トップページ 本棚 メモ帳 告知板 道具箱 サイトの表示設定 リンク集 Twitter

#12 暴走する団結/VS.★★★★★・スターモービル

まさか。清音の口からそんな言葉が漏れる。

「ボスの『カシオペア・スターモービル』がみんな押しつぶして退散させちゃうから! 覚悟して!」

そう、その「まさか」だった。オルティガと優美は搭乗している大型トラックのような乗り物――「カシオペア・スターモービル」を清音たちと戦わせるつもりなのだ。ポケモンであるブロロロームと一体化しているとはいえ、相手は巨大なトラック。当然ながら清音も小夏もこんな敵を相手にしたことなどあるはずがない。むしろまともに戦ったことのある人間やポケモンがどれほどいるというのか。それこそ、各地のスター団にケンカを売っているという謎の女子生徒くらいしかいないのではなかろうか。

だけど。清音が反発する。ここまで来ておめおめすごすごと引き下がるわけにはいかない。相手がその気ならこっちも全力で立ち向かうだけだ。誰かの言いなりになるなんて真っ平ごめん、少し前までそんな気持ちを剥き出しにして生きていたことを思い出し、清音が再び闘争心を燃え上がらせた。トラックが相手だと言うなら、叩き壊して打ち負かしてやるまでだ。

「ハイドロ! 遠慮はいらないわ! ぶっ壊して廃車にしてやりなさい!」

清音の呼びかけにハイドロが雄叫びを上げて応え、居並ぶサンくんとポリアフも戦意を見せる。相手は間違いなく強大、だが優美を取り返すまで絶対に戦い抜いてやる。意思と覚悟の強さはスターモービルにも気後れしない。対峙するオルティガと優美も一歩も引かず全面抗戦の構えだ。スターモービルが上げる轟音と共にペレスとプクリンも咆哮して見せる。

清音たちとスター団、最後の決戦が幕を上げた。

《足元に不思議な感じが広がった!》

スターモービルに積み込まれたユニットの一つが稼働し、辺り一帯に桜色の靄――ミストフィールドが展開される。場に現れると同時にミストフィールドを作り出す「ミストメイカー」の特性だ。通常のブロロロームには備わっていないもので、これも恐らくはオルティガによる改造の賜物だろう。方向性は褒められたものではないが、技術力だけを見れば豪語するだけのことはあるようだ。

「ミストフィールドだけじゃない! スターモービルはタイプだって違ってるんだ! ウェンディが教えてくれた『ポリゴン』ってポケモンのおかげさ!」

清音はすぐにピンと来た。ポリゴンには「テクスチャー」という固有の技能がある。幾つかのバリエーションがあるが、いずれも「自分をエネルギーでコーティングして一時的にタイプを変更する」という点で一致している。パルデアでポリゴンが流通しているという話は聞かないが、豊縁では数多くの個体が出回っている。当然、優美もポリゴンについての知識はしっかり備わっていた。その情報をオルティガに提供したのだろう。

「ミストフィールドってことは……今のアイツはフェアリータイプ、ってとこかしら」

「きっとそうです。『ミストメイカー』は、わたしが知ってるのだとガラルのマタドガスにしかないものです」

「ええ、あれもフェアリータイプだったわね」

「恐るべきは、属性すら捻じ曲げてしまう彼の者の手腕か、或いは」

「それをやってのけるくらいのスター団と『ネバーランド』への執着、かしらね……」

広がるミストフィールドの向こうで、屋根に乗ったペレスが全身を使ってスターモービルを応援している。ただの賑やかしではない、次の攻撃をサポートするための準備だ。清音も小夏も見たことがある姿だった。「てだすけ」ですね、小夏の呟きに清音が無言で頷く。二人の脳裏にはほとんど同じ光景がよぎっていた。優真の繰り出したポケモンを横で「てだすけ」する優美のペレス、それに他ならない。あの時兄を支えて懸命に戦っていた優美と、今不本意な形で対峙している。改めて「何が起きたのか」と言わざるを得なかった。

優美にとってスター団とは一体何なのだろうか。他人に暴力を振るう、ポケモンを乱獲するといった、優美なら絶対に許さないような悪事を働く集団だと言われている。なのに優美はそこに籍を置き、チーム内で幹部クラスのポジションまで得ている。あまつさえチームを守るためと口にして、家族である清音や慕っている小夏と激しく対立までしている。明らかにただ誑かされている、騙されているといった状況ではない。では……「どうして?」。答えのない疑問は、大地から立ち込める無形の靄のようで。

「……次の一撃は重いわ。覚悟しなきゃ」

疑問は迷いに繋がる、迷いは敗北に直結しかねない。何度振り払ってもまとわりついてくる疑問を再び断ち切って、清音が眼前の相手――優美たちに神経を集中させた。幾度となく繰り返しているけれど、それくらい意識しなければ「優美と戦っている」という現実に押しつぶされそうになるからだ。

