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#18 「ありがとう」

「これで……終わり」

決着が付いた。ポケモン勝負は――「アオイ」の勝利、ボタンの敗北で幕を閉じた。

戦いが繰り広げられている間、小夏はバトルの行方から片時も目を離さないようにしつつ、よりスター団と関わりの深い優美と清音の様子をずっと見守っていた。長らく籍を置いていた優美にとってスター団はかけがえのない存在になっていたし、清音は自分がスター団を壊してしまったという強い罪の意識に囚われている。この戦いでスター団の命運が決まるとあっては、気に掛けずにはいられなかった。

この結末を目の当たりにして、優美は何を思っているだろう、清音はどう受け止めているだろう。優美を見る。震える清音の手をそっと握って、心配そうな目を向けていた。そして清音は……何も言えずに言葉を詰まらせて俯いたまま、視線だけはスマートフォンの映像から決して離そうとしない。どれほど自分にとって辛いものであろうと最期まで見なければならない、自分が壊してしまったものが本当に消えてなくなる瞬間を見届けなければならない。清音の悲壮な覚悟が視線から伝わってきた。

「終わったよ、みんな……」

ディスプレイの向こうにいるボタンが目を閉じて、自分を見ていただろうすべての団員たちへ告げる。

「ありがと……アオイ……ネルケ……」

「たしかに……見届けたぜ」

「これでうちもスター団も、終わ……」

ポケモン勝負の終わり、決闘の終わり、スター団の終わり。ボタンの言葉通り、何もかもが「終わった」のだ――この場を見届けた誰もがそう思っていた。

「待ってくだ……くれないか? 改めて確認したいことがある」

「確認?」

不意にネルケが声を上げた。ボタンが不思議そうな顔をして問い返す。

「マジボスであるあんたが、何故スターダスト大作戦を企てた?」

「……解散しようって言ったのに、誰も団やめないから……」

「マジボスが命令しても?」

「お願いはしても命令はしない……そういう団の掟だし」

「掟……ボスたちも掟を大事にしていた」

「だから掟使って、団を解散させようと思った」

「掟で決められた理由ならみんなスター団をやめると?」

「そう……掟にのっとって戦わなきゃダメだった」

「それでスターダスト大作戦を……」

スター団を創設したのはこのカシオペアことマジボス、そしてそれを終わらせるための「スターダスト大作戦」を展開したのも同じくマジボスだった。後にオルティガから事情を聞いた小夏は、この一見矛盾しているように見えるマジボスの行為が意味するところを正確に理解していた。

かつて「スター大作戦」でいじめっ子を一掃したスター団だったが、その余波で今度はスター団が不良の集まりだと見做されるようになってしまった。さらにオルティガをはじめとする幹部たちもスター団の解散を拒んでいる、放っておけば状況は悪化する一方だった。そこでマジボスは類い稀な実力を持つと見込んだ「アオイ」に目を付け、「掟」に従ってスター団を解散させようとしたのだ。すべてはケジメを付けるため、自分を待ち続けてスター団に囚われているボスたちを解放するため。「スターダスト大作戦」の全容は、このようなものだった。

けれど、スター団はカシオペアにとってもまた「宝物」だ。オルティガたちと何ら変わるところなどない。ゆえに自分からスター団にピリオドを打つような真似はしない、あくまで「掟」に従ってスター団を解散させる。故にこうして「アオイ」と雌雄を決する戦いに臨んだ――そういうことだった。

「カシオペア……最後にひとつ聞かせてくれ」

「あんたにとってスター団……団の仲間たちはどういう存在なんだ?」

問われたボタンが目を伏せる。すっと胸に固く握りしめた拳を当てて、心の奥底にある己の本心を探し出す。小夏も優美も、そして清音も、ボタンがネルケの問いかけに何と答えるのか、無意識のうちに理解していて。

「……大事な……宝物、だよ」

宝物。大事な宝物。オルティガが「ネバーランド」でスター団の仲間たちに向けた言葉となんら変わらない答えが、そこには在った。

「よろしい。よくわかりました、ボタンさん」

「……はっ?」

ボタンの言葉を受けたネルケが急に改まった口調で応じる。これにはさすがにボタンも戸惑いを隠せない。

「私からボタンさんにお話ししたいことがあるのです」

「え、しゃべり方どうした!? 急に怖……」

「……そうですね。まずは正体を明かしましょう……ハッ!」

着ていた服を一瞬にして脱ぎ捨てると、そこには――。

「こっ……校長ーッ!?」

グレープアカデミー校長・クラベルの姿があった。リーゼントヘアーに合わせた一昔前の不良めいたファッションから一転、上下をスーツでビシッと決めた校長の登場に、ボタンは驚きを隠せない。

「カシオペアがボタンさんならば、ネルケはクラベルだったのです」

衝撃の事実! ネルケを名乗って「アオイ」と共にスターダスト大作戦を進めていたのは、他でもないクラベル校長だったのだ!

