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#09 ゆがみの孤城

「……とうとうここまで来たのね」

「うむ。好天に乗じて歩を進めた甲斐が在ったと云う物よ」

「これもポリアフさんがいてくれたからこそ、ですよ」

「ホントにね。エーテル財団はウチらに最高の人材を……ん? 人材? いや……ぽ、ポケ材?」

「ふふふ。『人材』で構わぬ。人が思うて居るほど、ホロホロナは其処に拘泥せぬからな」

明けて早々に出発した清音一行。ポリアフの的確なガイドに導かれてひたすら進み、午後一にはとうとうナッペ山越えを成し遂げたのだった。可能な限り短く、かつ安全な経路を選んで進んできたとはいえ、驚異的なペースであることに疑う余地はなかった。雪が途切れ、草の萌ゆる山道の終わりにあるポケモンセンターに立ち寄る。飲み物と軽食で休息を取り、一同が無事に辿り着けたことを喜ぶ。

ここからはもう登山のための装備は必要ないだろう、清音と小夏は元の服装へ着替えると、センターの配送サービスに依頼して不要な荷物をザオボーの指定する宛先へ送った。すっかり身軽になったところで、三人が並んで眼下に広がる景色を見下ろす。雪解け水が小川を作り、色とりどりの花が咲き乱れる草原の広がる先に見えたもの、それは。

「向こうに見えるのが――間違いありません。チーム・ルクバーのアジトです!」

「あれが『ネバーランド』ってわけね。名前にピッタリのイビツさ加減だわ」

「何とも乱雑に作られた根城であるな。斯様な坂道に陣を敷くのも理解の埒外よ」

――『ネバーランド』こと、チーム・ルクバーのアジトだった。ポリアフが口にした通り、アジトはナッペ山から海へとつながる斜面に無理やり作られている。用いている資材もバラバラで、まともな基地の体を成していない。それでも、一介の不良生徒たちが築き上げたにしては広大な陣と言えるだろう。ここへ辿り着くことをずっと目指していた清音の目がギラリと光る。今にも飛び出しそうな気持ちを抑えるので精一杯なのが伝わってくる様相だ。

アジトの近隣には「★」を象ったエンブレムの描かれた旗がはためいている。一丁前にこの辺りを占拠しているつもりなのだろうが、もちろん正当な手続きを経ているはずもない。清音たちが乗り込んだところで不法侵入には当たらないだろう。そう。言うまでもなく、清音たちはこれから「ネバーランド」へ「入国」するつもりでいる。入国してから何をするかは想像に難くない。国民気取りの不良連中を片っ端から叩きのめすだけだ。

「しっかし、来るのにとんでもない時間掛かっちゃったわね。かなり急いでこれなんだもの」

「こんなところまで連れてこられたら、アカデミーに帰るのだって無理です。ポケモンセンターにもタクシーの発着ができないって書いてありましたし」

「人に非ざるわらわが云うのも可笑しな事だが……此れこそ無道の極み、人道に悖る行為よ。度し難い」

「早速乗り込んでやりましょ。坂道を下って奇襲ってのはどうかしら?」

「地の利を活かさない手はないですね。できれば横から回り込んで不意を突きたいです」

「同意よ。無法者ども相手に正々堂々も在ったものではあるまい」

「ウチも賛成だわ。小川を有効活用できる相棒もいることだしね」

清音がハイドロの入ったモンスターボールをつかむと、投げるまでもなくハイドロが外へ飛び出してきた。ナッペ山ではほとんどずっと中に閉じこもっていたせいかエネルギーを持て余し気味で、完全な臨戦態勢だ。「ネバーランド」を串刺しにするように流れる小さな川に入り、いつでも滑り降りられる体制になる。小夏はゴーゴートを繰り出し、下り坂を活用して突撃する構えだ。