「あのトラック……スターモービルの本体は前にくっついてるブロロロームです。あいつを倒せば止められるはずです!」

「エンジンをぶっ壊せば車も止まる、おかしなところなんて何もないわ! 狙いは定まったわね」

「無論、優美らも承知して居る筈。ウイラ・イオレらの妨害は必定。搔い潜らねばな」

小夏がサンくんにアイコンタクトで指示を出す。爪を鈍く光らせたサンくんは大きく首を縦に振り、スターモービルに向かって突き進んでいく。ペレスが「くさむすび」で妨害を試みるがサンくんはそれを巧みに回避し、右の爪に毒々しい力を溜めてゆく。以前スター団団員の前で披露しようとした「どくづき」を使うつもりだった。フェアリータイプは毒を帯びた攻撃に弱い、そこを突いていこうとしたわけだ。特におかしなところのない、この状況における最善手ではあった。

「シフトチェンジだ! 『シー』に切り替えろっ!」

だがしかし、ここでオルティガが声を張り上げる。それを受けて、運転席にいたプクリンがレバーをガチャガチャと操作したのが見えた。

《『シー』の劇毒が スターモービルの姿を変える!》

すると見る見るうちにスターモービルの外装が大きく変化し――ピンクを基調にしたものから、「紫」を軸にしたカラーリングへと移り変わった。纏っている雰囲気も先ほどまでと何か異なっている。スターモービルの変化が終わると同時に、サンくんが「どくづき」をスターモービルの本体・ブロロロームへと仕掛けた。

「……!?」

「えっ!? 全然効いてない……!?」

本来抜群の効果を発揮するはずのフェアリータイプへの「どくづき」だが、直撃を受けたはずのブロロロームは至って平気な顔をしている。虫にでも刺されたとでも言わんばかりの余裕の面持ちだった。ダメージが通っていないのは明々白々、しかもそれだけではない。サンくんの「どくづき」を受けた時に、辺りに無数の「どくびし」がばら撒かれていた。相手から受けた攻撃に反撃する能力や特性は幾つか存在するが、「どくびし」をばら撒くものは小夏も見たことがなかった。

手にしたステッキを得意げにくるくる回し、戸惑う小夏を挑発するかのように言い放つ。

「『どくげしょう』……シュウメイから伝授された秘伝の特性だ! 逃げ場のないポイズンがオマエたちを蝕むぞ!」

驚くべきことに、オルティガの指示でスターモービルはそのタイプを一変させてしまった。毒ダメージを軽減するタイプは複数存在するが、反撃として「どくびし」を繰り出してきたこと、オルティガの言葉も勘案すると、同族であるどくタイプへ変化したと考えるのが自然だった。毒に毒の効き目が薄いのは自明の理、スターモービルが平然としていたのも筋が通る。筋が通るものの、清音や小夏にとっては極めてやりづらい相手だということも再認識させられる。

フェアリータイプだったスターモービルはどくタイプへ変貌、足元にはミストフィールドと毒菱が転がっている状態。刻一刻と変わる状況に清音と小夏はなんとか食い下がり、戦闘を続行する。

「どくびしは厄介ですけど、ミストフィールドがあるなら話は別です。これが出ている間は、具合を悪くすることはありませんから!」

「それはその通り、アンチシナジーってやつだわ。見掛け倒しもいいとこね!」

ミストフィールドには、ポケモンがかかる種々の状態異常を不思議な力で予防する効果がある。またその他のフィールドとは異なり、フェアリータイプの攻撃を強化するような効能は持っていない。今の相手にとってミストフィールドの旨味は少なく、逆にこちらがその恩恵を享受できる状態にあった。フィールド展開が続く限り「どくびし」も効果を発揮しない、恐れずに攻め立てていけるはずだ。

フィールドの展開が続く限りは。その但し書きを付けねばならなかったけれども。

「ふん。こいつの使い道はそれだけじゃないぞ。よく見てろ! こういうやり方もあるんだ!」

突如としてスターモービルがホイールをスピンさせ、地面を引き潰さんとする勢いで至近距離にいたサンくん目掛けて突っ込んできた。唐突な攻撃に小夏もサンくん自身も対応が間に合わず、ホイールにまとったミストフィールドのエネルギーと巨体を生かした体当たり、その二つの直撃を受けてしまう。サン! ポリアフが絶叫する。サンくんは激しく吹き飛ばされて地面に倒れ伏し、そのまま動かなくなってしまう。

「サンくん!」

小夏が駆け寄って介抱する。どうにか意識はあるようだが、あの強烈な攻撃をモロに受けてしまったゆえに、戦闘不能と言わざるを得ないほどの重傷を負ってしまった。持っていた傷薬で応急処置をしたのち、小夏がモンスターボールに戻して休ませてやる。これで戦闘不能になったポケモンは二体目、リオちゃんも深手を負い、戦えるのはムシャくんとカルちゃんの二体のみ。かなり厳しい状況だった。予想以上の苦戦を強いられ、小夏はキュッと唇を嚙んだ。

そして、先ほどまで広がっていたミストフィールドが文字通り雲散霧消していることに気が付く。「アイアンローラー」だ、小夏は即座に思い至った。地面に特殊なフィールドが展開されているときのみ繰り出せる大技で、フィールドを破壊しつつエネルギーを吸収して威力を増強、猛烈な勢いの体当たりと共にぶつけるという恐るべき攻撃だ。オルティガの言った「フィールドの使い道」というのはこれで間違いない。この「アイアンローラー」を使う、それだけのためだけにミストフィールドを展開したというわけだ。常識ではありえない、破天荒にもほどがある戦術だった。

