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#14 幼馴染として

時計を見ると六時を回ったくらい。おれがフライパンで鶏肉炒めてるその横で、ユカリがキャベツをゴリゴリ削ってる。包丁で切らなくても千切りできる器具みたいなのがあって、それ使ってるってわけ。もうちょい火通したほうがいいかなとか考えながら、焦げ付かないようにたまに鶏肉動かしたりしてる。ぼーっとしてたからかな、左手から「トッちゃんさぁ」って声掛けられて、「ん?」って言っちゃった。

「さっきやけどさあ」

「うん」

「話してたことほんまなん?」

「あれ?」

「あれ」

「ペリドットにユカリと同じ喋り方する新しい子が来たって話?」

「ちゃうちゃう、そのもうちょっと後」

「あぁあっちか、一海のこと」

「そう、一海ちゃんのこと。付き合うてるん?」

「うん、まあ」

一海と付き合ってるって事、ユカリにも話したんだ、ついさっき。おれの方から言っといた方がいいかなって思って。なんでそう思ったのかな、一海とユカリって友達同士だって聞いたからっていうのもある、ユカリはこうやっておれの家に上がって一緒に飯作ったり食ったりするカンケイだからってのもある。正直言う時はちょっと緊張した、ジムで先輩いっぱいいた時にタイム計測お願いする時みたいに。ユカリどういう反応するかなって、あんまり想像つかなかったし。

おれはユカリのこと友達だって思ってて、そこのところは話す前と後で変わってない。気の置けない……であってるな、気の置けない友達ってやつ。で、おれは男子でユカリは女子で。高校生で男子と女子が同じ家にいるって、それカレシとカノジョってやつじゃね? って思うやつもいるよな、実際前秋人に話したらそんな風に言われた。けど違うんだ、おれとユカリは。友達がたまたま女子だった、幼馴染が偶然女子だった、ただそれだけ。だからこうやって同じ場所で飯作りながら、何の気なしに会話したりしてるわけで。

けど、おれの気持ちとユカリの気持ちは別物だ。おれがこう思っててもユカリが同じとは限らない。絶対ないと思うけど、でももしかするとユカリは別のカンケイだって思ってる可能性がゼロとは言い切れない。それで、もしユカリがおれと違う考えだったらどうするか。ほっとくと後で百パーややこしいことになるから、小金から帰って来たばっかの今日話すことにしたってわけ。親父が昨日に引き続いて出払ってるし、ユカリが家に来るって言うしで、タイミング的にちょうどいいか、って思って。

「意外や」

「そっかなぁ」

「うん、めっちゃ意外」

「おれと一海って合わなさそう?」

「自分割とよう喋るやん」

「ユカリには敵わないって」

「そら言わん約束やで」

「まぁそれはいいや」

「でも一海ちゃん静かやし」

「おれといる時は結構よく喋るけどな」

「ほんま? ますます意外や」

「一海の声って綺麗だよな」

「せやせやめっちゃ綺麗、聞いててリラックスする」

刻まれたキャベツが皿にドカッと盛られたのを見てから、焼き色のついた鶏肉をヒョイヒョイ載せていく。ご飯よそうわ、ユカリの声。じゃあおれ味噌汁、とだけ返す。アレコレ言う必要なんてない、もう五年か六年はこんな風にしてるわけだし。もっと前からだったかも? こうやって同じ場所にいるのが当たり前になりすぎて、いつからだったとか全然意識しなくなったんだよな。

ご飯、味噌汁、千切りキャベツの上に鶏のソテー、あとは箸休めの白菜の漬物。ユカリと家で飯食うときは大体こんな感じ。二人で準備するとできあがるのが早くて捗る。いただきまーす、どっちも間延びしたやる気のない声、けどちゃんと言うには言ってる。ご飯から箸を付けるおれ、キャベツを取り皿へ持っていくユカリ。ユカリは大体野菜から先に食べるんだよな、あいつの中でそういうルールができてるっぽい。おれは最初にご飯を四分の一くらい食べるんだけど。同じもの食ってても個性が出るってよくよく考えたらちょっと面白いな。

「なあ」

「ん?」

「自分さぁ、一海ちゃんとどないして知り合うたん?」

「一海とか」

「うん、一海ちゃんと」

プラスチックのボトルから注いだ麦茶を半分くらい飲んで、コップをテーブルへ置いた直後だったかな。見計らったみたいにユカリから質問が飛んできた。どっから話そうかな、一海と知り合ったこと。どこからを「知り合った」って言うかにもよるし。やっぱあれかな、海で出くわしたとき? けどあん時のこと話すの恥ずいし、ユカリにヘンな目で見られそうだ。あれはあんま言いたくないな、端折ろう。

