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#05 いざ、北へ

「――昨日LINQで話したとおり、ウチは『ネバーランド』に優美がいるんじゃないかって考えてるの」

「わたしもそれが一番あり得ると思います。皆さんから聞いた話、全部に辻褄が合いますし」

「でしょ? これからオルティガとかいうボンボンとウェンディとかいうハンマー女、それから取り巻きのバカ連中の居場所にカチコミかけて、優美を取り返しに行こうと思うわ」

「わたしもいっしょに行きます! 止められても勝手に付いていきますから!」

「止めなんてしないわ、集団とやりあうには人手が多い方がいいもの。各地を旅した熟練のトレーナーが付いてきてくれるんだから、むしろこっちが感謝しなきゃ」

「もう、清音さんったら、持ち上げすぎです。けど、勝負はそれなりにこなしましたから、足手まといにならない自信はあります!」

翌日午後。午前中で講義を受講し終えた小夏と合流する。昨日のうちに情報をまとめて小夏に提示しており、それを見た小夏は全面的に同意した。清音に負けず劣らず前向きで、断られても同行すると言ってくれている。相手は不良学生とはいえ徒党を組んだ集団、数にものを言わせて襲い掛かってくることは目に見えている。ならば協力してくれる人間は多いに越したことはない。ましてや信頼を置いている小夏である、清音としてはこの申し出を断るはずなどない。二人で「ネバーランド」へ向かう方針を固めた。

小夏がスマートフォンでパルデア地方のマップを表示させる。ルクバーがどこにアジトを構えて籠城しているかはアカデミーでも把握しているようで、小夏の手で既に地図上にピンが打たれていた。北にあるとは聞いていたが、ピンが打たれている場所は北も北、最北端に位置していた。アカデミーからはかなりの距離がある。清音たちが住んでいる豊縁で例えるなら、ざっと灯花から日和巻くらいだろうか。なかなかに遠いものの、優美がいる可能性が高いというのであれば、向かわない手はない。

「さて、問題はどうやってこんなとこまで行くかなのよね。昨日ウチの方であれこれ調べてみたの」

「聞かせてください、清音さん」

「最初に考えたのは空路。ウチにはティアットがいるし、小夏ちゃんにも空を飛べるポケモンの一体や二体いると思ってて」

「います。相棒のロンちゃんもよくわたしを乗せて飛んでますし」

「そう。こうすればいろいろ突っ切って行けそうだったんだけど……残念だけど、この方法は取れないわ」

「……あっ。まさか」

「ピンと来た? なんでか分からないけどさ、パルデアだとトレーナーを乗せたアーマーガアの長距離飛行がピンポイントで禁止されてるのよ。さすがにピンポイント過ぎない?」

「それ、わたしも聞いたことあります。なんでアーマーガアだけなんだろう? って思ってるんですけど」

「ガラルだとアーマーガアが担ってるそらとぶタクシーも、ここじゃ別の鳥ポケモンがやってるのよね。じゃあそれ使おうかしら、って思ったんだけど……」

「そっちも何かダメだったんです?」

「タクシー呼べるアプリ入れてさ、降車できる場所探してみたんだけど……これ見て」

「わっ、バッテンマークの嵐」

「そうなのよ、北の方が壊滅してるんだわ。理由に『投石による妨害行為多発』って書かれててさ、どー考えてもルクバーの連中がやらかしてるとしか思えないわ」

「無茶苦茶ですよ、さすがに。タクシーに石投げて追い払ってるなんて」

「よっぽどアジトに近付かれたくない理由があるんでしょうね。その中に優美を監禁してる、ってのが含まれててもおかしくないわ」

「となると、そらとぶタクシーも使えなさそうですね……」

空路は様々な理由で断念せざるを得ない状況だった。では海路はどうか。「ネバーランド」は北端にあり海に面しているが、あいにくそこを通る航路はまったく無いことも清音は調べ上げていた。そもそも該当するポイントには港もないむき出しの砂浜があるだけだ、まともな船が入れる場所ではない。となると、取れる方法は必然的に絞られる。