「小夏お姉ちゃん、校長先生さっきまで半ズボン履いてたよね? 脚、見えてたよね?」

「なんで脱いだらスラックスになるんだろうね? それにあの変装、バレてないと思ってたのかな……」

「さっきは言わなかったけど、どう見ても最初から校長先生だったよね……」

一方、小夏と優美の反応は微妙だった。なぜ半ズボンを脱いだあとから長袖のスラックスが出てくるのか、そもそも変装する気があったのか、二人の疑問は尽きない。もっと言えば、小夏は「ネバーランド」でネルケと対面した瞬間に、優美もこの場にネルケが現われた直後にクラベル校長だと見抜いていた。直接面識がなくパンフレットなどで顔写真を見ただけのザオボーとナツですら即座に気付いたのだから、ハッキリ言ってバレていないと思う方がおかしいのである。

「……いや、なんで!?」

「スター団の皆さんときちんとお話しするためです。教師と生徒……ましてや校長が相手では、皆さんの本音が聞けないと思ったからです」

「だからって、えー……変装までする!? ヅラのチョイスも意味分からん……」

小夏と優美がボタンの言葉にうんうん、そうだよねとしきりに頷いている。二人ともクラベル校長のセンスは分からないらしい。

「……コホン。そろそろいいでしょうか」

「皆さん、いらしてください」

クラベルが何者かに向けて呼び掛ける。声が掛けられた方角へボタンが目を向けると、そこには。

「……え?」

歩いてくる五つの人影。その様子を一目見たボタンが、驚きのあまり目をまん丸くする。

「ひさしぶりだな、マジボス!」

「……ピーちゃん」

あく組「セギン」ボス・ピーニャ。

「ひさしぶりってか、初めましてだろ? 本当の名前も今知ったしさ」

「……メロちゃん」

ほのお組「シェダル」ボス・メロコ。

「初めて見るマジボスのご尊顔、誠に眼福でござるな」

「……シュウメイ」

どく組「シー」ボス・シュウメイ。

「やっと会えたね……! すっごく心配してたんだよ……!」

「……ビワ姉」

かくとう組「カーフ」ボス・ビワ。

「えーっと……本名、ボタンだっけ? 元気にしてたの?」

「……オルくん」

そして――フェアリー組「ルクバー」ボス・オルティガ。

ボタンのもとに集ったのはスター団のボスたちだった。彼らとボタンはずっとオンラインでやり取りしており、実際に対面するのはこれが初めてのことだった。ボタンは揃った五人の顔を順繰りに眺めて感慨深げな面持ちをするも、直後にふっと表情に暗い影が差す。ボタンの様子を見て取ったボスたちが互いに顔を見合わせ、意志を確かめ合うかのごとくそれぞれに頷き合う。

「じゃあ、せーの、で……」

 

「お疲れさまでスター!」

 

ボスたちがボタンの前で大きく声を張り上げ、全身を使って「☆/スター」を描くジェスチャーをして見せた。これは彼らがスター団を結成した折に作った彼らなりの挨拶だ。お別れの言葉、さよならのメッセージ。それは終わりゆくスター団と、スター団を終わらせる大役を果たしたマジボス・ボタンに捧げられたもので。

仲間たちからの「さよなら」を受け取ったボタンは、別れの痛みと友情の熱さで高鳴る胸を、そっとその小さな掌で押さえたのだった。

「これで……おしまいなのね」

「清音さん」

消え入りそうな声を上げる清音に、優美がそっと手を差し伸べる。清音は泣いていた。自らの手でスター団の幕引きを図ったボタンにも、彼女の意を汲んで別れの挨拶をしたボスたちにも。あの時自分が関わらなければ、あるいは別の未来があったのかも知れない。そう考えたところでこの瞬間の現実が変わることなどない。清音は涙を湛えた瞳で、それでも決して眼前で起きていることから目を逸らそうとはしなかった。

