、小夏です。ええっと、清音さんですよね? 清音さんどうしてここに?」
お互い目をものすごい勢いでパチパチさせている。どちらもこんなところで顔見知りに会うことなど考えもしていなかった、というのが思いっきり顔に出ている。清音にしてみれば、優美を捜しに来てみればなぜか小夏がいたわけで、これに驚かないわけにはいかなかった。それは小夏も同じで、どうしてここに清音がひょっこり姿を現したのか皆目見当も付かない、と言わんばかりの表情だった。
とまあ随分と驚きこそしたものの、清音も小夏も親しい間柄。ほどなくして清音の表情がゆるみ、小夏もぱあっと明るい顔を見せた。清音が両手を差し出すと、小夏がそれを迷わず取って握り返す。両手でぎゅっと固く握手をすると、二人は久々の再会を大いに喜んだ。
「いやあ、久しぶりじゃない! ざっと三年ぶりくらいかしら?」
「そうですよね……! 今は優真くんたちと一緒に住んでますよね」
「ええ。義姉さんの具合が気になるし、何よりウチと義姉さんで別々の新居を同時に探すとかもう無理! って感じだったし」
「ですよね……でも、みんな無事でホントに良かったです。あの時静都にいたんですけど、頭の中が真っ白になっちゃって」
「小夏ちゃんもひどい災難だったわね。地元を離れてるときにさ、いきなりあんなとんでもないニュースが飛び込んでくるんだから」
「震えながら電話をかけたらすぐ繋がって、お父さんとお母さんは避難して無事、横に優真くんたちもみんな一緒にいるって聞いたときには……もう……っ」
「ね。優真と小夏ちゃんがスマホ越しにわあわあ泣いてたから、義姉さんもウチも横でもらい泣きってワケよ」
「もう、清音さんってば。でも、こうしてまた清音さんに会えて……わたし、うれしいです!」
「ウチもウチも! 小夏ちゃんも元気そうで何よりよ。明るい顔が見られてほっこりしたわ」
「はい! おかげさまで元気に過ごしてますっ」
「ということは、ポケモントレーナーとしての旅は順調、ってワケね」
先ほど述べた付き合いが短かった理由というのは、小夏がポケモントレーナーになってかつての地元である榁を離れていたためだ。小夏は優美と同じく幼い頃からポケモンへの興味が強く、いわゆる適齢期を迎えてからはトレーナーになることを目標としていた。家族との約束を果たして晴れてポケモントレーナーとなり、今は各地を気の赴くまま旅して回っていると優真から聞いていた。この様子だと、旅は小夏にとって楽しいものになっているに違いない。清音は心身ともに一回り大きくなった小夏を、頼もし気な目で見つめていた。
「その事なんですけど、実はちょっと前からここに留まってるんです。もちろん、トレーナーも続けてるんですけど」
「ほほうほほう。せっかくだし、その辺の話ウチに聞かせてちょうだい」
「いろんなところを旅して、すっごく楽しかったし今も楽しいんですけど、久しぶりに勉強もしたいなって気持ちになったんです」
「ウチもこんな歳になったからかしらね、『勉強したい』って気持ち、すっごい理解できるわ。新しい技術に触れるたびにワクワクするもの」
「ですよね! でも、まだトレーナーも続けたいし、もっとたくさんのものを見てみたい気持ちもあって、お父さんとお母さんに相談してみたんです」
「ふんふん。それでそれで?」
「勉強もしたい、トレーナーも続けたい。ヨクバリスに負けないくらい欲張りだって自分でも思ってたんですけど、何度目かに紹介されたのが――」
「――わかった! ここ、テーブルシティのグレープアカデミー! でしょ?」
「その通りです! 勉強はたくさんできるし、周りは自然でいっぱいだし、見たことのないポケモンも……! って、テンション上がっちゃいました!」
「いいわねえ、そういうの。お父さんお母さんも喜んでたんじゃない?」