そしてポリアフはと言うと。持ち前の鋭利な爪をキラリと光らせるや否や、地面に力強く突き立てて見せた。刹那、大地がみるみるうちに凍結してゆき、さながら「氷の坂道」とでも言うべき光景を作り出した。これには隣で見ていた清音と小夏も驚きを隠せない。ただの一撃で環境を激変させてしまうのだから、かつての「雪の女神」という二つ名は伊達ではない。わらわは此の路を征くとしよう、ポリアフの言葉に二人が頷く。

ハイドロの背中に負ぶさる形でしっかりとしがみつき、清音が前をしっかりと見据える。

「さあ……いっちょかましてやりましょうか。頼んだわよ、ハイドロ!」

清音とハイドロが頷きあう。大地を蹴って力強く駆け出すと、小川の流れに乗って坂道を猛スピードで滑り始めた。

「行くよ! クルちゃん!」

ゴーゴートが遅れまいと前へ出る。普段の倍以上のすさまじい速さでもって坂道を下り、眼下に広がる草むらへ一気にアプローチする。

「遅れは取らぬ――破ッ!」

そしてポリアフが続く。凍結させた地面を恐るべき速度で滑り降り、先んじて出ていた二人を後方から追い抜かんとするほどの勢いの突撃だ。清音・小夏・ポリアフ。いずれも目指す先はただひとつ。

優美が囚われている――「ネバーランド」だ。

 

「ボディがガラ空きぃ! 横から失礼するわよ!」

「……なんだなんだ!? 誰だコイツ!?」

真っ先に「ネバーランド」へ突撃したのは清音だった。川の流れに沿って進み正面ではなく左手から回り込み、警備の手薄な箇所を狙って殴りこんだ。柵をハイドロの「アクアブレイク」の一撃で粉砕し、手荒い「入国」を果たす。近隣にいたスター団団員たちがすぐさま気付き、何事かと騒ぎ始めた。遅れることなくゴーゴートに乗った小夏、そして辺りを凍結させながら滑り降りてきたポリアフが並び、集まってきた団員たちと対峙する。

清音たちが乗り込んだ「ネバーランド」内部はどうなっていたか。雨露を凌ぐためだろう無造作に立てられたテントや、まるで作りかけのステージのような構造物がいくつか建ち並んでいる程度で、「アジト」と言っても子供の遊びでやるような「ひみつきち」に毛が生えたようなレベルのものだった。本来正面からの侵入者を阻むバリケードに至っては、学校から勝手に持ちだしてきたのだろう教室の机だの三角コーンだので手作りされている。清音たちは側面から柵を叩き壊して入ったわけで、残念ながら役には立たなかったのだけれども。

団員は皆優美と同じか上下一歳違いくらいの、まだ幼さが色濃く残る生徒ばかりだった。清音は憎々しげに集まってきた連中を見回すと、指をぼきぼきと鳴らして威嚇して見せる。

「どーもー。カチコミに参りましたー。いやあ、随分とザルな警備なことで」

「オマエらここで何してる! 正面から入れ正面から! スター団の掟だぞ!」

「はあ? 悪党相手にルールもへったくれもあるかって話よ。法に護られたきゃ法を遵守してからにしなさい」

「誘拐や乱獲は犯罪だよ! 優美ちゃんを返して!」

「貴様等、優美を何処へ遣った。返答次第では只では済まさぬぞ」

「ユミ? いったい何のことだ?」

「とぼけたって無駄よ。ここにウチの姪っ子が捕まってるって事を知らないとでも思ってるわけ?」

「いやいや、そんな子ここにいないし! てか捕まえてるとか何言ってるわけ!?」

「オレたちが人さらいだのなんだの、言いがかりもいい加減にしろよ!」

「埒が明かないわ……あんたらのボスを出しなさい! 今すぐ!」

「……!」

「いつまでもくだらないことグダグダ抜かしてると……マジで怪我するわよ」

ハイドロの隣にティアットが現われる。ティアットは金属音のようなすさまじい咆哮を上げ、居並ぶスター団の団員たちを強烈に威圧する。今にも襲い掛からんとするアーマーガアの姿を目の当たりにして、団員たちが思わずのけ反る。清音は絶対に退くつもりなどなかった。優美を見つけ出して連れ戻すまで何があろうとここから去る気はない、その揺るがぬ意思を見せつける。