それが大人としての義務だと理解していたから、自分のしたことに責任を持つのが大人だと――兄と恩師から教えられたから。

「さて、ボタンさん、ボスの皆さん」

「そして――今この映像を見ているすべての方へ」

「アカデミーを代表し、スター団に申し上げます」

コートの外に立っていたクラベル校長が彼らの元へ歩み寄る。ボタンとボスたち、そして清音らが一斉に彼を見る。クラベル校長は目を閉じて呼吸を整え、居並ぶスター団のメンバーたちを一瞥する。

「――本当に申し訳ございませんでした」

深々と頭を下げ、彼らに謝罪したのだった。

「……え?」

「アカデミー校長クラベル、一生の不覚です……」

「……え? え?」

映像を見ている小夏と優美は目をまん丸くして各々の顔を見合わせ、清音も一体何が始まるのかと目を見開いた。戸惑うボタンを申し訳ないという表情で見つめながら、クラベルがさらに話を続ける。

「スター団結成の理由……活躍は、ボスの皆さんに聞きました」

「私が赴任してから見ていたいじめのないアカデミーの姿は……」

「あなたがたの悲しみと怒り……勇気が勝ち取っていたということを」

「……結論から言います」

この場にいる全員に向けてクラベルが告げた「結論」、それは。

「スター団への解散要望およびボスの皆さんへの退学勧告は……ただちに撤回いたします!」

誰も予想だにしないものだった。校長として要請していたスター団の解散、長らく登校拒否を続けていたボスたちへの退学勧告、その両方をこの場で即座に撤回すると宣言したのだ。

「つまり、それってさ……」

「……ええ! スター団の解散は、もはや必要ありません!!」

さらにストレートな言葉で、スター団は解散する必要などないと告げた。コートにいるスター団のメンバーたちはもちろん驚いていたし、彼らの様子を見守っていた優美と小夏も思わず声を上げたほどだった。だがそれ以上に、清音の驚きようといったら凄まじいものだった。驚きで口が開きっぱなしになり、クラベル校長の言葉に「信じられない」と言わんばかりの顔をしている。スター団の解散が必要なくなった、その言葉をまさか校長から聞けるなどとは夢にも思っていなかったのだ。

本当に――夢でさえも考えられなかったのだ。

「やったあー! ボタンちゃん! これからもみんな一緒だよ!」

「恐悦至極でござる!」

「で、でも……うち、みんなを裏切って……」

「スターダスト大作戦のこと? クラベル校長から聞いたよ」

「団にこだわって退学しそうなボクらを心配しての行動だろ?」

「普通に解散って言われても、ハイそうですかってオレらじゃねえし」

「我らを思うボタン殿の心中、察するに余りある……」

「心配させてごめんね、わたしたちもう大丈夫」

「だ! だとしても……!」

喜びに沸くボスたち、戸惑うボタン。喜んでいるのは映像を見ている優美たちも同じだ。優美は小夏と手を取り合って声を上げ、喜びのあまり抱き付いたりしている。スター団が大切だったのは優美もまた同じこと、この寛大な措置に喜ばないはずがない。自分の妹になる優美が喜んでいるのだから、うれしいのは小夏もまったく同じだ。歓喜するスター団の様子を見たクラベル校長が穏やかにほほ笑んだのち、軽く手を叩いて再び自分に注目を向けさせる。

「……話を続けますね」

「先ほど申し上げたように、スター団への解散要望は取り下げます」

「ただし、スター団の皆さんがおこなった……」

メガネにスッと手を当てて、キリっとした顔つきをした校長が啖呵を切る。

「長い無断欠席!」

「制服の改造!」

「アカデミー備品の勝手な持ち出し!」

「ライドポケモンの改造および暴走!」

「……などなどなど! 校則違反もろもろは見過ごせません!」

クラベル校長が指摘したのは紛れもない事実で、確かに校則に真っ向から違反したものだった。無断欠席や制服の改造は言うまでもなく、各地のアジトはアカデミーの備品である学習机やテントを持ち出したものだし、ライドポケモンの改造・暴走に至ってはもはや何も言うまい。皆しゅんとしていたが、オルティガは輪をかけて落ち込んでいるように見えた。まあ、ブロロロームをあんな形で改造する者は後にも先にも二度と現れないだろう。