「最初教室で目が合ってさ」

「ふんふん」

「意識したのは多分そっから」

「ベタやなあ。話したんいつごろ?」

「ええっと、六月すっげえ雨降った日あったじゃん」

「いっぱいあったからいつか分からんけど別にええわ。それで?」

「おれ傘忘れちまって」

「あー分かった、相合傘して帰ったんやろ」

「惜しい」

「ちゃうんかい」

「傘貸してもらった」

「貸してもろたん?」

「うん」

「一海ちゃんどないしたん? もう一本持ってたとか?」

「いや、濡れて帰った」

「あー、それ一海ちゃんらしいわ」

「らしいんだ」

「うん。雨ん時も海で平気で泳いだりしとるし」

「マジで?」

「ほんまほんま。雨降ってても傘差さんで歩いてることしょっちゅうあるで」

「なるほどなあ」

「で、トッちゃん。傘借りた後は?」

鶏のソテーを取り分けながら、ユカリがもう一歩踏み込んでくる。気になるよな、やっぱ。ちゃんと話しとくか、ユカリに話して悪い事でもなんでもないし。傘借りてからおれと一海がどんな風にして出会ったのかとか。

「次会ったのがさ、学校のプールだったんだ」

「プール?」

「おれ水泳部じゃん」

「水泳部やな」

「終業式終わって練習しようって思ってたら、プールに一海が来て」

「ほぉー」

「でさ、競争しようって」

「競争?」

「五十メートル、先に泳ぎ切った方が勝ち。負けた方が勝った方の言うことを一個聞く」

「それ一海ちゃんが言うたん?」

「うん」

「信じられんわ、トッちゃんが一海ちゃんに言うたんと違うん?」

「違うって、一海から言ってきたんだってば」

「ホンマかなー? ウソついてへん?」

「マジだってマジ」

「ま、よう考えたらトッちゃんそういうこと言うキャラとちゃうもんな」

「それはそれでどうなんだか」

「で、どっちが勝ったん?」

「ユカリはどっちだと思う?」

あえて訊いてみる。ユカリが一海のことどんくらい知ってるのか気になるし。やっぱ泳ぐの速いのとか知ってるのかな、って。

「そらトッちゃんやろ? 当たり前やん」

「残念。一海の勝ちだった」

「えっ自分負けたん?」

「負けた負けた、ギリだったけど確かに負けた」

「ホンマに? 手ぇ抜いたんとちゃうん? 一海ちゃん女の子やからー言うて」

「ないない、それは絶対ない。おれ泳ぐとき手加減とかできねーし」

「まあ、言われてみればそうやなあ。自分いっつも本気やし」

なんか不器用って言われてる気がする。ホントのことだし言い返せないけど、不器用って言われてる気がする。ユカリだし別にいいけど。

「で、何お願いされたん? どういうのん?」

「寄せすぎ寄せすぎ」

「だって気になるやん、一海ちゃんのお願い」

「一緒に海へ行ってほしい、って」

「あっ、そういうのん?」

「うん。それだけ」

「なんやこう、ご飯おごってー、みたいなやつかと思ったわ。せやけど一海ちゃんそんなん言わへんしなあ」

「おれも最初言われた時、なんかおごってくれとかそういうのだと思ってた」

「まあ、海で遊ぶんやったらうちもしょっちゅう一緒におるけど」

「マジか、知らなかった」

言うてうちは海入らへんけど、ユカリが付け加えた。ユカリが海へ入ったの、確かに見たことない。おれとユカリがつるむ時に海へ行くことなんかないってのもあるけど、それ以外でもユカリが海にいた記憶はちっともない。おれと同じで入らない主義だったりするのかな、おれはもう普通に入るようになったんだけど。

「でさあ」

「うん?」

「どうやった? 一海ちゃん」

「どうだった、ってどういうことだよ」

「ニブいやっちゃなあ、自分が一海ちゃんどない思たか、っちゅうことや」

「なんだろう、なんていうか」

「なあ、どない?」

「せかすなってば」

「うちがせっかちなん知ってるやろ自分」

「そりゃあもう嫌ってくらい」

「しゃーないなぁ、ほなうちがこの肉食べとる間に整理しいや」

鶏のソテー、箸で掴んでもぐもぐ食べる。ユカリはよく食べる、しょっちゅう一緒に飯食ってるからこれはガチだ。おれと同じくらい食ってるんじゃないかって。やっぱ合気道やって体動かしてるからかな、今日もジム行ってきたって料理してる時言ってたし。学校のプール使えなくなったし、ジム行く回数増やしたいな。もっと泳ぎたい、水の中に入ってたい。

余計なこと考えてる場合じゃねえや、一海のことどう思ったかユカリに返さねえと。言わないといつまでも訊いてくるからなあ、ユカリは。おれのこと知りたがりだって言うけどさ、ユカリだって大概だぞ。ユカリだから分かっててやってるかも知れねえけど。