「うれしそうでした。小夏の決めたことだから全力で応援したいって言ってもらえて……わたし、絶対親孝行するぞって思いました」
「……大事よ、その気持ち。絶対に忘れないで」
「清音さん」
「ほらね、よく言うでしょ、孝行したいときに親は亡しって。ウチがまさしくそうだったからさ、小夏ちゃんには同じ目に遭って欲しくなくて。ああ、ごめんなさいね、まーたくだらないお節介焼いちゃってさ」
「ううん。清音さんの気持ち、わたしも分かります。清音さんのそういう優しいところ、大好きです」
ホントに素敵ないい娘だわ、優真くんがうらやましいくらい。そんな風なことを割と本心から思いつつ、清音は小夏と大いに会話を弾ませた。
「両親と学費を半分ずつ出し合って、三ヶ月くらい前に入学しました」
「小夏ちゃんもちゃんとお金出したのね。よく貯金してたじゃない」
「旅してる最中にいろんなお仕事して、ちょっとずつ殖やしてたんです。特に節約とかしてたわけじゃないですけど、あんまり欲しいものとかも無くて」
「デキる人は自然とお金も貯まっていくものよ。それで小夏ちゃん、どういうお仕事してたの?」
「捕まえるのが苦手な人の代わりに、目当てのポケモンをゲットしたりとかです。あと、わたしがトレーナーの代わりにポケモンを育てたりとかも!」
「おおーっ。ポケモンを育てるって言ったらさ、小夏ちゃんの十八番よね。適役じゃないの」
「えっへん! 伊達にシズクの親をやってませんから! ……なんて、ちょっと調子に乗ってみました」
「でもね、二人とも本当に立派だったわ。あの時から優真も顔つきが明らかに変わったもの。キリッとして……こう、ね。ウチの兄貴そっくりになってさ」
「今思い出してみても、何から何まですっごく大変でした。でも……たくさんのものをもらいました。みんな、シズクがわたしと優真くんにくれたものです」
「シズクちゃんとは、いつかどこかで会えるかも――ううん、必ずまた会えるわ。案外この辺りの海にいたりするかも知れないし」
「はい。その時まで立派なお父さんお母さんでいられるように、優真くんと『がんばろうね』ってお互い言い合ってます!」
「かぁーっ。もうね、ここまで来るとリア充爆発しろなんて言えないわ。むしろ爆発させようなんて不届き者がいたらね、ウチと兄貴のハイドロが黙ってないっしょ」
モンスターボール越しにラグラージのハイドロが頬を緩ませながら「そうだそうだ」と深くうなずいている。小夏はそれを見て朗らかに笑ったし、清音もまた同じく声を上げて笑った。
ハイドロは兄の優人が連れていた相棒で、彼の死後に清音が引き取った経緯がある。共通の大切な者を亡くして、深く通じ合う部分があったのだろう。ハイドロの「おや」はあくまで優人だったものの、清音からの指示にも極めて忠実に従っていた。それは――主である優人が大切にしていた妹である清音を代わりに護ろうとしているようにも、清音の生き様や姿勢に優人の面影を見いだして慕っているようにも見えて。アーマーガアのティアットとはまた違う、清音にとってかけがえのない相棒なのだ。
「入学したのって三ヶ月くらい前なのよね。その時期ってさ、確か夏期休暇じゃない?」
「実はわたし、そこを狙って編入したんです。みんながお休みの間にたっぷり自習して、後期からの講義に追いつく作戦! って感じで」
「なーるほど! 人の少ないキャンパスでみっちり勉強! って寸法ね」
「ですです! おかげで今取ってる講義もばっちりですし、久々にいっぱい勉強できて楽しかったです! 息抜きに辺りの探索やバトルもして、たまに前みたいにお仕事もしたりして、最高のお休みでしたっ」
「いやあ、小夏ちゃんホント頭いいわ。優真もさ、頭回るしバカじゃないんだけどマジメ一辺倒になりがちだから、頭脳面で支えてあげてちょうだい」
「大丈夫ですよ。なんだかんだで、優真くんも結構ちゃっかりしてますから。電話をかけるの、わたしいつも楽しみなんです」