さすがに校則違反の数々を指摘されては返す言葉がない。優美と小夏も再び不安げな顔をしている。一転して静まり返った場を見た校長がさらに言葉を続けた。

「ゆえに処分として、奉仕活動をしてもらいます」

「奉仕活動……?」

「はい。スター団の皆さんには『STC』の運営をお願いします」

「エス、ティー……何の略?」

「Sはスター、Tはトレーニング、Cはセンターを意味します。スター・トレーニング・センター、アカデミーとポケモンリーグで新設するトレーナーを育成するための施設です!」

STC。スター・トレーニング・センター。クラベル校長が命じた奉仕活動とは、この新しいトレーナー教育施設の運営に携わることだった。場にいる誰もが驚いている。思ってもみない提案をされたからだ。

「これはアオイさんがアジトにカチコんでるのを見てひらめきました」

「スター団の戦法やアジトはユニークかつ独創的!」

「ですのでアジトはトレーニング施設として、スター団はSTCスタッフとして、活動を継続していただきます」

アジトで起きたバトルを小夏が振り返る。団員たちが一斉に繰り出した多数のポケモンを相手にするのもそう、オルティガと優美が組んで繰り出したさまざまなコンビネーションもそうだ。奇想天外ながら実践的な戦いの数々は、きっとグレープアカデミーのトレーナーたちを強くたくましいものにしてくれるだろう。何なら自分も通ってみたい、早くもそんなことを考えるほどだ。

「これってもしかして、わたしも……!」

「きっとそうだよ。優美ちゃん、ポケモン勝負すごく強くなってたしね! みんなも鍛えてあげてほしいな」

「小夏お姉ちゃん……!」

STCにスター団のメンバーが運営にかかわるということは、優美も例外ではないだろう。優美が見せたバトルの腕前は小夏も舌を巻くほど、間違いなくトレーナーたちを強くしてくれることだろう。優美は瞳を輝かせて、グレープアカデミーの生徒ともエーテル財団職員ともまた違うカタチで活躍できる場が生まれたことを心から喜んでいた。

「……以上、問題はございますか?」

「いや、楽しそうだし、なんかwin-winっぽいけど……」

クラベル校長からの提案は申し分ないもので、問題も不満もまったくない。むしろ「楽しそう」というのがボタンの本音だろう。ただ、そんな楽しそうなことで校則違反の数々と相殺できるのだろうか、本当にそれで問題ないのだろうか。それに自分はいいとして、他のボスたちはどう思うだろうか。自分の行いを振り返って、この話を受けてしまっていいものかと悩んでいる様子が伺える。

「ボタン」

「オレたちが言うのも変だけどさ……ボタンも一緒にやろ!」

懊悩して逡巡するボタンの背中を押したのは――オルティガだった。一緒にやろう、ボタンが何よりも掛けてほしかっただろう言葉を、その口から確かに発して。

「左様……ボタン殿もともに……」

「学校も一緒に通おう! 何があってもわたしたちが守るよ!」

「スター団も学校も両立できたらいいなって、ボクらで話してたんだ」

「……ダメか?」

「みんな……」

皆からの後押しを受けたボタンが、先ほど戦いを繰り広げた「アオイ」を見る。「アオイ」は何も言わず、ただ首を大きく縦に振って見せる。「いいと思う!」という肯定のサイン、「がんばって!」という応援のメッセージ。仲間たちに負けず劣らずのエールを送ってくれたのが分かる。