「一海さ」

「一海ちゃん」

「綺麗だよな、すっげえ綺麗だ」

「……せやな。別嬪さんやんなあ、一海ちゃん」

「なんだったっけそれ」

「前も言うたやん。静都の言葉で綺麗な人言う意味や」

「それだ。うん、間違いない」

「やっぱりトッちゃんには勿体ないわ、一海ちゃんは」

「しれーっと酷い事言うよな、ユカリって」

「そらお互いさまやで」

何がお互いさまなのか分かんないけど、こう言われるとなんか丸く収まった気がするから面白えよな。

「一海ちゃんから誘われたわけやん、海行こうって。行ったん?」

「行ってきた」

「えっ、行ったんや」

「約束だし。おれ約束破るの嫌だから」

「はぁー、そうなんやぁ。自分海行く言うたことないし、嫌いやと思とったわ」

「行かなかったよな、おれ。でも海のこと嫌いっていうか、そういうのじゃなかったんだ」

「まあええわ。で、一個訊かして」

「なに?」

「一海ちゃん、水着やった?」

「えっ」

「あれやろ、海で遊ぶー言うたら普通水着やん、せやろ?」

「えーっと」

「ちゃうかったんやろ?」

「ユカリ、お前知ってて言ってるだろ」

「まあそら最初はビックリするわなあ、褌締めとったら」

「ってことは、見たことあるんだ」

「プールで泳ぐとき以外いっつもアレやで。一海ちゃんの外着みたいなもんやな」

「ほんとビックリした、初めて見たし」

「そら他に締めとる子おらんしな、ましてや女の子やし」

だよなあ、女子で褌締めてるって聞いたことない。男子でも全然聞かないくらいだし。だから余計に印象に残ったっていうか、一海は他のやつとはちょっと違うんだって感じたっていうか。悪い意味じゃない、ほんとにそのまま。違う存在なんだって思った。

一海の姿が、鮮烈に脳裏へ焼き付いた――その言い方が、一番しっくりくる。

「それから海で何したん?」

「遊んだ。一海に連れられて、海へ潜って遊んできた」

「泳いだんや、海で」

「ずっと泳いでた。飯も食わずに五時間くらい」

「夢中になってたんやな」

「夢中、そうだな。夢の中にいるみたいだったし」

「そういう意味でも夢中、か」

「凄かったぞ、海の中。見たことないもんばっかりだった」

「海の話はパスや、あんまりええ思い出あらへんねん」

「そっか、ちょっと残念だ」

「話したがるくらいやから、楽しかったんやな、海ん中」

「すっげえ楽しかった。あんな場所なんだって思ってなかった」

「ふぅん」

「今までずっと避けてたのに、触れたら一気に見方が変わったんだ」

「一海ちゃんに連れられて入ったら、かぁ」

そっかぁ、トッちゃん入ったかぁ、海入ったんやぁ。噛み締めるように、って言えばいいのかな、自分に言い聞かせるみたいにユカリが言ってる。なんだろ、そんなに驚くことだったのかな。ユカリといる時は海なんて近付かなかったのは間違いないけど。

「あっ、トッちゃん」

「ん?」

「これもろてええ?」

「いいよ、おれもうだいぶ食ったから」

「ほな食べるわ」

で、急に食べるのに戻ったりするんだよな。ホントマイペースだ、ユカリは。

 

皿を水切りへ立て掛ける、蛇口のバルブを締める。ちょっと前まで水止めるのを「蛇口を締める」って言うんだと思ってたけど、蛇口は水が出てくる口でさ、手で締めたり緩めたりするやつじゃないんだよな。そっちはバルブって言うのが正しい、どっかのブログで読んで覚えた。こんな風に間違ったまま覚えてるの、分かってないだけで他にもいっぱいあるんだろうな。

「洗い物終わったぞ」

「こっちもテーブル綺麗にしたわ」

「よし。やっぱ二人だと早ぇな」

「一人やったこれからもう片方の仕事もせなならんからな」

「そっちもしょっちゅうだもんな、独りでいるの」

「しょっちゅうやで。二日三日おらんとかもう当たり前やし」

テーブルを拭き終えた布巾を受け取って水洗い、ぎゅっと絞って台所用のハンガーにかける。後片付けはこれで終わり。手をタオルで拭ってリビングへ行く。先にソファへ座ってたユカリが勝手にテレビを付けて、入力をテレビからHDMIに切り替えてる。見慣れた流れ、ここ一年くらい毎回こんな感じの流れになってる。