「うーむ。優真はマジのマジで小夏ちゃんしか見てないし、小夏ちゃんは見ての通り優真一筋だし。遠距離恋愛の理想形ねえ」
「勉強とかバイトでちょっと疲れてても、優真くんの声を聞くと全部吹っ飛んじゃうんです。電話を切るのがいつも惜しくなっちゃって。それで、今年も年末年始は一緒に過ごそうね、って今から約束してます」
「ひええ、もう何から何まで眩しすぎ! こうなったらアレよ、帰ってきたらウチがアレコレちょっかい出しちゃうわよん」
とまあ、話題はまるで尽きずに延々とお喋りをしていたのだが、ふと小夏が「そうだ」と手をポンと叩いてから。
「すっかり聞きそびれてましたけど、清音さんはどうしてここへ? ひょっとして……優美ちゃんのことで何かあったんですか?」
「ああ、優真から聞いてたのね。優美がグレープアカデミーに留学してるって話」
「聞いてました。エーテル財団に奨学生として選ばれて、今年の頭ぐらいからパルデアで暮らしてるんですよね」
「ええ。だけどね、一週間ほど前から行方が分からなくなってて、ウチや義姉さん、財団の人たちも連絡が付かないのよ」
「……ホントですか!? じゃあ清音さんは、優美ちゃんを捜すためにここへ……?」
「その通りよ。義姉さんは体弱いし、優真は大きな大会控えてて豊縁を離れられなくてさ、身軽なウチが来たってワケ」
「そうだったんですね。優真くんから前の電話で『合宿でしばらく連絡できない所に居る』って言われたんですけど、その後に優美ちゃんのことが……」
「ちょっとタイミングが悪かったみたいね。優真が連絡できてたら、きっと小夏ちゃんにウチと優美の話もしてくれたと思うんだけれども」
「でも、優美ちゃんがアカデミーで楽しそうにしてる、って話はしょっちゅう聞いてました。それを聞いて、わたしも行ってみたいなーって気持ちになったんです」
「いい学校なのは間違いないわ。校長先生……クラベルさんとも直接話したけれども、ああいう人がウチの通ってた学校の校長だったらなー、とか思っちゃったし」
「立派な人ですよね。先輩から『赴任してきてまだ一年半くらいしか経ってないよ』って聞いたんですけど、全然そうは見えないです」
「えっ、そうなの? てっきりもう十年くらい校長先生やってますってオーラ出てたのに、そりゃあちょっと意外ね」
「みたいです。クラベル校長が赴任してくるときに、理由は分からないんですけど教職員の総入れ替えもあったみたいで、結構てんやわんやだった、とも教えてもらいました」
「先生の総入れ替え……? なんでまたそんな大掛かりなことをしたのかしら。優美が来たときは落ち着いてたみたいだけど、分からないものね」
「ですよね。あっ、それで、優美ちゃんなんですけど……」
少しばかり話しづらそうな顔をしつつも、きちんと言わなければと気持ちが固まったのだろう。小夏が冷めかけたミルク入りコーヒーを一口すすって、おもむろに話を切り出す。
「……実はわたし、入学してから一度も姿を見てないんです」
「ええっ、一度も!? 小夏ちゃん、確かもう三か月経つのよね? それで一回も会えてないってこと?」
「はい。入学前から優美ちゃんのことは聞いてて、アカデミーでも一緒に遊んだり勉強したりしたいなって思って捜してたんですけど、全然会えなくて」
「実はウチ、さっき校舎で優美の友達と話したのよね。その子も一か月くらい顔を見てないって言ってたけど、さすがに三か月はビックリだわ」
「夏期休暇中だったし、豊縁に里帰りかな? とか思ってたら、優真くんから『今年はずっとパルデアにいるよ』って言われて、ますます混乱しちゃいました」
「そうなのよ。あの子寮に入ってるし、財団からも向こうの拠点で優美が寝泊まりしてたなんて話も聞いてないから、お休み中も多分校内に残ってたはずなのよね」