「ルクバー・スターモービル」

「――改め、『カシオペア・スターモービル』。オレたちの切り札《ジョーカー》だ」

「分からず屋のオトナにやられた仲間たちの気持ちがこもってるんだ、オマエらなんかに負けるわけないし!」

「オレとウェンディが作り上げた……『究極』のスターモービルだ!」

爆音を思わせる咆哮を上げる「カシオペア・スターモービル」、その上で悠然と清音たちを見下ろすオルティガとウェンディ、もとい優美。スターモービルを補佐するペレスとプクリンも獰猛な顔つきをして、しきりに相対するハイドロやポリアフを威嚇している。

「清音さん、小夏お姉ちゃん、ポリアフさん。尻尾巻いて逃げるなら、これがホントに最後のチャンスだよ」

「ボスのスターモービルは何もかも壊しちゃう。止められるはずなんてないから」

「……もうこれ以上わたしに関わらないで。わたしたちの場所を、勝手に壊そうとしないで」

「わたしは何があっても絶対に帰らないから! オトナなんて……みんなウソつきなんだ!!」

自分たちが治める「ネバーランド」から何があろうと絶対に退かない、侵略者たる「オトナ」の清音たちを撃退してやる――ここまでに倒されたというスター団の仲間たちの気持ちを背負ったオルティガと優美、ふたりの意志の強さが針のように突き刺さってくる。

「優美ちゃんの……分からず屋! 泣いたって知らないからね!」

小夏が闘志を宿した鋭い目を優美に向けると、四番手になるグソクムシャのムシャくんを場に出した。ばら撒かれた毒菱でムシャくんが毒を食らってしまうが、それで怯んだ様子はない。絶対に優美とオルティガを倒すという気概に満ちていた。戦闘は気後れしたほうに敗北の死神がすり寄って来る、数年間トレーナーとして各地を旅してきた小夏はそれを身を以て理解していた。

「ふぅん、この辺りじゃ見かけないヤツだな。ウェンディ、何か知ってるか?」

「はい、ボス。あれはグソクムシャ、アローラやガラルに生息するむしタイプのポケモンです。打撃攻撃だけでなく、体内に貯め込んだ水を使った攻撃も得意としています。お気を付けて!」

「分かった、オレに任せろ。『シフト・シェダル』! あいつを地獄の業火で焼き尽くしてやるんだ!」

プクリンが慣れた手つきでシフトレバーを倒す。スターモービルを作り上げたオルティガも大したものだが、それを自在にコントロールしているプクリンも相当な知能と知識の持ち主だと言えるだろう。つまるところ、あらゆる面で手ごわい相手ということになる。

《『シェダル』の劫炎が スターモービルの姿を変える!》

再びスターモービルがその姿を変化させ、今度は赤のファイアパターンが入った塗装を披露した。カラーリング、そしてオルティガの口ぶりからして間違いなくほのおタイプへのシフトだろう。むしタイプ――正確にはむし・みずタイプのムシャくんとの相性は良くもあり悪くもあり、強いて言うならこちらが弱点を付ける点で若干のアドバンテージがあると言えるか。

「攻撃だよ! 得意技をお見舞いしちゃえ!」

先手を取ったのは小夏とムシャくんだった。持ち前の瞬発力で一気に間合いを詰めると、強烈な水泡を相手に叩きつける「アクアブレイク」を炸裂させた。相手にダメージを与えつつ、反動で距離を取る。ほのおタイプにチェンジしている以上、水を用いた攻撃は有効打になる。見ると少なからずダメージを受けているのが分かった。だが相手も受けるばかりではない、切り返しとばかりに大技の構えを見せた。

真っ赤に燃えろ! オルティガの指示でブロロロームが搭載されたユニットを全力で稼働させて発熱し、ムシャくんをターゲットに「オーバーヒート」を仕掛けた。その名の通り高熱を相手に浴びせる技で、さらに名前に違わず使用後はしばらく全力が出せなくなってしまう。だがオルティガはそれも織り込み済みだったようだ。ユニットが熱を持ったのを見るや「突っ込め!」と指示、「バーンアクセル」で攻め立ててきた。

「難しいことは考えなくていいよ! どんどん攻めちゃって!」

「怯むな! 押し通ってやれ!」

ムシャくんの「アクアブレイク」、スターモービルの「バーンアクセル」。小細工なしの殴り合いが複数回続き、どちらも相応のダメージを蓄積していく。だがムシャくんにはひとつ不利な要素があった。事前に展開されていた毒菱を受けており、身体に毒が回ってしまっていたのだ。消耗戦の中で毒によるダメージも積み重なり、小夏の目にも疲弊しているのが明らかだった。激しいぶつかり合いが繰り返されたのち、ムシャくんの息が上がって片膝を突くのが見えた。後方で見守る小夏に不安げな視線を送ると、彼女も小さく頷いた。

「……無理はさせられないね。一度戻ってきていいよ!」

グソクムシャには生来的に「ききかいひ」という特性が備わっている。どれほど激しい戦闘においても自身の状態を客観的に把握し、危険な状況になると退避を選択しようとするものだ。戦闘に直接役立つものではないが、これが種としての生存性を高めることに貢献している。小夏もそれを熟知していたから、一度戻って休んでもらうことにしたわけだ。炎をまとった大技を繰り返し受け、さらに毒に蝕まれているとあっては、危険を回避しようとするのもおかしなことではないだろう。