「じゃ、やるか」

「やろやろ。今日は負けへんで」

「おれも結構コンボ練習したからな」

「ほな、うちは立ち回りで詰めていったるわ」

揃ってソファに座る、本体から外したジョイコンをユカリに一個渡す。おれも一個持ってる。最初から二つ付いてるのって便利だ、後から買わなくていいし。何回見てもすごいなあこれ、ユカリがしげしげとジョイコンを見る。こないちっこいのにちゃんと握れるんやで、おれも同じ気持ちだ。マジでどういう仕組みしてんだろうな、思ったことをそのまま口に出した。

ホームボタンを押して電源が入る、目当てのゲームを立ち上げて……よし。もうちょいすれば勝負開始。おれもユカリも小さい頃から格ゲー好きなんだよな、最初はただレバガチャとボタン連打するところから入って、それからどういう操作したら目当ての技が出るかちゃんと見るようになって、今はくそ真面目に立ち回り考えたりコンボ練習したりキャラ対策したりしてる。ぶっちゃけ強くもなんともないんだけど、ユカリには負けたくねえよな、って思うとやる気になる。

「あれ」

「ん」

「自分さあ、そんなチーム組んどったっけ? 赤チームちゃうかったん?」

「こないだアプデされたじゃん」

「あー入った入った。パッチノート出てたな」

「前まで使ってたコンボ繋がらなくなってさ」

「発生遅なったとか書いてあったな。それでか」

「で、キャラ変えすっかなーって思って、番長入れた」

「番長かー、番長なぁ」

「うん番長」

「なんで番長なん?」

「すっと手に馴染んで動く感じしたし、波動あるし」

「ちゃうちゃう、そっちちゃう」

「じゃあ何?」

「名前の由来。なんで番長なん? 全然そんな感じせんやん」

「そっちかよ」

「当たり前やん」

「そりゃちょっと分かんねえな。元のゲームやれば分かったりするのかも」

「クロスオーバーもんはこないして元ネタに引っ張っていくわけやな」

「クロスだもんなぁ」

「題名にも入ってるくらいやし」

「その割にはさ」

「その割には?」

「自分刀コンビから全然キャラチェンしてなくね?」

「そらあれや。うちはな、チェーンから小技で隙消しできひんと生きて行かれへん体質やからな」

「ひ弱すぎるだろ、スマホゲーに出てくるママンボウかよ」

「あれ意味分からん、ホンモノのママンボウめっちゃしぶといのにあっちの方ホンマすぐ死ぬし」

キャラクターセレクト、ステージセレクト、オーダーセレクトを抜けて対戦前イントロ。さっさと飛ばして試合開始。ユカリが早速仕掛けて来た、ここから中段はしばらく飛んでこないししゃがみガードで待つ。小技に繋いで五分にしてきた、前に出て牽制を差しに行く。刺さったのを確認してとりあえず足払いでダウンを取る。アシストを呼びながら起き攻めを狙う、一点読みのリバサで二人とも弾かれた。受け身で後ろへ下がる。向こうの波動撃ちとアシスト重ね、ここはガードで凌ぐ。こっちが下がったら波動撃つのは変わってない、ぶっぱポイントになるかも。

ユカリの固めをアドバでいなして基礎コンでダメージ取る。立ち回りながらちょっと余裕ができたから、なんとなく話しかけてみる。

「なあユカリ」

「何ー?」

「小金、どうだった?」

「んー。そない変わったことあらへんかったけどな。いつも通りやった」

「昔の家だっけ、小金いる時寝泊まりするのって」

「せや、前住んどった家やな。電気とか水道も止めんとそのままにしとる」

「珍しいよな」

「こういう家の持ち方しとるんうちくらいやろな」

「掃除とかすんの?」

「するする、年一やし。掃除機掛けて草毟って水あっ、やばい対空漏れた」

「おっしゃ確反取った」

「ずるいわぁー、話し掛けて気ぃ散らすんずるいわぁ」

「おれだって喋ってたからおあいこだって」

「上手いことやられたなぁ、こっからまくっていかなな。で、どこまで話したっけ?」

「家に帰ってきたらまず掃除するって辺り」

「せやったわ。で、ご飯作って食べたり、和室で一人で稽古したりするんやけど、一番はやっぱりバトルやな、バトル」

「街中でバトルしてんだっけ、確か」

「せやな。いわゆるストリートファイトっちゅうやっちゃ」

「ストリートファイターユカリ」

「次のシーズンでうちが追加キャラとして実装される予定やから」

「ないない、それはない」

「可能性ゼロちゃうしあるかも知れんやん! まーそれは置いといて、あちこちでバトったったわ。当たり前やけど迷惑にならんところでやで」

あるんだよなあ、往来のど真ん中でバトルがおっ始まってさ、そこ通れなくなるってやつ。最近外からくるトレーナー増えたからかな、たまに見かけるようになった。回り道しようにもそこしかルートねえよってことも多いし。隣にユカリがいればハワード出してパッパと追い払ってくれるんだけど。