「急ぎたい気持ちは確かよ。だけどここはぐっとこらえて、道なりに陸路で行くしかなさそうね」

「そうですね。道中で他の人から何か情報を聞けるかも知れませんし」

「ええ、同じ事を考えてたわ。ルクバーの連中、だいぶ派手に活動してるみたいだし」

「優美ちゃんのことも聞けるかも、ですよね。それで、移動手段ですけど……」

「ふふん、そっちもリサーチ済みよん。パルデアのライドポケモンってさ、確かトレーナー免許だけで乗れるのよね?」

「ちょうどそのことを言おうと思ってました! モトトカゲのこと、ですよね」

「それ! バイクみたいなイカしたポケモンなんでしょ? で、自転車よろしくレンタルもできると」

「ですです。乗り終わったら最寄りのポケモンセンターに返せばOKですし、みんなもよく使ってます」

「地元でバイク乗ってるし、近い感じで乗れそうだと思ったのよねん。まあポケモンだから、そこは意識して乗せてもらうけれども」

パルデアには「モトトカゲ」というポケモンが生息しており、これが人を乗せて走ることが好きかつ得意という風変わりな種族だった。なんでも人間の体温で体が活性化されることで元気になり、それ故に好んで人間を乗せるんだとか。訓練されたモトトカゲを貸し出すサービスも提供されていて、パルデアの一般的な移動手段として重宝されている。陸路で長距離を移動するだから、これを使わない手はあるまい。

清音は移動手段を考えると共に、長旅に向けた準備も手早く済ませていた。寝袋に携帯食料に懐中電灯などなど、必要になりそうなものをテーブルシティで既に買い揃えていたのだ。そしてさらに、今日からしばらくエーテルハウスには戻らない、とも付け加える。

「ナッちゃんに電話して、ここの職員が何か隠してるんじゃないか、って伝えたの」

「確か、エーテル財団の伊吹さん、ですよね」

「そ。あの子は信頼できるから。そうしたら、どうもナッちゃんの方でも気になることがあるみたいで」

「気になること、ですか?」

「詳細はまだ調査中だけど、システムの監査ログに不審なアクセスがあったとか、不自然なセキュリティが施されたファイルサーバーが見つかったとかどうとかで、ザオボーさんに報告したんだって」

「優美ちゃんのことと、何か関係あったりするのかな……」

「んー、まだ無いとも有るとも言えないわね。ただ、やましいことがないならそもそも隠す必要もない。そうでしょ?」

「ですよね。清音さんの言うとおり、潔白なら堂々としてた方がいいです」

「ね。ナッちゃんにはこれから北へ向かうことを伝えたけれど、パルデアの職員には『引き続きテーブルシティで優美を捜してる』って言っておいて、そうお願いしたわ」

「もし何か感づかれたりしたら、いろいろと厄介ですもんね」

「ホントにね。ナッちゃんは『あとで支援のために信頼できる職員を送る』って約束してくれたわ。多分、ザオボーさんと一緒に来るって言ってた豊縁の職員でしょうね」

エーテル財団、それもパルデアで活動中の現地職員については、残念だが完全に信頼するわけにはいかない情勢だった。スター団と裏で結託している可能性があり、下手に刺激すると優美の身に危険が及ぶ虞もある。清音はナツにそのことを率直に伝えると、ナツの方でもパルデア支部で不可解な動きがあったことをキャッチしており、現地職員とは少し距離を置いて調査していることを明かしてくれた。ザオボーにもこのことは共有しており、元々は共に優美の捜索に当たる予定だったところを変更、パルデア支部の内部監査を行うことにしたという。

方針が決まったなら早速行動に移すべきだ。清音はテーブルシティのバイクシェアリングサービスでモトトカゲを一体レンタル、ついでに小夏の分も一緒に借りようとしたが、小夏は別のアテがあるという。他によく使っているお店があるのかしら、と思っていた清音だったが、実態はというと。