「これはオマエらにやられた仲間たちの分だ! オレたちの炎を食らって爆ぜるがいいや!」

一方その隣では、ハイドロがムシャくんを支援すべくスターモービルを攻撃しようとしていたのだが、スターモービルを補佐するペレスとプクリンに阻まれてなかなか手を出せずにいた。二人は地形が草原であることを活かし、おびただしい数の「くさむすび」を仕掛けてハイドロの進路妨害を図っていたのだ。ハイドロは草を用いた攻撃に特に弱いことをペレスは見抜いていた――あるいは優美から聞かされていたかのどちらかで、そこを執拗に突いてくる狡猾な戦術だった。

「埒が明かない……! ハイドロ! 『だいちのちから』を使って!」

直接殴りに行けるのが一番良かったが、このひどい妨害されっぷりでは叶いそうにない。清音は「だいちのちから」による遠距離攻撃に切り替えた。これであれば「くさむすび」を無視してスターモービルに打撃を与えられる。ハイドロが一声鳴くと大地に亀裂が生じ、それがスターモービル目掛けて走っていく。

「そう来ると思ったよ! 『ひかりのかべ』だよ! 守りを固めて!」

だが優美とペレスはこれもまた織り込み済みで、「だいちのちから」のような非接触エネルギーを使った攻撃を弱体化させる「ひかりのかべ」を展開してきた。先ほどソウブレイズのカルちゃんがティンク対策のために使った「リフレクター」と対をなす技だ。「だいちのちから」は「ひかりのかべ」に阻まれてしまい、思ったようなダメージを与えられずに終わってしまった。横ではムシャくんと全力で殴り合っており、ハイドロのことなどまるで気に掛けていないようだった。

ならば、とポリアフが飛び出す。「ドリルライナー」だ。先ほどサンくんがティンクを倒すために繰り出した技で、彼女はそれを見よう見まねで使った。とっさに真似た程度とは言え、ポリアフの学習能力は突出して高い。サンくんとほぼ同じしっかりした型となっていた。「ひかりのかべ」が受けられるのは特殊攻撃のみ、「ドリルライナー」のような物理攻撃はダメージ軽減できない。ポリアフはそこを突こうとしたわけだ。

「プクリン! 横のふたりを黙らせてくれ!」

しかし今度はプクリンが邪魔をしてくる。運転席から飛び出し、先ほど引き合いに出した「リフレクター」を出現させる。目的はもちろん物理攻撃を弱めるためだ。ポリアフの「ドリルライナー」が当たる直前に展開が完了し、これもまた有効打にならずに終わってしまう。ポリアフが飛び退いて間を空ける。ただでさえスターモービルは強敵だというのに、ペレスとプクリンによる補助・妨害があまりにも激しい。

地面には無数の毒菱と「くさむすび」が散らばり、相手側には「ひかりのかべ」と「リフレクター」、両方の壁が展開されている。非常に旗色が悪いと言わざるを得なかった。清音はティアットを、小夏はミドちゃんとサンくんを倒され、ポリアフは重傷を負っている。優美とオルティガはスターモービルに二体の補佐役を付け、文字通りの総力戦だ。あのデカブツを倒せば勝ちなのは分かっているが、非常に攻めづらい状況ができあがっていた。

この状況を打開したい。小夏は先ほどひっこめたカルちゃんの控えるボールを掴み、再び場へ繰り出した。

「はあっ!」

ボールの中から状況を見ていたのだろう。カルちゃんは現れるとともに炎を纏った両手の剣を一閃し、地上へ無秩序にばら撒かれた「どくびし」と「くさむすび」を薙ぎ払い、完全に焼き払って焼失させた。地上を片付けたところでさらに双剣の炎を強め、立ちふさがるスターモービル、そしてペレスとプクリンに戦意を見せつける。カルちゃんの登場で風向きが変わったと感じたのだろう、オルティガが動きを見せた。

「悪霊にはもっと悪いやつをぶつけてやらなきゃな! 『シフト・セギン』! プクリン! シフトチェンジだ!」

例によってプクリンが右手でシフトレバーをすばやく操作し、スターモービルの形態を変更させる。後部に多数搭載された機材のうちひとつが稼働し始め、一方でその隣の機材が稼働を停止する。あれがスターモービルの状態を制御しているユニットらしい、清音は密かに視線をやり、敵のギミックについて情報を集めていた。

《『セギン』の怨悪が スターモービルの姿を変える!》

全身真っ赤だったスターモービルのカラーリングが瞬時に変わり、今度は夜闇のような黒をベースにしたものへと塗り替わる。オルティガの口ぶりや色、そしてゴーストライプであるソウブレイズのカルちゃんにぶつけてきたということを鑑みると、あくタイプへ移行したと断定してよかった。相手に合わせて自身のタイプを変更する、ここまでに何度も見てきたが、厄介という言葉以外の感想が出てこない特徴だった。