「手荒な真似はしたくないけど……優美ちゃんを返さないなら手加減しないよ! 徹底的に叩き潰すまで!」

「愚者共よ! マウナ・ケアにて研ぎ澄まされし我が針爪にて、悉く八つ裂きにしてくれようぞ!」

小夏もルカリオのリオちゃん、そしてソウブレイズのカルちゃんを繰り出す。ポリアフも爪と背中の氷柱を光らせ臨戦態勢だ。居並ぶポケモンたちは皆するどい目をして、集まった団員達にも一歩も退かない姿勢を見せつける。

「他の組を潰した……スターダスト大作戦のやつらなの!?」

「協力してるっていうもう一人のやつ、男じゃなかったのか!」

「人の言葉を喋るポケモンを連れてるなんて聞いてないぞ!」

「こいつら本気でやる気だ! みんな、集まれ!」

「絶対にここで止める! ボスの所まで行かせはしないわ!」

「侵入者を排除するんだ! これ以上好き勝手にさせてたまるか!」

清音達の気勢に怯んでいた団員達だったが、自分たちが攻め込まれていることを自覚したのかやがて態勢を立て直し、次々にモンスターボールを構えはじめる。

「緊急事態! スターダスト大作戦の《アオイ》発見!」

「直ちに態勢を整え――ボスたちをお守りするのだー!」

辺りに取り付けられたスピーカーから、「ネバーランド」全域に警戒を呼びかける緊迫したアナウンスが飛ぶ。さらに多くの団員達が集まり、ボスであるオルティガが控えているだろう最奥部まで向かわせまいと清音達の前に立ちはだかる。その数ざっと三十人。数は大きく上を行かれているが、清音は堂々たる態度を崩さない。

一歩前に出て全員を見下ろすかのような目を向け、右手を差し出して挑発する。

「来なさい、ケツの青いクソガキども」

「オトナとして、センパイとして」

「あんたらをみっちり『教育』してやるわ」

そう啖呵を切った清音めがけて、無数のモンスターボールが飛んできた。ベロバー・マリル・ラルトス・プリン……清音も知っているフェアリータイプのポケモンが大勢姿を現す。隣に控えるティアットとハイドロに目くばせすると、二人が大きくうなずいて返した。襲い掛かってきたポケモンたちをぎろりと睨みつけると、ひときわ大きな咆哮を上げて迎え撃った。

「羽ばたいて!」

「カァァァアーッ!!」

「ハイドロ! 押し流して!」

「ぐぉおおおっ!!」

ティアットは自慢の大翼を羽ばたかせ、わらわらと集まってきたポケモンたちに羽一本触れさせることなく思い切り吹き飛ばしてしまう。それでも近付いてくるポケモンには、文字通りの「はがねのつばさ」をお見舞いしてやる。重く素早い一撃を耐えられる者は誰一人おらず、次々にスター団団員たちのポケモンは撃破されていく。並び立つハイドロも勢いでは勝るとも劣らない。得意技の「だくりゅう」でフェアリーたちの足元を掬って押し流し、怯んだところへ自慢の体を活かした肉弾攻撃を仕掛ける。大暴れという言葉が相応しい有様だ。

清音が動いたのを見た小夏も即座に迎撃を開始する。リオちゃんは光り輝く「ラスターカノン」で飛び掛かってきたフラエッテの群れを撃墜、カルちゃんは青白い不穏な炎を纏った双剣を振りかざし、次々に敵を切り伏せていった。さらにポリアフも奮戦する。辺りに無数の逆さ氷柱を生じさせて身を守りつつ、隙の出来た相手に「メタルクロー」の斬撃を浴びせる。攻防共にまるで隙が無く、向かってくるポケモンたちは紙切れのように切り裂かれてゆく。

なお襲い掛かってくる者どもを次々にいなし、たまに破れかぶれになって自分自身に向かってくる団員をひょいといなしてすっ転ばせたりしながら、清音が状況を観察する。事前に聞いていた通りポケモンたちはいずれも傷跡だらけで、内部で争いがあったという話は事実のようだ。ただその割に、向かってくる団員たちの団結は思いのほか固い。味方内で争いあうようなことはまったく無く、傷付いたポケモンは他人が連れているものであっても構うことなく、救護室らしきテントへ連れていくメンバーが後を絶たない。

(内輪揉めは終わった、ってことかしら?)