「カロスへ行ったときに乗ってみて、すごくいいな、と思ったんです」

「なるほど、ゴーゴート! こりゃ頼もしいわね」

小夏が連れているポケモンの中にゴーゴートがいて、彼女はそれに乗っていくことにした。小夏がカロスを訪れた際、パルデアでのモトトカゲと同じようにライドポケモンとしてゴーゴートのレンタルサービスが行われており、その際に利用してとても気に入ったようだ。後に自分に懐いてくれたメェークルをゴーゴートまで育て上げ、カロスで知り合った調教師にも協力してもらうことで晴れて乗れるようになったという。今では小夏の足として八面六臂の活躍を見せており、パルデアを縦断するような長距離も難なく走破できる脚力を誇っている。

出発だ。テーブルシティ東ゲートを抜け、モトトカゲに乗った清音とゴーゴートに跨った小夏が走り出した。パルデアの地は起伏がかなり激しいが、それでも人々とポケモンが長い年月をかけて街道を作り、ほとんどすべてのエリアに陸路で到達できるくらいには整備されている。マップで進行方向を都度確認しつつ進んでいけば、北部に位置する峻険な山岳地帯「ナッペ山」までは到達できそうだった。

「モトトカゲちゃんもゴーゴート君も寒さには弱いから、ナッペ山越えは徒歩になりそうね」

「そうですね。かなり険しい山ですから、準備もしっかりしておかないと。遭難したらシャレにならないです」

「何よりも恐れるべきはそれね。現地でガイドが見つかればいいんだけれども」

先に越えるべき文字通りの「山」があることは留意しておくべきだったが、二人の道程は順調そのものだった。清音は一人旅であちこちを歩き回った経験があるが、どの地方でもポケモントレーナーからよく勝負を仕掛けられたものだ。たいていはティアットが返り討ちにしてくれたものの、たまに相性の悪い相手に当たって負けてしまうこともあった。トレーナーは目と目が合ったらポケモン勝負、分かっていても結構骨が折れるものね――と思っていた清音だったが、ことパルデアにおいては未だに一度もそれが起きていない。

どうしてかしら? 小夏に訊ねてみると、「パルデアではお互い合意してから勝負をするのがマナーみたいです」と教えてくれた。マナーという言葉はヘンに使われることも多く清音の苦手ワードの一つだったが、これについては間違いなく良い、本来の「マナー」だと感心した。目が合ったのでポケモン同士で戦おう、というのはさすがに気が早いだろうと思っていたのだ。これが他の地方でも当たり前になってくれればいいのに、清音の偽らざる本音であった。

ライドポケモンに乗って街道を進み、たまに飛び出してくる野生ポケモンを相棒たちに軽くいなしてもらいつつ、二人はポケモンセンターを見つけて一休みすることにした。パルデアでは広大な国土に対応するかのごとく、他の地方に輪をかけて多くのポケモンセンターが設置されている。その多くがガソリンスタンドのような比較的簡易的な作りだが、トレーナーやポケモンが休息するには十分なものだった。飲み物と軽食、もといサンドウィッチを調達してきた清音が、小夏と共にテーブルに着く。