「もし外でキャンプとかするにしても、何か月もずっと戻らずに外出してる、というのはさすがに無いですよね。シャワー浴びたりしたいですし」
「あの子綺麗好きだからなおさらね。いざとなったら寝袋も平気だけど、寝るときはお布団で寝たいタイプだったし」
「一応、他の子たちの話で『ユミ』って名前が話題に出てくるのは聞いてたりして、優美ちゃんが校内にいるっていうのは間違いなさそうなんですけど……」
「カンパニュラさん……ああ、エーテル財団の支部長さんなんだけど、行方が分からなくなったのは一週間前だ、って言ってたのよね……本当なのかしら」
清音は他人を疑うのが好きではなく、ましてやお世話になっているエーテル財団の支部長に疑義をかけるというのも気が引けた。そうは言うものの、一か月も顔を見ていない、三か月どれだけ捜しても校内で会えないといった話を実際にアカデミーに在籍するカイトや小夏のような生徒たちから聞かされると、さすがに「連絡が取れなくなったのは一週間前」というカンパニュラの言葉に疑問符を付けざるを得ない。
本当はもっと前から優美の身に何かあったのではないか、カンパニュラが川村家に隠していることがあるのではないか。清音はあくまで可能性の一つとしてではあるけれど、この件を頭にしっかり留め置くことにした。
「あの、清音さん。これから優美ちゃんを捜しに行くんですよね」
「もちろん。兄貴と義姉さんにとっては娘、優真にとっては妹、ウチにとっては姪っ子。立場は違うけど、みんな優美のことを大切にしてるわ。どこかで戻ってくるのを待ってるなんて悠長なことはしてらんない、パルデア中駆けずり回ってでも捜すつもりよ」
「そうですよね。でしたら……わたしにも手伝わせてください! 清音さんと一緒に優美ちゃんを捜しに行きます!」
「えっ!? いやね、もちろん気持ちはすっごいありがたいんだけれど……ほら、小夏ちゃん、講義とかあるんじゃない?」
「心配いりません。今期は課外活動期間だってこともあって、全部の講義がリモートで受けられるんです。わたしがパルデアのどこにいても、スマホがあればそこが教室になります!」
「イケてるぅ~! いやあ、伝統があるだけじゃなくて、イマドキの仕組みもしっかり取り入れてるのね! ホントにいい学校だわ」
「はいっ。この辺りの地理もちゃんとインプットしてありますから、きっとお役に立てるはずです」
「うむ、小夏ちゃんがいれば百人力だわ! 優美もすぐ見つかっちゃいそうね。小夏ちゃん、本当にありがとね。感謝してもしきれないわ」
「優美ちゃんは自分にとっても妹なんだ。シズクを通して優真くんと仲良くなってから、ずっとそう思ってるんです」
「小夏ちゃん」
「妹がどこか遠くにいってしまうなんて……わたし、耐えられないです、もう絶対に嫌です。将来お姉ちゃんになる立場として、妹を捜さないわけにはいきません!」
決然と言い放つ小夏の瞳に、清音は今にも吸い込まれそうなほどの強靱な覇気を見出した。小夏は紛れもなく本気だ。強力な味方を得て、清音の心は大きく弾む。先の見えない暗闇に飲み込まれかけていた心を、小夏という――その名の通り夏の太陽のようにさんさんと輝く存在がぱーっと照らしてくれた。背丈は優美より少し高い程度で小柄ながら、今は清音にとってはその存在感たるや、敷衍にある大きな火山さえも余裕で上回るほどに大きい。力強く協力を約束してくれた小夏には、もういくら感謝しても足りない。
そしてそれと共に、小夏ちゃんにとって優真と一緒になるっていうのはもう「決まってる」ことなのネ、と微笑ましさも覚えるのだった。
よぅし、そうと決まれば作戦会議よ。冷めた分を一気に飲み干して、清音が自分と小夏のためにコーヒーのおかわりを買って持ってきた。小夏も清音にいくつか提供したい情報があるようで、清音が戻ってくるまでの間にスマートフォンのメモアプリを起動して何やら書きつける。湯気を立てるコーヒーを二人がそれぞれ口にしてから、一息ついた小夏が「いくつか気になってることがあるんです」と清音に話を持ち掛けた。