そしてポケモンたちも吹き飛ばされようと、立てる限り決してへこたれることなく向かってくる。ティアットもハイドロも余裕をもって対応しているが、敵は思ったよりも士気とガッツがある。雑魚散らしを続けているとジリ貧になりかねない。清音はティアットとハイドロに呼びかけると、襲ってくるポケモンを確実に仕留めさせる作戦に変更した。

「『アイアンヘッド』! 『だいちのちから』!」

「『むねんのつるぎ』二連打ち!」

「凍えよ!!」

集団戦向きの技から一体一体に一撃を加えて確実にダウンさせる技に切り替え、ティアットとハイドロは着実に敵を倒していく。敵もやる気だけは十分だが、さすがに百戦錬磨の二人とは力の差がありすぎた。一体、また一体とノックアウトされ、だんだんと戦場に残る数を減らしていく。同じく奮戦する小夏のポケモンたちとポリアフも同じ戦術へ切り替え、大勢いたスター団団員のポケモンたちは今やかなりまばらになってしまった。

最後に残っていたキルリアもティアットの「はがねのつばさ」の前に倒れてしまい、とうとう居残るポケモンは誰も居なくなってしまった。これだけの数をもってしても清音たちに大したダメージを与えることはできず、後に残ったのは傷付いたポケモンたちばかり。

「いよっしゃあ! 相変わらず頼りになるわ、ティアットもハイドロもね!」

清音が奮戦したティアットとハイドロを称え、ミネラルウォーターを分け合って飲む。どちらもダメージらしいダメージは負っておらず、戦意はいささかも衰えていない。このまま戦闘を続行しても何ら問題無さそうだ。そしてそれは小夏たちのポケモンも、さらにポリアフも同じく、いずれもほぼ無傷と言ってよい。ポリアフが爪に纏わり付いた霜を振り払うと、二人に向けて余裕の笑みを浮かべて見せた。

いかに数で上回ろうと、実力に天と地ほどの差があっては手の打ちようがない。すべてのポケモンを倒された団員たちの目に悔し涙が浮かぶ。だが清音たちは攻め手を緩める気などさらさら無いようで、これで邪魔者は居なくなったとばかりにずんずん前へ歩いて行く。

「くそっ、オレたちじゃ手も足も出ねえ……!」

「ボス、それにマム……すみません、私たちでは……!」

「ダメだ……! ここは退くしかない、ボスとマムを呼んでくるんだ!」

団員たちは倒れ伏して傷付いたポケモンを抱きかかえ、這々の体で「ネバーランド」の奥へ退却していく。逃がすまいと清音たちも追撃する。逃げ出した団員たちの行き先は、最奥部にあるひときわ大きなテント……さながら「ガレージ」にも見える背の高い建物だ。そこに居るのは他でもない「チーム・ルクバー」のボス「オルティガ」に違いない。加えて団員たちが口にした「マム」というのは、恐らく――。

清音と小夏、そしてポリアフがガレージの前まで辿り着くと、待機していた団員二人が思わず息を呑む。視線を合わせて大きく頷くと、ガレージを閉ざしている扉へ同時に手を掛けた。

「――いくぞ! せーのっ!」

二人が同時に扉を引いたその直後。

(ブォォォォォォオオオオオンンン!!)