「いやあ、やっぱり旅するのっていいわねえ。去年休暇使ってアローラに行ったのを思い出しちゃったわ」

「アローラもいいところですよね! ホントのカタチじゃないですけど、島巡りっぽいこともしてみましたし」

「確かあの地方の風習よね。若い子にはなかなか大変そうだけど、人生経験って意味では大きいんじゃないかしら。コドモからオトナになる、的な」

「大人になるための通過儀礼、かぁ。わたしも将来何をするか、そろそろ考えなきゃ。優真くんと話したいなあ」

「そーいう結構大事なこと気軽に話せる間柄ってさ、すっごいイイわよね。優真ならきっと親身に聞いてくれるわ」

「なんたって、社会人としては先輩ですからね! でも優真くんに『先輩』なんて言ったら、きっと『こそばゆいからやめてくれよ』って言われちゃいますけど」

「それは言う、絶対言う。このサイコソーダを賭けてもいいわ」

「えー、もうほとんど飲んじゃってるじゃないですかー」

「あ、バレた? バイク、ってかモトトカゲちゃんだけど、乗ってると喉渇くのよねえ」

休息しつつ談笑し、それから続けて小夏がリモートで今日の講義を受け始めた。その間清音はスマートフォンを充電しつつ、近隣の地理について情報を頭にインプットしていた。ナッペ山までは街道に沿って進めるが、山越えはなかなか難儀しそうだ。どこかで準備が必要になるだろう、道中で立ち寄れるポイントがないかチェックしておかねば。小夏の方を見ると、同じくスマートフォンで講義を聞きつつ別で用意したタブレットで熱心にメモを取っている。イマドキの講義ってこういうスタイルなのよね、清音は感心しつつ時折眺めていた。

講義が終わって一息ついた頃、二人がポケモンセンターを発って再び出発する。モトトカゲとゴーゴートの健脚もあってすこぶる順調に行程を進めていた最中、小夏がおもむろに話を切り出した。

「スター団のことですけど、昨日他のグループにも訊いてみたんですよ」

「おお、さっすが小夏ちゃん。ひょっとして追加で何か分かったりした?」

「いくつか気になる情報がありました。まず、どうもここ一か月くらいで、団の中ですっごい混乱が起きてるみたいです」

「ルクバー以外のチームでも内部で争いが起きてたりするのかしら?」

「ちょっと違ってて、なんでもスター団のアジトを潰して回ってる『子供と大人の二人組』がいるって話です」

「あら! ウチら以外にもあいつらにカチコミかけてる人がいるのね。いいことじゃない」

「既にあく組『セギン』・ほのお組『シェダル』・どく組『シー』、この三チームが壊滅したみたいです。ボスも引退したって聞きました」

ここでひとつ朗報が飛び込んできた。悪事を働くスター団を見逃せなかったのは清音と小夏だけではなかったらしい。夏期休暇明け辺りから、正体は不明だが子供と大人のコンビが各地のアジトを急襲、組を壊滅させて回っているらしい。五つあった組のうち早くも三つが崩壊、この調子でいけば残り二つにも同じく制裁を下しに行くだろう。もちろんそれを漫然と待っているわけではないが、スター団全体に強烈な圧力を掛けてくれていること自体は非常にありがたいことだった。

「裏を返すと、今から乗り込もうとしてるフェアリー組『ルクバー』はまだ活動中なのね」

「はい。かくとう組『カーフ』と、わたし達が目指してるルクバーは健在みたいです。カヤ先輩に確認してもらいました」

「情報網があるのはありがたいけど、確かセイタだっけ? カヤちゃんの友達の知り合いって子。なんでまたあんな物騒な連中とつるんでるんだかねえ」

「又聞きになっちゃいますけど、カヤ先輩は『悪い事するような子じゃないっす、むしろオタク寄りっす』って言ってました」

「んー、そういう気質の子だったらさ、尚更半グレめいた輩とは関わらないでしょうに。優美みたいに無理矢理連れてかれたのかしら?」

「あるかも知れませんよ。カーフはかくとう組ですし、そういうポケモンに周りを取り囲まれたりしたら……絶対、絶対怖いです」

「怖いわよねえ。同世代の人間ならまだしも、ウチだってさすがにポケモン相手の殴り合いはムリよ」

「ええっ、人間同士の殴り合いも怖いですよっ」

「それが普通っていうか健全よね。優真や小夏ちゃんには、今のまま真っ直ぐ伸びてって欲しいわ」

繰り返すが、清音は元・不良少女だ。両親を早くに亡くし、唯一残された肉親である兄も仕事が多忙でなかなか構ってもらえず、独りになることが多かった彼女は「自分は誰にも愛されていないんだ」などと自暴自棄になっていた。振り返れば短絡的で自己中心的、後先というものを考えていない無軌道さばかりが思い起こされてなんとも気恥ずかしくなるが、清音は折に触れてかつての荒れていた時期の自分を見つめ、決して「無かったこと」にはしようとしなかった。