このまま相手のペースに乗っているとやられてしまう。何か使える策は無いか、ハイドロの様子に気を配りつつ、司令塔としてできることを懸命に探す。

「グゥオォオオオオーッ!」

ブロロロームはますます意気盛んで、こちらを「いかく」してくる。耳をつんざくばかりの凄まじい轟音に思わず足がすくみ、攻撃の手を緩めてしまう。ただタイプを変えるだけならば、清音や小夏も過去に相手をしたことがある。自分の使う技に応じて「へんげんじざい」にタイプを変えていくカクレオンのようなポケモンがそうだ。

だがスターモービルはそれだけに留まらない。タイプと共に能力にも影響を及ぼし、それが特性の変化となって現れるという性質を持ち合わせているようだ。先ほどの「ミストメイカー」もそう、攻撃に対して反撃の「どくびし」をばら撒いてきた「どくげしょう」なるものも同じ。特性は同時に複数発動するわけではなく、活性化しているユニットによって制御されているらしい。どんなカラクリなのかはさっぱり分からないが、常識外れなのは間違いあるまい。

「今度は外さないよ! 切り裂け! 必殺・『むねんのつるぎ』!」

カルちゃんが冷たく燃える蒼炎を纏わせ、スターモービルに猛然と切りかかった。攻撃が命中する。ほのおタイプからあくタイプにシフトしたことで耐性が失われ、「リフレクター」で軽減されているとはいえ少なくないダメージを受ける。ずっと圧倒的な強さを見せつけ続けているスターモービルだったが、複数のポケモンから何度も攻撃を受け、車体があちこち破損しているのが見える。一般個体のブロロロームからは想像もつかない耐久力を備えているのは確かだが、それでも無視できない損傷が積み重なっていた。

優美の目に殺意にも似た憎悪が宿る。ここで負けてなるものか、控えていたペレスに指示を出す。ペレスは直ちに了解すると、攻撃を終えて間合いを取ろうとしているカルちゃん目掛けて飛び掛かっていった。来るよ! 小夏の注意喚起でカルちゃんが顔を上げるが、ペレスは身軽な体を活かして対空攻撃をひらりとかわし、カルちゃんの胸にしがみつく態勢をとった。

「言いましたよね! フェアリータイプのかわいくて残酷なところ、見せてあげるって!」

戸惑うカルちゃんを眼前に捉えたペレスは、まるでおねだりをする子供のように愛嬌ある――もっと言葉を選ばなければ「媚びた」目をして見せ、ますますカルちゃんを戸惑わせる。一瞬攻撃を躊躇したのを見逃すペレスではない。ほほに素早く充電すると、思い切りカルちゃんに向かって押し付けてきた。バチバチと火花が飛び散り、溜まった電気がカルちゃんに伝導してしまう。「ほっぺすりすり」だ。威力が低い代わりに相手を確実に麻痺状態へ陥れる、小技と言えど決して侮れない技だった。

カルちゃんが片膝を突いて身動きが取れなくなる。先に仕掛けられた「あまえる」で攻撃力を削がれ、さらに続けざまの「ほっぺすりすり」で体の自由まで奪われてしまった。ペレスの行動は直接ダメージに結びつくものではないにしろ、清音と小夏をあらゆる手を使って徹底的に引っ掻き回す極めて性質の悪い立ち回りだった。何が起きたか理解したポリアフが「小童が!」と怒りを露わにしてペレスへ「メタルクロー」を繰り出すが、ペレスは「みがわり」を残してさっさと撤退してしまった。

「ぢゅうううっ」

戻った先で悪意ある笑みを浮かべてこちらを嘲笑い、懐から取り出した大きなオボンの実を悠々と食べ始めた。「みがわり」で消費した体力を取り戻すためだろう。狡猾さもここまで来ると見上げたものだ。優美がバトルの能力を磨いているという話は聞いていたが、ここまでのものとは。

ペレスが作ったチャンスにオルティガ、そしてスターモービルが仕掛けてくる。

「ははっ! 青ざめただろ! ここで……永遠にチルアウトさせてやるよ!」

オルティガの威勢のいい指示が飛び、スターモービルが「バーンアクセル」……ではない。帯びているエネルギーは赤黒く禍々しい「悪」そのものだ。さしずめ「ダークアクセル」といったところか。好機と見たスターモービルは全速力でカルちゃんに突っ込んでいく。

痺れて回避することもままならない、もはや引っ込むのも間に合わない。ゴーストタイプであるカルちゃんに、膨大な悪のエネルギーを帯びた突進は一撃で致命打となるだろう。カルちゃんが一瞬背中に立つ小夏に目を向けると、小夏が悲しげな表情を浮かべて小さく頷き、カルちゃんも目を伏せて頷く。

「ひゅおおぉっ!」

かろうじて動く右腕を真上から真下へ一直線へ叩き下ろす。型通りの「かわらわり」だ。スターモービルの「ダークアクセル」がカルちゃんに直撃するのと、オルティガたちのポケモンを護っていた「ひかりのかべ」そして「リフレクター」が叩き壊されるのはほとんど同時だった。カルちゃんは吹き飛ばされてダウンし、戦闘不能に陥ってしまう。小夏は目を伏せて「ありがとう」と小さくつぶやくと、カルちゃんをモンスターボールへ戻した。