「優美ちゃんに直接関わるかどうかまでは分かりませんが……もしキャンパス内で何かあったんだとしたら、この人たちが関わってるかも知れません」
「おっ、写真ね。星型のバイザーがヘルメットにくっついてると。ふーん、いかにもヤンチャしてますって感じの連中ねえ」
「校内で問題になってる『スター団』っていう不良生徒たちのグループです。わたしが入学するよりも前から活動してるみたいで」
「不良たちの集まり、ね……どーにも気になる話ね。小夏ちゃん、続けてちょうだい」
「はい。スター団は五つのグループがそれぞれ縄張りを持ってて、団員たちは基地みたいなところ……アジトって言えばいいのかな、そこに籠城して何か企んでるって言われてます」
「なんだかガキっぽくてしょーもないことやってるわねえ。こんないい学校があるってのに」
「ホントです! わたしも関わらないって決めてたんですけど、何人かに囲まれて無理やり勧誘されたって友達もいて、ちょっと見過ごせないって思い始めてて」
「はぁーっ。不良やるにしてもさ、他所に迷惑かけんなって話よね。しかも群れてイキがってるだけとか、聞いてて腹立ってくるわ」
「それに……聞いてください! 結成されて少ししてから学校のグラウンドに団員たちやそのポケモンが集まって、それで何人かの生徒を取り囲んで乱暴して、怖がった人たちが一斉に退学したって話があるんです!」
「いやいやいや、さすがにヤンチャだとか言っていいレベルじゃないわ、明らかにライン超えてるじゃない。退学する子まで出すなんて……度が過ぎてるとしか言えないでしょ」
「この件で校内での活動が厳しく制限されたみたいで、キャンパス内ではほとんど見なくなりました。でもそれだけじゃ安心できません。だから校長先生はスター団に『退団するか退学するか』、どっちかを迫ってるみたいです」
「最善ね。そういう手合いはね、甘やかせばつけ上がるだけ。締めるべき所は締めていくのが正解よ。さすがはクラベルさん、校長先生の鑑だわ」
「ですよね。けど、それでもまだしつこく活動してる人もいて……夏期休暇が明けて、講義が始まった頃もそうでした」
「小夏ちゃん、直接何か見たりしたの?」
「見ました。ここの広場で団員が……男の子? 女の子だったかな? イーブイのリュックを背負った、見るからに大人しそうな眼鏡の子に絡んでるのを」
「反撃してこない気弱な相手に絡むの、本当に最低だわ。マジでロクな性根のやつがいないのね。スターだとか気取った名前つけてるクセに」
かつての自分がレールを外れた不良少女だった自覚のある清音としては、スター団の連中が徒党を組んでくだらないことをしている様を苦々しく思うばかりだった。無論、清音にしてもルールに反発し反抗してはいたわけだけれど、少なくとも無関係な他人に――きちんと学業を修めている同級生たちに食って掛かるような真似は絶対にしなかった。
あくまで自分がどうありたいかを突き詰めて、そうしたらたまたま皆とは違う道を歩きたくなっただけのこと。無論、今の清音は当時の自分を武勇伝よろしくことさらに誇るような真似はしなかったし、ハッキリ言って「くだらないことをしていた」「青臭いガキが馬鹿をやっていた」とむしろ自嘲気味に見てはいたけれど、それでもスター団の傍若無人な振る舞いを同じ「不良」の枠に入れられるのは不愉快極まりなかったわけだ。
「これ、バトル仕掛けて止めた方がいいよね。そう思ってわたし、モンスターボールを構えてたんです。周りの子たちも何人か同じようにしてて」
「ウチでもきっとそうしてたと思うわ。なんならいっそ直に殴りに行ってたかも」