「バトルするってことはさ」

「うん」

「ハワードと一緒に戦うってことだよな」

「そらそうなるわな。いつも大活躍やで、ボッコボコや」

「だよな。榁にいる時だって負けたの見たことないし」

「まあ一回も負けへん言うたら嘘になるけど、勝率七割切ったことあらへんから」

「すげえな、コジョンド。コジョンドっていうか、ハワードがすげえのか」

「分かっとるやん自分。うちとハワードのコンビやから、やで」

どんな風なのかな、ポケモンバトルって。誰かと競い合うっていう意味だと水泳に近いんだろうけど、基本自分との闘いになる水泳と違ってさ、明確に誰かと「戦う」わけじゃん、それこそ剣道とか合気道みたいに。それにプールで泳ぐのとは違ってさ、自分は激しく動いたりせずに連れてるポケモンに指示を出す形になるじゃん、誰かに命令してその通り動いてもらうのってすっげえ難しいと思うんだ。おれなんて後輩に指示出す時「これでいいのか?」って考えてばっかだし。

これでいい、って一瞬で自分を信じて指示を飛ばせなきゃ、相手に攻め込まれる。そういう意味だと、格ゲーを何倍も難しくするとポケモンバトルになるのかも知れない。格ゲーでも割といっぱいいっぱいなのに、おれにはちょっとできそうにない。頭ん中で考えてる間も指先はきびきび動いてて、一戦目をおれが取った。先攻できると気持ちいいな、やっぱ。

「アカンなぁ、ちょっと触らんかったせいで動き固なっとるわ」

「そっか? 結構ギリギリだったぞおれ」

「ええわ、次は負けへんで」

2戦目。始まったと同時にユカリが波動を撃ってくる。次どう動いてくるんだろうな、この距離から届く下段は無いからとりあえず立ちガでやり過ごそう。

「なあトッちゃん」

「なんだ?」

「さっきも訊いたけどさぁ」

「うん」

「一海ちゃんとどないなことしとるん?」

「なんだろ、こないだは」

「キスとか」

「はぁ!?」

「よっしゃ隙あり! 飛び込み通したった! フルコンの時間やでぇ」

「ちょっ、ユカリっ」

「気ぃ取られるからこうなるんやで。さっきのお返しや」

キスって、お前キスって。「はぁ!?」って思わず声が出た。心臓飛び出すかと思うじゃん、いきなり「キスとか」とか言われたらさあ。いや、なんていうか、ビックリするのはいきなり言われたってのもあるんだけど、ああ、えっと、図星だったからってのもあるな、うん。ユカリが見てるわけねーし、口から出まかせの当てずっぽうってのは分かりきってるんだけど、驚かされたってのはまあ間違いない。ビビってる隙に甘え気味の飛びを通してきて、遠慮なくゲージまで吐いて半分くらいごっそり持ってきやがった。何から何まで油断も隙も無い。

ユカリが起き攻めでさらにおかわりしようと図々しく重ねてきたアシストを逆ギレで潰して、牽制からペースを握り返す。この時弱振るべきかな、小足の方がいいのかな、フレーム差まで頭に入ってねえや、とりあえず小足擦っとけ。ユカリは攻めの手を休めてガンガードしつつ、口先の方は相変わらずよく回ってて。

「でや、どないなんよ。一海ちゃんとさぁ」

「さっきも行ったじゃん。海で遊んだり神社に参ったり」

「星宮神社?」

「あそこ以外思い当たるところねーし」

「せやな。神社他にあらへんもんなあ、近くに」

「あとこないだ博物館行った」

「鈴木さんとこ?」

「そうそう鈴木さんところの」

「あっこかぁ、あの博物館ええわな。うちもたまに行くわ」

「一海と?」

「んー。一緒のこともあるし、ひとりの時もあるわ」

「おれもまた行きたいな」

「自分行ったことあらへんかったん」

「一海と行くまでは一回も。海の博物館って聞いてたしなんか緊張して」

「緊張って」

「いやマジだって、危ねぇ中段だこれ」

「うまいこと立ちよってからに。まあせやけど分かるわ、トッちゃんと海ってちょっと距離あったもんな、距離」

ユカリってさ、どんな時でもべらべら延々喋ってて大体がくっそどうでもいいことなんだけど、時々短い言葉ですげえ的確に物事を言い表すことがある。今だってそう。おれと海には距離があった、おれよりおれのこと正確に理解してるんじゃねって一瞬思った。おれと海には距離があった、ホントにその通りだ。海は歩いてそう遠くないところにあって、行こうと思えばいつでも行けた。博物館だってそうだ、行けない距離なんかじゃ全然ない。海の向こうにあるとか、そういうのじゃ全然ないんだ。