小夏の負担が大きくなっていることを理解し、ハイドロとポリアフが疲労を押して前に出た。ポリアフが「いかく」を受けて萎んでしまった気力を「つめとぎ」をして取り戻す。攻撃を自分に向けさせるという意図も込めての行動だ。さらに自分へ注意を引き付ける、有体に言えばヘイトを稼ぐため、ポリアフが研いだばかりの地面を大地へ突き刺して「じならし」を起こす。ダメージはそれほどでもないが、脚に当たるホイールに攻撃を受けて僅かながら自由を奪われる。これでスターモービルを倒せると思っているわけではないが、相手を焦らせればそこから大技を叩き込む糸口が見えてくる、ポリアフはそれに期待していた。

「ボス! あっちのサンドパンを片づけましょう! シフトチェンジを!」

「あいつは氷と鋼の技を使ってるな。なら……『シフト・カーフ』! 自慢のトゲも爪もへし折ってやるよ!」

もはや見慣れてしまった光景、プクリンによるシフトチェンジが行われる。当たり前のように機械を操作しているが、清音たち、特にポリアフはその光景に毎度ながら驚かされている。道具を使うポケモンはそれなりにいるとは言え、オルティガからの簡単な指示で的確な操作をしてしまうというのは並大抵のことではないからだ。

《『カーフ』の膂力が スターモービルの姿を変える!》

シフトチェンジに伴うカラーチェンジ、今度はオレンジを基調にしたものだ。清音はシフトチェンジの際にオルティガが出す指示に聞き覚えがあることを思い出していた。スター団に存在する五つの「組」、それぞれに対応しているのだ。カーフは小夏の知り合いがいる組、確か――「かくとう」組だったはずだ。今までのルールに沿っているなら、今のスターモービルはかくとうタイプにチェンジしている。ポリアフの最大弱点を突ける危険なタイプだ。ティアットが倒され、小夏のポケモンも大半が重傷を負っている、ハイドロも息が上がっている。ここでポリアフを落とされてしまえば勝機はない、なんとしてもそれだけは避けなければならなかった。

一進一退の熾烈な戦いが続く「ネバーランド」の地に、いつの間にか分厚い雲が迫り出している。まるでこれからの未来を物語るかような暗雲、そしてその向こうから。

「……ここで雨、とはね」

清音の頬を冷たい雫が打った。雨が降り始めたのだ。雨脚は瞬く間に強くなり、場にいるものを平等に濡らしていく。誰にとっても煩わしい雨だ、ただひとりを除いては。

「手の内はおしまいか? オレたちはこんなところで止まらないし! 負けて悔しがる顔、見せてくれよ!」

「ここで終わりにしましょう! わたしたちの覚悟を……ウソつきのオトナたちに知らしめて見せます!」

ギアチェンジだ! オルティガが声を張り上げた。プクリンが真剣な面持ちでスターモービルの機器を操作する。エンジン音がハッキリと変わる音が聞こえてくる、それも……どんどん回転数が上がっていく音だ。出力を上げているのはバイク乗りである清音には直ちに理解できた。こいつの出力を上げているということは、つまるところパワーアップを図っているということ。

《ブロロロームの攻撃が 上がった!》

《ブロロロームの素早さが ぐーんと上がった!》

もう一度、さらにもう一度。プクリンが「ギアチェンジ」をする操作を何度も繰り返す。

《ブロロロームの攻撃が 上がった!》

《ブロロロームの素早さが ぐーんと上がった!》

《ブロロロームの攻撃が 上がった!》

《ブロロロームの素早さが ぐーんと上がった!》

やりすぎだ、清音もさることながら、クルマに詳しくない小夏でさえ一目見て危険なことをしていると分かる恐ろしい絵面だ。エンジンが聞いたことのない音を上げ、雨粒が当たった傍から気化して水蒸気と化している。それほど熱を帯びていることに他ならない。本体であるブロロロームは獰猛な顔つきをして、戦意を今まで以上に漲らせ滾らせていた。文字通り、触れれば火傷するほどの激情をその身に宿して。

四度目のギアチェンジ操作をプクリンが行い、テンションとエンジンの出力が限界を突破するほどまでに高められる。

《ブロロロームの素早さは もう上がらない!》

ここですべて壊れてしまっても構わない、刺し違えてでも清音たちを撃退せんと息まいている。何がオルティガを、何が優美をここまでの激しい戦いへと駆り立てるのか。そしてそれに何の疑問も恐怖も持たず殉じようとしているブロロローム、そしてプクリンとペレス。この場所に――「ネバーランド」に、「スター団」に、彼らがどんな感情を抱いているというのか。

底知れない執念を見せつけられた清音、しかしその表情は不敵で、どこか楽しんでいる様子すら見せていた。

「自分にもあったわね。後先考えずに突っ走ってた頃が」

「……やってやろうじゃない。センパイの矜持ってヤツを拝ませてやるわ」

雨を受けて活力を取り戻したハイドロが天に向かって吼え、すべてがフルスロットル状態のスターモービルと正面から向かい合った。

「殴られたら殴り返す! 最後まで立っていた方が勝つ! そうだよな、ビワ姐!!」

「わたしたちはもう……止まりません、止められません! 止めさせません!!」

上がり切った速度と攻撃性能を全乗せして、スターモービルが「ファイトアクセル」で突っ込んでくる。一瞬でも躊躇すれば直撃する常軌を逸したスピードの突進だ。オルティガも優美も、プクリンもペレスも、そして「カシオペア・スターモービル」も、皆もう前しか見えない状態だった。未来を、この場所を、自分たちのあるべき処を守り抜くという意思が暴走して、文字通り周りが見えなくなっている。