けたたましい轟音が「ネバーランド」の全域に鳴り響き、辺りに立てられたテントやバリケードがガタガタと大きく揺れる。清音たちも思わずのけぞり、開け放たれた扉に視線を集中させる。地を揺るがすほどの爆音を轟かせてガレージから飛び出してきたのは、清音たちの想像など到底及ばない、まったくもって考えもしていなかったような――まさしく「とんでもない」シロモノだった。

「な……なんじゃアレ!?」

「ええっ、ちょっと……ええっ!?」

「……何だ!? 此の面妖な機械は……!」

巨大な図体をしているにもかかわらず想像以上に軽快な動き、全面がどぎついピンクとハートで塗装されたド派手な車体、革張りのシートが付いて割とちゃんとしてる感じの運転席、これから野外ライブでもおっぱじめようかという音圧ヤバそうな馬鹿でかいスピーカー、七色に光り輝いて目が痛いほどカラフルな電飾、なぜか屋根でくるくる回っているミラーボール……。

「トラック……よね? 普通の車両じゃないのは見りゃ一発で分かるけどさ……」

「前方に据えられて居るのは――エオノ・ミーキニ、なのか……!?」

「……『ブロロローム』! ぽ、ポケモンが車体と合体してる!?」

何より目を引くのが、車体前面に取り付けられた巨大なエンジン……否、エンジンのような形状をした「たきとうポケモン」・ブロロロームだ。どこを取っても絶大なインパクトを放つ、何もかもが常軌を逸した「トラック」のような乗り物が、清音たちの前にその驚くべき姿を現した。つい先ほどまで子供の遊びとしか思えないアジトの様相を見せられていたところに、突如としてフルカスタムされたデコトラのような何かが出てきたのだから、清音たちの衝撃は計り知れないものがあった。

トラックの後部には「五つの旗」が並んではためき、その中の一つはアジトの入り口付近に設置されていた「チーム・ルクバー」のエンブレムと同じ模様だ。五つの旗には各々少しずつ異なる「★」のマークが描かれており、なんだかよく分からないがとにかく派手なことは伝わってくる。暴走行為をする迷惑集団が車両に旗を取り付けるあのノリなのだろう。情報量の多さに目が回りそうになる中、清音はとりあえずそこまで考えることだけはできた。

五つと言えば、スター団に存在するそれぞれの組――あく組「セギン」・ほのお組「シェダル」・どく組「シー」・かくとう組「カーフ」、そしてフェアリー組「ルクバー」――もちょうど五つだ。それと何か関係があるのかも知れない。

そして。

「――へえ。オマエらがカチコミかけてきたってヤツらか」

車体の屋根に設けられた小さなステージに金ピカのステッキを突いて、スター団「チーム・ルクバー」のボスにして、ここ「ネバーランド」の国王とでも言うべき少年・オルティガが、不法入国してきた三人を高所から見下ろす形で堂々と立っていたのだった。

「ショージキ、予想外だよ。もっとゴツイの期待してたのに」

優美と同じかそれより少しだけ高いくらいの背丈に、恐らく元は冬服だと思われる制服を改造したピンクのスーツに身を包んでいる。その容貌はさながら「マジシャン」のようだった。全身からよくも悪くも「お金持ち」といったオーラを放ち、ぎらぎらした光に満ちている。清音たちを侮るような視線でみていることといい、えげつない乗り物を乗り回しているだろうことといい、いかにも「お坊ちゃま」といった印象だった。

ブロロロームの取り付けられた意味不明なトラックを見て呆気に取られていた清音だったが、目の前に居るのがオルティガだと認識したことで我に返り、そして今まで抑えられていた怒りの感情が瞬く間に噴き出してくるのを感じた。こいつが優美を連れ去って「ネバーランド」だかに閉じ込めているのか。一気に表情を険しくした清音がぐっと前に踏み込み、オルティガに食って掛かった。