海の向こうにいるとか、そんな存在じゃなかったのにな。

「ユカリの方は?」

「うち?」

「一海とどうしてるかって。さっきも訊いたけど」

「海へ行くんはさっき言うたし、あとアイス食べたりとか」

「おれと同じじゃん、まるっきり」

「言うて他にすることも行くとこもあらへんやん」

「海凪の方には出たりしない?」

「船乗って? ないなぁ、一海ちゃん『船酔いするから』って言うてたし」

「一海が船酔いかぁ」

「実際に船酔いするとこ見たわけとちゃうけど、まあ一海ちゃん嘘とか言わんし」

「だよな。おれもそう思う」

「あとは、アレやアレ。喫茶店行ったりとか」

「ペリドット?」

「ペリドットしかあれへんし。昔はラピスラズリって店もあったみたいやねんけどな」

「駅の途中にあるやつだっけ」

「せや。うちが行こう思った時はもう閉まっとったからな」

「いつからあんな状態なんだろうな。わかんねえや」

「思い出した。さっきペリドットに新しい子来た言うてたやん」

「羽山と行った時さ、見たことない店員いたから」

「またバイトと違うん? トレーナーの」

「店長さんに訊いてみたら『バイトじゃないよ、わたしの妹』って言ってたな」

「へぇ、マスターに妹さんもう一人おったんや。初めて聞いたわ」

だらだら喋りながら、画面の方じゃ駆け引きがずっと続いてる。さっきの試合はおれがギリギリで勝って、同キャラ同タッグで再戦してる。今はちょっと旗色が悪い、ユカリが今まであんま見たことない連携で固めてくる。微妙に隙間があるけど暴れるには足りない感じで、見るからにアドバ漏れを誘ってるから迂闊に動けない。リバサポイントも押さえて来てる、厄介な動き方するなこいつ。

確定ポイントを見つけてなんとか弾き返すと、波動撃って攻め込みに掛かる。おれもちょっと固め方と崩し方弄ってみるか、投げ多めで意識散らすとかして。

「ちょっと今更感あるけどさ」

「うん」

「ユカリってさ、一海とどこで知り合ったの?」

「あー、それまだトッちゃんに言うてへんかったっけ」

「聞いてないな」

「あのな、うち海で泳いでて溺れかけたことあんねん」

「えっそれマジで?」

「ホンマホンマ。この話もしたことあらへんかったっけ」

「今初めて聞いた」

「せやな。それでやな、海で溺れてえらい目に遭うてた時に助けてくれたんが……」

「一海?」

「あたり。一海ちゃんがうちのこと見つけてくれてな、砂浜まで引っ張っていってくれたんよ」

「そんなことあったのか。それで知り合って仲良くなった」

「そういうこっちゃ。そら助けてもらったわけやしな、命の恩人っちゅうやつやで」

意外。ホント意外だ。一海とユカリにそういう絡みがあったとか想像もしてなかったな、全然予想外だ。溺れてたユカリを一海が助けたってさ、割とすげえことサラッと言うよな。どうでもいいこと大げさに言う割には大事なことはサラッとしてる、ユカリはいつもこんな感じだ。別にそれが悪いとかヘンって訳じゃなくて、ユカリっぽいなって思う。昔っからこういうところあるし。言われたことの中身にはビックリしたけど、言い方はいつも通りって言えばいいかな。

なんだかんだでおれが7先して、ユカリが「今日はこれくらいにしといたるわ」って言ったから、言われた通りこれくらいにしとくか、ってことでゲーム終了。7先はしたけど6-6まで追い込まれたし、バクチの飛びが通らなかったら対空から終わらされてた。油断も隙もねぇやユカリは、でもやってて面白い。格ゲーは細かいこと抜きで身近に自分と同じくらいの腕前のやつがいるのが一番面白くて勝ち組って言われるけど、マジだな。秋人とやってても同じこと思う。

ソファに座ってのんびりしてる、おれもユカリも。特になんか喋ったりするわけでもなくて、かと言ってスマホ見たり本読んだりって感じでもない。すっげー緩い空気、お互いいつ何を言ってもいいし、何から話されてもいいかなって感じのやつ。軽く伸びをする、今日は泳いでないからかな、気持ち体がカタい気がする。明日はジム行きてえな、親父帰ってくるからあんまり遅くまでいられないけど。