「そう言えば清音さん、昔は不良だったって言ってましたっけ」

「ありゃま、小夏ちゃんの前じゃ華麗なITエンジニア系お姉さまでいたかったんだけど、バレちゃってたか」

「頼りになるお姉さんなのは変わらないですよ。じゃあ昔はこう、結構やんちゃとかしてたんです?」

「んー、『やんちゃ』って言葉はさ、なーんか必要以上にカドを丸めてナアナアにしちゃう気がするから良くないと思うんだけど、小夏ちゃんの言うと通りなのよね。ホント、恥ずかしいったらありゃしない」

「でも不良だったって言っても、人の物を盗んだりとか、誰かを騙してお金を奪ったりとか、そういう他人を傷つけるようなことはしなかったって聞きましたよ」

「およ、小夏ちゃんにそこまで話してたっけ? なんかこう、酒入ったときに優真に向かって似たようなこと言った記憶はあるんだけども」

「あ、ええっと……そう、優真くん! 優真くんが言ってました。清音さんが家にお酒持ってきて、優真くん相手に昔話をしてくれたって」

「もー優真ったら、いらんことばーっかり喋るんだから。もっとこうね、一日でデータベースのチューニングして性能を数百倍にしたとか、利用者ン百万人のライブラリをデバッグしてプルリクしたらマージされたとか、首都のどこにでも晴れを呼ぶ期間限定のすっごいサービスを作ったとか、そういう話をしてウチをワッショイしなさいって言ってるのに。まあ最後のやつ、ウチはてるてる坊主の被り物して踊ってただけなんだけど」

「その……こういうこと訊くの失礼かもって思うんですけど、でも訊きたいです。清音さん、どんなことしてたんですか? 不良だった頃って」

「そんな大したモンじゃないわよ。同じようなはみ出し者とケンカしたりとか、屋上でつまんない授業サボってたりとか、タバコや酒の味を覚えたりしたのもそうね。後はアレ、バイク買ってすっごい遠くまで行ったりとか。あ、盗んだんじゃなくてちゃんとウチのやつよ、貯金はたいて買ったの」

「不良は不良でも、他の人には迷惑を掛けないようにしてた。そういうことですよね」

「それがホントに徹底できてたのかは甚だ怪しいけどもね。ガッコの先生や兄貴には間違いなく心配掛けたわけだし。でも、徒党を組んで暴れたりしなかったのはそう。ちゃんと真面目にやってる子に関わらなかったのもそう。誰かが大切にしているモノや人に手を出さなかったのもそう。ま、きっと一匹狼を気取りたかったのね、格好付けてさ」

徒党を組んで暴れ、学業に取り組んでいる同窓生を妨害し、そして――自分の大切な人を奪い弄んでいる。スター団が清音に見せている姿は、そのことごとくが彼女のポリシーに真っ向から反する物だった。不良とは言えわきまえるところはわきまえていたつもりだ、自分のケツも拭けないような底抜けの馬鹿どもと同類とは思われたくない。かつて「正しい」レールから外れた道を独り歩んだ自覚があるからこそ、清音は悪逆無道を地で行くスター団がどうしても許せそうになかったのだ。