「でもそこへ、ネモ会長と新入生っぽい子が現われて、その子がポケモンバトルでやっつけてくれたんです!」
「ほぉー。今時ずいぶん骨のある子もいるものね。一緒にいたネモ会長って、ひょっとして生徒会長さんとかだったり?」
「あっ、そうですそうです。ちょっと分かりにくかったですね、わたしたちの間だと『ネモ会長』で通ってるんです。『海底二万里』の『ネモ艦長』みたいな感じかな」
「よっしゃ当たった! ま、ほらアレよ。学校で『会長』なんて付くの、言って『生徒会長』くらいしかないと思ったしさ」
「言われてみれば確かに! それでネモ会長なんですけど、アカデミーでも数少ないチャンピオンランクの保有者で、とんでもなくバトルが強いんです」
「なるほどなるほど。いやね、さっき校長先生と話したときに『生徒会にも優美を捜してもらうようにお願いした』って言ってくれたのよ。聞いてると生徒会長さんずいぶん強いみたいだし、これまた頼りになりそうね」
「わたしもみんなをもっと鍛えて、いつかネモ会長とも戦ってみたいです!」
「ひょえーっ、小夏ちゃんも頼もしいこと言うじゃない。まあウチもティアットたちと一緒に戦うけど、いざとなったらよろしく頼むわよん」
「はい! 任せてください!」
どんと胸を張る小夏。トレーナーとしてポケモンも育てていて、この分だとバトルの経験も大分積んでいそうだ。この世界の旅はいつも危険と隣り合わせ。野生のポケモンに襲われることもあれば、不届き者に勝負を仕掛けられることもある。そんな時頼りになるのは自ら育て上げたポケモンたち、そして自分自身の経験と知識に他ならない。清音は自分だけでも身を守りながら各地を渡り歩く気で居たが、小夏が協力してくれるというならこの上なくありがたい。
「スター団の話に戻りますね。いろいろ悪いことをしてて、極めつけに……これがもう、本当に許せないんですけど」
「小夏ちゃんがこんなに怒ってるの、初めて見たかも。一体何をしでかしたの?」
「悪質な団員たちがパルデアのポケモンをやたらめったら捕まえて、余所の地方へ売り飛ばしてお金にしようとしてるって聞いたんです。信じられません」
「……最悪、マジで最悪。ポケモンたちには何の罪もないのに、お金に目が眩んだとでも言うのかしら? 言い訳にもなりゃしない」
「わたしも許せないです。こんなことしてるグループなんて、もう潰さなきゃダメだよ。そう思わずにはいられませんでした」
「こっちと余所、両方の生態系だって滅茶苦茶になるし、そういう連中を懲らしめるのも財団の仕事だって支部長から聞いたわ。優美が聞いたら怒って突っ込んでったりして」
「実は――先輩から聞いたんですが、私が入学する少し前くらいに、優美ちゃんらしき子がポケモンを乱獲してるスター団を見て、ホントに止めに入ったみたいなんです」
「えっ!? まさか……優美がそんなことを……!?」
「ビックリしました。でも先輩、優美ちゃんが相手をバトルでコテンパンにしたところまで見てて、勇気のある子もいるんだね、って感心してて」
「優美ったら、いつの間にかずいぶん強くなってたのね……あんまりバトルするイメージがなかったせいかしら、聞いて驚いちゃったわ」
「わたしも同じです。榁にいたとき、外から来たトレーナーと地元の人との対戦をよく見学してたのは知ってましたけど、優美ちゃん自身がバトルするのは見たことなかったですし」
「士別れて三日、即ち更に刮目して相待すべし――か。昔の人も、今のウチと同じ気持ちだったのかも知れないわね」
先ほどカイトと話したときも驚かされたが、悪辣なスター団に敢然と立ち向かってしかも勝利したと聞かされた清音は、驚きを超えて感嘆の声を上げていた。自分が知っている優美は昔の優美、優美の一部に過ぎなくて、パルデアの地で知らぬ間に一回りも二回りもたくましくなっていたことを実感させられる。聞けば聞くほど「優美に会いたい」という気持ちが募り、それはとりもなおさず「何処へ行ってしまったのか」という思いへ繋がってしまう。