「なあ」

「ん?」

ユカリの方を見る、ユカリはおれの方を見ずに正面向いてる。

「さっきもまったくおんなじこと訊いたけどや」

「うん」

「一海ちゃんのことどない思う?」

「やっぱ気になる?」

「そらまあ、うちにしても大事な友達やし。トッちゃんがどない思てるか気になるわ」

「さっきと同じになっちゃうけどさ」

「うん」

「綺麗だって思う。本当に綺麗だ、って」

「一海ちゃん、綺麗やもんな。南の島の海みたいや」

「可愛い、とかも勿論思うけど、それよりも先に『綺麗』だって思う」

「うん、うん」

「だからおれ、もっと仲良くなりたい。一海のこと、もっと知りたい」

「そっかぁ。一海ちゃんのことそない思とるんや」

「そうだな」

「好き、なんやな。一海ちゃん、トッちゃんは」

「好きだ」

「直球やな、ド直球や」

遠慮なく笑うユカリ、おれはその横顔を見てる。ここまでこうやっていつも通りっぽい感じで過ごしてきて、なんかいつもと変わらない風にも見える。見えるけど、さっきみたいに端々でちょっと思う処があるようにも見える。

訊いておきたい、ユカリに直接、ユカリの気持ちを。ちょっと間を置いて空気を読んでから、軽く息を吸って口を開く。

「えっとさ、ユカリ。ちょっといいか」

「なになに?」

「怒ってない?」

言ってからちょっと後悔した、いくらなんでも唐突すぎ。これじゃ何がどう「怒ってない?」なのかさっぱり分かんねえじゃん。ユカリがどう思ってるか気になりすぎて、それが他を押しのけてバーッと前に出て来た。気持ちが前に出過ぎ、先輩からも前に似たようなことを言われたのを今になって思い出して余計に居心地悪ぃ。いつものユカリだったら「自分何訳分からんこと言うとるん」って言いながらジト目を返してきそうな雰囲気、良くない雰囲気。

良くない雰囲気だって、おれは思ってたんだけど。

「ぷっ……あっはっは!」

ユカリは軽く吹き出して、それから思いっきり笑った。気持ちいいくらい笑って、それからおれの方にしゅっと視線を投げかけた。

「あれやろ、自分が一海ちゃんと付き合うてるからやろ? そないなこと訊いたん」

「うん、なんていうか、その」

「こないしてトッちゃん家上がってるし、所謂そういう関係やってうちが思っとるかも知れんから」

「ああ……ごめん、ユカリの言う通り」

「まあな、そらそない思うわな。トッちゃん分かりやすいし」

「分かりやすい、分かりやすいかなあ、おれ」

「めっちゃ分かりやすいで。思てること顔に全部書いてあるもん」

「そんなもんかなあ」

「トッちゃんの気持ちはうちも分かるわ。うちかてビックリしたもん、一海ちゃんとトッちゃんくっついたとか」

「一海の友達だって前に言ってたしな」

「見る人が見たらうちがトッちゃんを一海ちゃんに取られた、みたいにも見えるかも知れんし」

「だよなあ、やっぱそうか」

「あほ。何勘違いしとるん、うちがそないな風に見てるわけちゃうし」

「ユカリ」

「ビックリはしたけどな、それでうちが怒るとかそんなんあらへんわ。筋違いやろ」

ユカリの目を見る、嘘は言ってない、いつも通りのユカリの目だ。記憶を穿り返してみても、ユカリがおれに冗談以外で嘘を言ったりしたことは一度だって無い。今ユカリが言ってることも、本心の言葉だって分かる。怒ってない、怒るのは筋違いだっていうのは、ユカリのマジの気持ちみたいだ。

絶対なんか言われると思ってた。一海と付き合ってるって最初に言い出す時から結構ドキドキしてて、なんでもない風を装ってたけど、何言われてもおかしくねえよなって。こうやって家に上げてさ、一緒に飯食ったりしてるわけだしさ、おれが思ってなくてもユカリがおれのことを友達とは別枠だって思っててもヘンじゃねえよな。おれの自惚れだと思うけど、でもそれもおれの思い込みかも知れないわけだし。ユカリの気持ちはユカリのモノで、おれがどうこうできる代物じゃない。

「トッちゃんの気持ちはトッちゃんのもんや。誰を好きになる言うんもトッちゃん次第、そうやろ?」

おれの気持ちはおれのものだ、きっぱり言ってのけるユカリ。全然迷いなんてない、いつも通りの顔つきと口ぶりで、ビックリするくらいスパッと言い切った。思いきりが良すぎて、なんかちょっとカッコよく見えるくらいだ。思わず息を飲んだ、何もないけど何かを飲み込む感じがしたからガチだ。

すげえ、思わず声が漏れた。ホントに意識しないうちに、勝手に口から出てったのを感じた。何がどうすごいのかこれじゃ全然分かんねえよな、さっきに「怒ってない?」とまるっきり一緒じゃん。ユカリは言葉で自分の気持ちを伝えるのが達者なのに、おれが何か言おうとすると毎度こんな感じになる。一海を前にした時だってそう、思ってることをちゃんとした言葉に換えられなくて、一海が意味を汲み取ってくれるのに頼ってる。