スターモービルが繰り出す「ファイトアクセル」は恐るべきスピードだが、その分小回りが利かないのも事実。ハイドロは自分に攻撃をすべて引き付け、雨で濡れた地面を「なみのり」の要領で滑るように高速移動することで巧みに回避する。優美とオルティガが手すりに掴まって振り落とされぬよう身体を支えなければならないほどのスピードで暴れまわるスターモービルに、ハイドロは手を出しあぐねているように見える。

だがその実、清音は暴走トラックと化したスターモービルを止めるための乾坤一擲の策、それを胸中に秘めていた。

「遊びは終わりよ! わがままで世間知らずなガキんちょ共に……オトナの厳しさを教えてやるわ!」

あえて二人を挑発して攻撃を誘発させ、ハイドロに避ける準備をさせる。ハンドシグナルで合図を送ると、ハイドロが構えて攻撃を待った。流星の如く突っ込んでくるスターモービル、あわや衝突――という一歩手前で、清音がハイドロに向かって声を上げた。

「『クイックターン』! 背後を取って!!」

突進するスターモービルを紙一重で躱し、さらにその勢いを活かして背後へ回り込む。スターモービルはスピードを殺しきれず、ハイドロの前に無防備な後部を晒す。まるで時間が何倍にも引き延ばされたような感覚を皆が覚えている中で、清音とハイドロだけが普段通りの時間の流れの中で動いていた。標的を見据えるハイドロ、その背中を力強く押す清音。二人の気持ちが二つになった……その瞬間。

「今だ! 『ハイドロポンプ』っ!! 貫けッ!!」

雨水の恩恵も受けて、体内に貯めていた水に高圧を掛けて口から吹き出す。レーザービーム顔負けの勢いで直進した強烈な放水は、スターモービルの後部に搭載されていた各種ユニットのど真ん中を見事にブチ抜いた。激しい衝撃音と共に車体が揺れ、周囲に壊れた部品や砕けた破片が散らばっていく。

さらに。

「此れで……頭を冷やせ!!」

水浸しになったユニット目掛けて、飛び上がったポリアフが分厚い氷を帯びた爪を容赦なく突き立てた。濡れた機械は絶対零度の冷気に晒されて成す術もなく凍結、その機能を完全に停止させた。ハイドロと共にスターモービルの主要機能に致命打を打ち込んだポリアフが飛び退き、スターモービルの正面に立つ。

「な……! なんて、こと……!」

「こいつら……! やりやがったな!!」

スターモービルの表面に激しいノイズが走り、戦闘序盤で見せていた紫色のパターンである「ポイズンユニット」が制御する毒タイプへと意図せず変更されてしまう。ハイドロとポリアフが繰り出した水と氷による必殺の攻撃で、搭載されていた五つのユニットのうち三つ――バーンユニット・ダークユニット・ファイトユニットが修復不可能なレベルの重篤な損傷を受け、さらに隣接する「マジカルユニット」にも深刻な機能不全が発生していた。この一撃であいつを止められるはず、清音はそう見込んでいた。

《ブロロロームは オルティガを悲しませまいと もちこたえた!》

しかし。機器が無残に損壊するほどの激しいダメージを受けてなお、スターモービルは場に踏みとどまった。倒しきるには至らず、なおも清音たちを攻撃せんと息巻いている。信じられないほどのタフさ、あるいは執念の賜物か。清音が苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。

さんざん苦しめられた「シフトチェンジ」をほぼ封じ、清音と小夏がとうとうスターモービルを、そしてオルティガと優美を追い詰める。だがトドメを刺しきることまではできず、長引く激しい戦闘によりハイドロとポリアフも消耗が激しい。肩で息をするハイドロ、氷柱で杖を突いてなんとか立っているポリアフ。それはずっと緊張状態が続いている清音と小夏もまた同じだった。最後の一手を打たねばこの戦いには勝てないと分かっている、けれどその一手が遠い、どうすれば……。

「……はあぁっ!」

「……リオちゃん! どうして!?」

膠着した場を破るかのように、小夏のリオちゃんが自らの意思でボールの中から飛び出してきた。マリルリと打撃戦を展開した結果右腕を負傷してしまい退いていたが、長く続く厳しい戦闘で疲労困憊していく仲間をどうしても見過ごせなかった。小夏は止めようとしたが、リオちゃんは殺気立った目で首を横に振る。自分はまだ戦える、戦わせてほしい。まだ自由に動く左腕を構え、臨戦態勢に入る。

小夏はそれ以上リオちゃんを止めようとしなかった。一瞬目を閉じて深呼吸をすると、バッグの中から小さな袋を取り出した。封を切って中身をつかむと、ハイドロとポリアフ、そしてリオちゃんに掛かるようにキラキラ輝く粉塵を振りまいた。「ちからのこな」だ。少量だが浴びた者の体力を回復する効果があり、小夏がいざというときのために持ち歩いていた。今はまさに「いざ」という時だろう。危機的状況にして――「いざ」攻めかからんとするとき。