行方知らずの優美に思いを馳せる清音の気持ちを知ってか知らずか、小夏が手にしたスマートフォンをスワイプして、ある一枚の写真を見せてきた。
「ところで、これを見てください。前に先輩からLINQで送られてきた写真なんですけど」
「えっ……な、なんなのコイツ!? サングラスにマスクはまあギリいいとして、これって……『ハンマー』……?」
ウェーブの掛かったブロンドヘアーを靡かせ、真っ黒いマスクで口元を隠し、スター団のシンボルよろしく星型のサングラスを掛け、そして……「長い柄付き」「大ぶり」「少々歪な形状」「黒鉄色」という極めて異様な特徴を持つ「ハンマー」を肩に担いだ、おそらくは小夏と同い年くらいの背丈の女子生徒だった。なまじ制服だけは他の模範的な生徒たちのものと同じなので、首から上の容貌とハンマーの違和感・異物感が尋常ではない。
たった一行で会社の屋台骨となるサービスを生かすも殺すも自在のスクリプト、お客さんの顔を見ただけで即タバコの銘柄を思い出すバイトの先輩、自分にノートパソコンを与えて更生させてくれた恩師、いつまでも降り止まない雨と空を貫く光の柱、住んでいた場所を襲った正しく文字通りに「天文学的な」災害……この世に生まれてもうすぐ三十年、それなりに人生経験を重ねて、大小問わずいろいろなものを見てきたつもりになっていた清音だったが、その認識の甘さを痛感せざるを得なかった。
さすがにこんな無茶苦茶なやつは見たことがない。性格や内面に触れる前に、もう外見だけで十二分に「ヤバい」のが伝わってくる。せめて背丈が自分と同じくらいとかならまあまだしも、ギリギリ小夏に並ぶかどうかという程度の若さ、或いは幼さなのだから手に負えない。人がその手に武器を持たなくなって久しいこの時代に、大柄なオトナさえも一撃で病院送りにしそうなハンマーを持ち歩いている。この時点で社会通念やら常識やらがまったく通用しない、アウトローを地で行く危険人物なのは明らかだろう。
「わたしが入学して少し経った後くらいから、こんな格好をしたスター団の団員を見たって子が出てきたんです」
「怖すぎでしょ、これ……ハンマーで人とかポケモンぶっ叩いて回ってそうじゃん。外見だけで逮捕状取れるわよマジで」
「先輩たちの間でも『マジでヤバい』ってウワサになってます。正直、わたしも『マジでヤバい』って思います」
「小夏ちゃんが『マジ』とか『ヤバい』とか言うの、なんかちょっとギャップあって面白い」
「あははっ、自分でも言ってて『似合わないなー』って思っちゃいました。でもこの女子生徒、本当に怖いみたいです」
「そりゃあこんな見た目じゃねえ。名前は分かってたりするの?」
「はい。『ウェンディ』って呼ばれてます」
「『ウェンディ』ねえ。名前の雰囲気からしてイッシュか、もしくはガラルの出身かしら」
「ガラルから来たって本人が言ってたみたいです。一之瀬先輩から聞きましたし、ガラルだと確かによくある名前みたいです」
小夏が見せた写真に写る凶悪な女子生徒は「ウェンディ」と名乗っているとのこと。人名の付け方には地域によってかなりの違いがあるが、この「ウェンディ」という名は清音が口にした通り、イッシュやガラルで見られるものだ。元々は非常に珍しい名前だったが、ガラル出身の作家が著した小説の中でこの「ウェンディ」の名が使われたことで大きく広まり、現代に於いてはごく一般的なものになった……というのが定説である。
「はぁーっ、あそこもおっそろしい子を輸出してくれたもんだわ。これこそ外来種じゃないの」
「しかもそれだけじゃないんです。清音さん、こっちも見てください」