「おい! このイキりクソガキ! 優美をどこへやった! 耳揃えてさっさと返せ!!」

「はあ? 『ユミ』? 知るかよそんなヤツ」

「しらばっくれんのも大概にしろ! ナメたこと抜かしてっとマジでぶっ飛ばすぞ!!」

「キャンキャンわめいてうるさいヤツだな。生まれたばっかのパピモッチの方がまだずっと聞き分けがあるぞ」

「いい加減にして! 優美ちゃんがここにいるのは分かってるんだよ! 今すぐ返しなさい!」

「げに度し難き悪童よ……! 下らぬ戯れ言を重ねよって! 飽く迄優美を返さぬと宣うなら、わらわとて容赦はせぬぞ!」

「人の話を聞けよ、知らないって言ってるだろ。だいたい――オマエらみたいに正面から入れって『掟』も守れない、ウソつきのオトナからオレが何か借りたりするわけないし。借りてないものをどうやって返せって言うのさ」

かつての不良時代のテンションに戻って威圧する清音、人を食って掛かったような態度に怒りを露わにする小夏、以前ポケモンたちの群れを静かに追い払った時とは正反対の激昂したポリアフ。三者三様の憤怒を浴びせられても、オルティガは怯むどころかまるで動じる様子を見せない。そればかりか瞳に敵意をいっそう色濃く宿して、清音と小夏とポリアフをぎろりと睨み付けている。

これは思ってたよりも厄介なヤツだ。清音は怒りに震えつつも、オルティガが恫喝で動く相手ではないことを認識する。ならば取るべき道は一つしかない。この世界で白黒をハッキリさせる方法はたったひとつ。ティアットの控える年季の入ったモンスターボールを手に取ると、トラックの屋根に立つオルティガをキッと睨み付ける。

「あんたがオルティガね。ここのボスなんでしょ」

「だったらなんなんだよ」

「ケンカを売りに来たのよ。ウチらとポケモン勝負しなさい。それであんたが負けたら優美を返してもらう。断らせはしないわ」

「ホントーに人の話を聞かないヤツだな。けど、売られたケンカは買ってやるよ。それがスター団の『掟』だし」

「わたしたちも戦うよ! さんざん悪いことしてきて、今更卑怯だなんて言わせない! 優美ちゃんを取り返すための戦いだから!」

「ふん。三人がかりだって言うなら、オレたちも二人で相手してやるよ。オマエらが先に仕掛けてきたんだからな」

オルティガは清音たちに一瞥をくれると、指を鳴らして合図をした。

「ウェンディ! 出番だ!」

その直後、オルティガのすぐ後ろから新たな人影が姿を現す。

「仰せのままに。ボス」

ゆるいウェーブのかかったブロンドの髪、星型の派手なサングラス。それに加えて――まるで「魔女」のようなとんがり帽子に、これまた魔女を思わせる長いローブを身にまとっている。とんがり帽子と魔女のローブ、そのどちらも、チーム・ルクバーのイメージカラーやオルティガの服装に合わせて仕立てたかのような奇抜で派手なピンク色をしているのが実に目を引く。しかし、本当に特筆すべきはもちろんそんなことではない。

オルティガの持つ煌びやかなステッキとはどこまでもどこまでも対照的な、武骨で物騒で粗野な、一から十まで黒鉄で作られた「ハンマー」。清音たちが写真でしか見たことのなかったそれを確かに肩に担いで、ヤツはその姿を現す。

「……あなたたち」

ウェンディ。ルクバーのナンバー2と評される、破壊と暴力、反抗と叛逆を絵に描いたようだとも言われるほどの危険な女。実物を目の当たりにした清音は、当然の如く驚いていた。

「――えっ」

清音は驚いていた、それは間違いない。けれど彼女の驚きは、ウェンディの実物を目にしたことでもなく、内部でオルティガと主導権を巡って争っているという情報が誤っていたことでもない。そんなことではない、もっと別なところに気付いた清音が、今まで見せたことのないほどの驚愕の表情を浮かべていて。

あまりのことに声を震わせながら、清音がやっとの事で言葉を紡ぐ。

「ウェンディって……まさか、まさかあなた……!」

それを聞いてか聞かずか。ウェンディと呼ばれた女は、目元を隠すようにかけていたサングラスを上げて額にひっかけ、遮るもののない状態で清音たちを見やる。

その女の出で立ちは。その女の姿かたちは。

 

「ゆ……優美!? 優美なの!?」

 

優美、そのものだった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。