「で、でもでも! うーん、うーん……」

「今決めなくても大丈夫ですよ、ゆっくり考えてください」

決して焦る必要はない、自分にとって最善の選択をしてほしい。クラベルがボタンへ告げる。その意を汲んだボタンが頷き、頭を下げてお礼をした。

「ひとまず解散しましょうか……団ではなく、この場を!」

必要な話を終えて、クラベルが場の解散を告げる。スター団の未来は開かれた、何も憂慮することなどない。ほとんどの者がそう思っていたのだが。

「ごめん、校長先生。少しだけ時間をくれないか」

「オルティガ君」

ボスたちから一歩前に出たオルティガが声を上げる。クラベルが話すよう促して、オルティガはそれを受けて口を開いた。

「これってさ、今も配信してるんだよね? 向こうにロトムがいるし」

「ええ、間違いありません。今もロトムさんに撮影をしてもらっています」

「この場を借りて伝えたいことがあるんだ。オレたちを救ってくれた人が、きっとこれを観ているはずだから」

「……なるほど、わかりました。ぜひ、お願いします」

ロトムの前まで歩いて行ったオルティガがまっすぐにカメラを見つめて、映像を見ているであろう「自分たちを救ってくれた人」に向かって語りかける。

「……姉ちゃん。もしかしたら今も『自分がスター団を壊してしまった』、そう思ってるかもしれない」

「けど、見てただろ? スター団は壊れてなんかなかった、新しいカタチで続いていくことになったんだ」

「だからもう、自分のせいだって思うのはよしてくれ。オレたちに食ってかかってきた、あの姉ちゃんが見たいんだ」

「それに。今なら伝わるだろうから言うけど、姉ちゃんはスター団を壊したんじゃない」

「――守ってくれたんだ」

「もしあの時姉ちゃんがいなくて、オレたちとあいつが戦ってたら……きっと無事じゃ済まなかった。オレたちもあいつもだ」

「校長でもどうにもならない、解散しかないって状況になるかも知れなかった」

「それを止めてくれたのが姉ちゃんなんだよ。姉ちゃんがみんなを守ってくれた、今ここにオレが平気で立ってられるのもそうだ」

「ありがとう、キヨネさん」

そのメッセージは――清音に向けられていた。他の誰に対してでもない、自分を責め苛み続けていた清音に向けられたものだった。スター団を守ってくれた、自分たちを助けてくれた、ありがとう。純粋な感謝の言葉がオルティガの口から綴られて、清音へととどけられる。それを聞いた清音は、オルティガからの言葉を受けた清音は。

「私……私……っ!」

大粒の涙をぽろぽろとこぼして、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。悲しみではなく喜びの、後悔ではなく歓喜の涙を流して、清音は泣いていた。自分がスター団を壊した、その罪の意識に囚われ続けていた。けれど目の前で起きたことはどうだろう、スター団は存続して、自分がボスの座から下ろしてしまったオルティガから「ありがとう」という感謝の言葉をかけられた。起きていることが現実であると信じられず、だが紛れもなく現実で、清音はただただ涙を流すばかりだった。

咽び泣く清音を見た優美が身を寄せて、ぎゅっと清音のカラダを抱き締めた。今なら自分の気持ちを伝えられる、清音も素直に受け止めてくれると感じたのだ。清音にしっかりと抱き付いたまま、優美が顔を上げて口を開く。

「あのね清音さん、聞いて」

「わたし、あの時清音さんにひどいこと言っちゃって、本当にごめんなさい」

「清音さんがわたしのこと心配して、あんなに遠くまで捜しに来てくれたの、すごく感謝してるよ」

「だからね、わたし、清音さんのこと、清音さんのこと……」

「……大好き、大好きだよ。今までもこれからも、ずっとずっと」

「ありがとう、清音さん」

優美から言われた「ありがとう」の言葉が、清音の心に掛かっていた最後のカギを開く。決して自分を恨んでなどいないこと、助けに行ったのを感謝してくれていること、そして……大好きでいてくれていること。オルティガと優美から感謝の言葉を告げられた清音は、なおも涙を流しながら、優美を力強く抱き返した。

「優美、優美……っ!」

「私、自分がどうしても許せなかったの……っ」

「優美たちが大事にしてたものを壊した、分からず屋なオトナになったって、そう思って……っ!」

「だけど優美は、オルティガ君は……私を、私を……!」

「ありがとう……っ、ありがとう、優美っ……!」

清音はようやく――ようやく、自分を許すことができたのだ。清音の心境を感じ取った優美が瞳に涙を浮かべて、よりいっそう強く、めいっぱい力を込めて清音をハグする。清音も優美を抱いて離さない。二人の間にはもはや何のわだかまりもない。清音は優美のことを愛していて、優美は清音のことを大好きでいる。ずいぶん長い時間がかかったけれど、二人が「こうありたい」と思っていた関係を取り戻すことができた。小夏は我が事のように嬉しくて、優美の髪をしきりになでてやっている。

そして二人の和解を見届けたのは、小夏だけではなく。

「ザオボー支部長」

「ええ。一時はどうなることかと思いましたが、もう心配は要りません。川村さんが心の安寧を取り戻されたようで、本当に何よりです」

落涙しながら抱きあう優美と清音を、いつの間にか部屋に入ってきていたナツとザオボーが微笑みながら見ていた。塞ぎ込んで部屋に引きこもっていた清音の身を案じていた二人だが、優美としっかり抱き合う彼女の姿を見て心から安心できたようだ。

周囲の人々に見守られながら、優美と清音はいつまでも、いつまでも、抱き合い続けていたのだった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。