「……リオちゃん、任せたよ! タイミングは……わたしが計るから!」

「うぅおぉうっ!」

小夏とリオちゃんには作戦があるようだ。ハイドロとポリアフへ手短に伝えると、どちらも小さくうなずいた。決してリスクは小さくないが、あの巨大なトラックを、「スター団」の成れ果てのような怪物を、「カシオペア・スターモービル」を倒すためにはどんな手段も辞さないという覚悟があった。

「ポリアフとルカリオは『はがね』、ハイドロは『じめん』……このままじゃ危険です! ボス……!」

「ああ! ポイズンの電源供給をマジカルに向けるんだ! セーフモードはまだ動く、それでコーディング機能は起動できる! 頼んだぞ!」

「ペレス! 配線をつなぎ変えて! この間教えてもらったパターンだよ!」

「オマエらの好きには……絶対させない! やれ! プクリン! 『シフト・ルクバー』だ!!」

オルティガと優美の絶叫にも似た命令に応じて、屋根から運転席へ降りた鬼気迫る表情のペレスが恐るべき勢いで内部の配線を繋ぎ変え、隣に座るプクリンが作業の終了を見るや否やシフトレバーを折れんばかりの勢いで操作する。大損害を負った三つのユニットから火花が散り、稼働していた「ポイズンユニット」が電源供給を絶たれて機能停止。破損した状態で「マジカルユニット」が稼働し、スターモービルが最後のシフトチェンジを力づくで敢行する。

《『ルクバー』の幻妖が スターモービルの姿を変える!》

元の――最初に現れたときの姿へ戻ったスターモービルは狂気じみた咆哮を上げ、ハイドロたちに襲い掛からんとしている。だが「マジカルユニット」は損傷し、ペレスによる応急処置を受けてかろうじて動いている状態であり、本来起動するはずの「ミストメイカー」が発動しない。

顔を上げたペレスが運転席から飛び出し、地上へと降り立つ。ルクバーへシフトしたのは相手の攻撃を受けられるようにするため、そしてもう一つがミストフィールドを展開するためだった。それが叶わないのであれば、何らかの方法で別のフィールドを用意する必要がある。地上へ降りたペレスの姿を認めた優美が、懐に隠し持っていた「グランドコート」を投げて手渡す。噛みつくようにして受け取ったペレスが、電源ケーブルを思わせる尻尾を地面へ思い切り突き立てた。

「展開! 『エレキフィールド』!!」

ミストフィールドが展開できないなら別のフィールドを使えばいい。ペレスは全力を以て発電し、辺り一帯に微弱な電力を帯びさせる。優美が口にした通り「エレキフィールド」そのものだ。

《足下に 電気が かけめぐる!》

これで準備はできた。優美がオルティガに合図を送る。この状況を打開できるたったひとつの道、それが先ほどサンくんを一撃でなぎ倒した「アイアンローラー」だった。ペレスが仕掛けたエレキフィールドを代償に、眼前の三体をこの一撃で倒す。オルティガ・プクリン・ペレス・スターモービル、そして優美。彼らの考えはひとつだった。

スターモービルがホイールを回転させて突進してくる。先ほどスターモービルが見せた何もかも失っても構わないという姿勢、それと何ら変わらぬ鋼の意志がリオちゃんに迸っている。ハイドロとポリアフ、ふたりの前に出たリオちゃんが練り上げた波動を左手に集中させ、暴走する敵を前に「徹底抗戦」の構えを見せる。

「リオちゃん……お願い。あとでしっかり手当てしたげるからね……!」

徹底抗戦、すなわち――。

「――今! 『てっていこうせん』!!」

――「てっていこうせん」。

リオちゃんが前に思い切り突き出した左手から、銀色の膨大なエネルギーが大河のように押し寄せる。練り上げた波動を一度にすべて解き放ち、スターモービル目掛けて叩きつけた。さらに後方からハイドロが「ハイドロポンプ」を、ポリアフが「れいとうビーム」をそれぞれ発射してパワーを増幅させる。まばゆい光の中で三つの強大なエネルギーが直撃し、「アイアンローラー」を構えて発動しようとしていたスターモービルが大きくのけ反るのが見えた。

渾身の「てっていこうせん」、その直撃を受けたスターモービル。車体のパーツが吹き飛び火の手が上がる。エンジンたるブロロロームはとうとうダウンし、目を回して動かなくなってしまった。運転席に乗っていたプクリン、傍にいたペレスも激しい攻撃に巻き込まれる形で倒されて気絶している。屋根の上ではオルティガと優美が衝撃を受けて転んでしまい、顔や服は降り続いている雨もあって泥や煤でひどく汚れてしまっていた。

「ぐっ……!」

「ありがとう、ありがとうリオちゃん。もう無理しないで。休んでていいからね」

最後の最後で「アイアンローラー」の発動を阻止し、スターモービルを倒すという大金星を挙げたリオちゃんだったが、その反動は極めて大きかった。膝を折って崩れ落ちたリオちゃんを抱き締め、小夏が彼女の身を挺した働きに惜しみない感謝の言葉を掛ける。応急処置をしてリオちゃんをモンスターボールへ戻してやると、もうもうと黒煙を上げるスターモービルへと向き直った。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。