指をスッと横へスライドさせると、清音の目にまたしてもぶっとんだ画が飛び込んできてしまった。そこには例によってハンマーを担いで歩くウェンディと、横に帯同する見慣れない――どぎついピンクの体色、大ボリュームのツインテール、低い背丈と短い手足、突出した上の前歯、といった特徴のある――ポケモン。そして何より目を引くのが……。
「……はあ!? ポケモンにまでハンマー持たせてんのコイツ!? しかもこの大きさ……頭おかしいでしょ!?」
……そいつが片手で担いでいる、もはや「馬鹿でかい」という形容すらも生ぬるい、超重量・超特大・超大型の三拍子揃った黒鉄のハンマーだった。先に出てきて十分すぎるほど凶悪っぷりを見せつけられたウェンディのそれでさえ、この謎のポケモンが持っているものと比べてみれば、まあハッキリ言ってチャチな玩具と断じてしまって差し支えないだろう。不可視のはずの殺意がまるで可視化されたとしか思えない、なんとも恐ろしい凶器だ。
「いやいやいや、ここまでいかついハンマー見たことないわ。せいぜいモンハンでギリあるかないかでしょこんなん、無茶苦茶よ」
「しかもこれ持ってるの、ハンターじゃなくてモンスターの方なんですよね……」
「それな。こんなデカブツでまともにぶっ叩かれたら気絶どころじゃ済まないわ、マジで死人出るわよ。なんて物騒なもの持たせてるんだか」
自らもハンマーを携え、オトモと思しきポケモンにはさらに巨大なハンマーを装備させているウェンディ。女子生徒とは到底思えないほどの威圧感と凶暴さが滲み出ている。過去を切り取った写真を見ているだけで身震いするほどのものだ。活動し始めたのは割と最近のようなのだが、これだけ存在感があるならスター団でも幅を利かせていることは容易く想像が付いた。
「確かこのスター団って、中で五つの組に別れてるのよね。この危険人物はどこに属してるのかしら?」
「このポケモン、友達が『雑誌のフェアリータイプ特集で似た子を見たかも』って言ってたので、だとすると……ここだと思います」
「……スター団フェアリー組、『チーム・ルクバー』ね」
スター団には五つの組があるというのは先ほど小夏が述べたとおり。そしてこのウェンディが所属している可能性が最も高いのが、フェアリータイプ使いの不良生徒たちが寄り集まってできた「チーム・ルクバー」を名乗るグループだ。フェアリーという可愛げな言葉のイメージを、手にしたハンマーで叩き潰さんとする凶悪な絵面が清音の脳裏に浮かぶ。むしろそれしか浮かんでこないほどだ。
「それでこのチームが……あっ! いけないいけないっ、もうすぐ講義が始まっちゃう。この後夜までいっぱいなんです」
「おっ、そりゃ大変だ。今日はいったんここまでにしときましょっか。小夏ちゃん、いろいろ教えてくれてありがとね」
「いえいえ! まだ話したいことがあるので、明日続きをさせてください」
「ほーいりょうかーい。ウチはちょっとこの辺りを散策してからエーテルハウスに戻るから、夜にでも連絡ちょうだい。時間決めて広場で落ち合いましょ」
スマートフォンでサッとQRコードを表示させると、小夏もLINQを起動して即座に読み取る。これでお互いいつでも連絡が付くようになった。小夏は清音に一礼すると、まだ中身がたっぷり残っている紙パックを片手にカバンを揺らしてキャンパスへと駆けていく。清音はその背中を見送りつつ、小夏に会えた喜びを噛みしめる。優真もしっかり者だけれど、ホントに素晴らしい子と仲良くなったもんだ、親戚として鼻が高いわ。清音が思わず頬を緩めた。
さて。これから考えなければならないことはたくさんあるが、座ったままだと堂々巡りを繰り返しがちだ。立ち止まっているよりも歩きながら考えた方が何かと捗る。ウチも行こうかしらね、誰にともなくそう口に出して、清音も続けて席を立った。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。