「そんなことがあったんですね。なんだろう、今の清音さんはちゃんとお仕事もしてますし、話してて楽しいし、『不良』って感じじゃ全然ないです」

「ありがとね、小夏ちゃん。今こうやって曲がりなりにも日の当たる道を歩けてるの、喜多島先生のおかげよ」

「喜多島先生……担任の先生だった人、とかですか?」

「ええ。生意気盛りのウチを体張ってガッツリ叱ってくれて、エンジニアとして身を立てるための道筋を付けてくれたの。両親や兄貴と同じくらい感謝してるわ」

「いわゆる『恩師』って呼びたくなる人なんですね。わたしもトレーナーになりたての頃にいろいろ教えてくれた先輩がいて、今も連絡を取り合ってます」

スター団の人たちも、こういう人に巡り合えたらいいのに。さりげなく呟いた小夏の言葉に、清音は全面的に同意した。自分が立ち直れたのは恩師たる喜多島先生がいたからだと思っている。スター団が重ねているらしき所業の数々はとても許せたものではないが、そこは「罪を憎んで人を憎まず」。彼らが更生して正道を歩める機会は、それはそれとしてあるべきだと清音も考えていた。

小夏が乗せてもらっているゴーゴートに「ありがとう」と声を掛けひと撫でして喜ばせてやってから、少し気になることがあります、と清音に話しかけた。

「スター団のことで、もう一つ聞いたんです。三年も上の先輩の方からの話ですけど」

「あれかしら、ウチらが聞いてる他にも何かバカなことをやらかしたとか?」

「いえ、なんだか逆だったんです。今まで聞いた話とは繋がらなくて、これだけよく分からないんですよ」

「逆ぅ? 逆って……どゆこと?」

「その先輩の話だと、去年の前期が始まるくらいの頃は、今から想像もつかないくらい校内が荒れてたらしいんです」

「……あっ。その話、ウチもチラッと聞いた気がするわ。優美の友達が同じ事言ってたような」

「当時から在籍してる人が周りにほとんどいなくて、細かいことは分かりません。ただ、ひどいいじめが蔓延る環境だったのは本当みたいです」

「おっかない話ね。ウチの通ってた学校にも無かったわけじゃないけどさ」

「ですよね。それで、ここからなんですけど、その先輩によると……」

「ふむふむ」

「校内からいじめの主犯格を一掃したのが、あのスター団だった、って言うんです」

「……ええっ!? あいつらが!?」

「はい。先輩もいじめられて教室にも行けなかったのが、『スター団のおかげでまた勉強できるようになった』――そう言ってたんです」

寝耳に水だった。荒れていたグレープアカデミーの空気を、あのスター団が変えたと証言する生徒がいた。にわかには信じられず、清音が素っ頓狂な声を上げる。話している小夏もあまり信じられていないようで、懐疑的な表情を隠そうとしなかった。本当に信じていいのかは分からないが、ともかくそういう情報があったことは清音にも共有しなければならない……といった面持ちだ。

「ますます意味が分からないわ。人さらいだのポケモン乱獲だの、ガッツリ犯罪やってるろくでなしの集まりだってのに」

「今はとても評判が悪いせいで表立って言えなくて、わたしにもDMでこっそり教えてくれました。これ、昨日からずっと気になってることなんです」

「前に小夏ちゃんが言ってたけどさ、確かその時期に教職員が総入れ替えになったのよね、クラベル校長含めて」

「そうですそうです。だからわたしはスター団が何かしたとかじゃなくて、新しく来た先生のみんなが綱紀粛正を図って、校内の問題にしっかり対処した。それがホントの理由じゃないかな、って思うんです」

「そっちの方が納得いくわ、実態はそんなところじゃないかしら? あいつらが派手なことやったタイミングと重なってさ、たまたまそう見えただけとか」

「やっぱりそうですよね。今やってること、聞けば聞くほどダメなことや悪いことばっかりですし」

なんとも気になる話ではあるが、それと優美のことは全く別の問題だ。優美がいる可能性の高い「ネバーランド」まではまだまだかなりの距離がある、急ぐに越したことはない。眼前には見通しのいい下り坂が広がっている。ここらでギアを上げてくわよ、と清音が声を上げると、乗せているモトトカゲもその気だったのかグンとスピードを上げて走り出した。それに遅れることなく、小夏を乗せたゴーゴートも健脚をもって走り出す。

二人とライドポケモンたちの足取りに、迷いや躊躇いは一切なかった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。