「トッちゃんさあ、前から思ててんけど」

「うん」

「自分、カワイイな」

「可愛いって、それ」

「いやめっちゃカワイイやん。そういう気にしぃなところとか」

「だって、そりゃお前」

「ほんまカワイイわ。うちの思とる通りの顔しよるわ」

「なんだかよく分かんねえなあ」

「これ褒めてるねんで? だってうちトッちゃんのそういうところがええと思ってるんやもん」

完全にペースを握られて、ユカリに向かって一言も言い返せない。別に言い返さなきゃいけない場面でもないけど、一から十までユカリの思う通りってのは、なんかちょっと座りが悪いって言うか。けどそれが腹立つってのとは全然違うし、ユカリの言いたいことも分からない訳じゃない。おれ、やっぱ思ってること全部顔に出ちまうみたいだ。ユカリだけじゃなくて一海も同じ風に思ってるかも。

どっちにしろ、これだけは言える。今のユカリには、おれじゃちょっと敵いっこないってこと。

もうあと五分くらいで九時って時間。よっ、とユカリがソファから降りた。おれもスッと立ち上がる。出ていくときは玄関まで見送るのがおれなりのルール。

「ほな、うちそろそろ帰るわ。汗かいたしシャワー浴びやな」

「ん。近くだけどさ、暗くなってるし気を付けてな」

「アレやな。ここでふっつーに帰るし帰らせるんが、うちとトッちゃんの関係やな」

「ま、そりゃなあ」

「せやなあ。下心あったらやで、泊めようとするし泊まろうとするやん。どっちかが」

「そっからどうするかなんて分かりきってるもんな」

「な。で、うちはこないしてスーッと帰ってまうわけやけど、トッちゃんはそれでええのん?」

「さっきユカリが言ったことまんまになってちょっと悔しいんだけどさ」

「うん」

「ユカリにはユカリの考えがあるわけじゃん、それを捻じ曲げてまでどうこうってのは性に合わないから」

「なーんや、押しの弱いこと言いよってからに。けど、トッちゃんのそういうところがカワイイし、ええところなんやで」

「その『可愛い』っての、なんか引っかかるなあ」

「まま、気にしたら負けやで。ほな、おやすみぃー」

「おやすみ、ユカリ。じゃあな」

ひらひら手を振って、カバンをヒョイと背中へ預けて、ユカリがアパートの廊下を歩いていく、階段を下りていく。ぼんやり光る電灯に照らされた道をテクテク歩いてくのを見送るおれ、なんだか今日は目が離せない。いつもならもうとっくにドア閉めて中に入ってるのにな、いつもなら。さっきまでの会話、一海と付き合ってること云々ってやつが流水プールみたいにぐるぐる渦を巻いてる感じだ、今も動き続けててどんな気持ちで落ち着くかが決まってない。

おれとユカリ、一言で言うなら幼馴染だけど、幼馴染って言葉自体がカチッとした意味を持ってるわけじゃない。家へ上げて一緒に飯食ったりしてるけど、別に付き合ってるとかじゃない。おれたちみたいな年頃の男女が二人きりで家にいてソファに座ってるとか言ったらさ、大抵のやつは「その先」のことを考えるってのは分かるけど、おれとユカリはなんか違ってる。そういう関係にはなってない。なることを望んでるわけじゃないけどな、少なくともおれはそうだし、ユカリも似たようなこと言ってる。男子と女子でさ、女子が男子の家に上がってるのに。ヘンなのかもしれないけど、おれとユカリが選んだ関係なんだし文句言われる筋合いなんてない。

いつかは分かんない、割とすぐかも知れないしもう少し先だって可能性もあるけど、ユカリだっておれにとっての一海みたいに「好きだ」って思える誰かを見つけるんだと思う。そうなったらどう思うかな、おれ。相手がおれよりカッコ良かったらちょっと自信失くすだろうし、逆にカッコ悪かったらユカリのやつセンスねーなって思うと思う。どっちにしろユカリが選んだ相手だし、彼氏でもないおれがどうこう言うのは筋違いだ。

ドアを閉める。バタン、シュッと気持ちが切り替わるのを感じた。明日はまた学校、別に楽しいことが待ってるって感じじゃない。けど学校に行けば一海に会える。一海に会えるんだ、って思っただけで学校行くのも悪くないって気持ちになってくるんだからすげえよな。一海はすごい、何から何まで。ちょっと一海のことを思い浮かべたくらいでいい気になってるんだから、おれって現金なやつだよなって自分でも思ってる。

「今度の休み、一緒にどっか行きたいな」

どっか、って言ったけど、頭ん中じゃ行きたい場所のイメージは大体できてる。大体っていうかもうハッキリと。

「行くか、ペリドット」

手持ちのお金あったっけ。おれと一海が好きなもの飲んだりできるくらいの。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。