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#16 星はどうして光るのか

シャーッ、と開いた自動ドアから外へ出る、おれが最初で秋人が続く。暦の上ではもう秋だってちょっと前テレビで言ってたっけ、まだ完全に秋って感じの空気じゃなくて、夏の残り香を強く感じるけど、真夏のそれとはハッキリ違うってのも分かる。おれは夏がどんな空気かカラダで知ってるから。他のやつがどうかは知らないけど、おれはカラダで理解してるから。

「じゃ、向こうの自販機まで行こうぜ」

「約束だからな」

さっきまで秋人と遊んでたんだ、商店街の隅っこにあるメガプラザ21ってゲーセンで。いつものやろうぜ、っつって。どんな感じだったか軽く振り返ってみっか。

今日は秋人が1P側に座って、おれが2Pから乱入した形だったな。どっちが1Pかってのは毎回変わってて、お互い別にこだわりもない。試合始まったら右左どっちだっけなんて言ってられないし。で、ゲーム始めたらキャラ選ぶじゃん、おれは目からレーザー撃てるやつと棒持ったおっさんみたいなキャラ選んだ、秋人と遊ぶ前から使ってるタッグだし。秋人はいつものジャケット着たヘンな髪形のやつかな、と思ったら別の青い女のキャラ選んでさ、もう片方はいつも入れてくるピカチュウみたいな模様のでかいおっさんっていうタッグだった。

「羽山さぁ」

「ん?」

「キャラ変えした?」

「こないだから使ってる」

「マジか、やっべどんな動きすんのか分かんねえ」

「それ狙ってるからな」

「わからん殺しやめろよお前ー」

「いいじゃん別に、そっちだって自由に変えていいんだし」

ま、そりゃそうだ。使えるキャラは誰使ったって構わない、おれも秋人も選べるキャラって意味では平等だ。だからおれも別に本気で言ってるわけじゃない、ちょっとケンセイしてるだけ。小足の先端をちくちく当てにいってるみたいなもん。

おれと秋人がやってるゲーム、だいぶ古いんだよな。もう二十年くらい前……確か96年に出たって聞いたっけ、おれ生まれる前じゃん。だからすっげぇ古いゲームなんだけどさ、メガプラザ21に置いてるゲームの中じゃ最古参ってわけでもない。もっと昔のゲームもいっぱい置いてあって、コイン入れればフツーに遊べる。新しいゲームも入れてるけど店長が古いやつの方が好きで、ちょくちょく基盤買ってきて稼働させてるらしい。好きじゃなきゃできねーよな、こういうこと。

格ゲーって一対一で戦うやつが多いんだけど、これくらいの時代から三人チームとか二人タッグ組んで対戦、ってのも増えてきた……これも店長の受け売り。おれが今やってるのは遠い国で人気のマンガが元ネタだって聞いた。英語書いてあるマンガとか想像できねえけどマジであるらしい。ゲームは割とハチャメチャっていうか滅茶苦茶で、展開すっげえ速ぇし油断するとアッと言う間に落とされる。あんまりめたくそにやられるとクソゲーじゃんこれって思わなくもないけどそれはそれで笑えるし、相手をボコボコにノした時は最高にスカッとする。カッコ良く言えばスリルがある、ってとこかな。去年の夏に秋人と遊んで、おもしれーじゃんこれっつって今も遊んでる。店長がたまたま基盤のテスト目的で稼働させてたけど、おれらがしょっちゅう遊ぶようになってから常時稼働にしてくれた。んで、今日も二人してがっついてるってわけ。

「いきなり飛ぶの好きすぎだろお前」

「このゲーム飛んだ方が有利だから」

ジャンプ攻撃、普通にガード。向こうのキャラ動き速いタイプのやつだ、やりづれーな。アドバで弾いて距離を取る、このゲームにもアドバあって助かる、無料だし。構わずダッシュしてくるところにビームを合わせて抑え込む、ちょっと日和ったな、こっちのターンだ。飛び込みからダメージ取りに行く、相手も飛んで空対空してきた、二段ジャンプで軌道ずらす、あれっ向こうも二段ジャンプ持ちじゃん、痛み分けで中距離戦に戻る。殴り殴られ蹴り蹴られ、守り守られ減らして減らされて。向こう四割、こっち三割切った。距離取った方がいいなこれ、バクステで下がってビーム。あっやべっむこう交代合わせて来やがった、デカブツと交代。こっちは相手したことあるから動き分かるけど、分かるのと捌けるのとはだいぶ違う。飛んで殴る蹴る飛んで殴る蹴る、同じことの繰り返しで見飽きたくらいなんだけど速いし判定強いしでとにかく落とせない、どんだけ飛び込み特化キャラなんだこいつ。リスクあるけどあれしかねえ、飛び込みに割り込む要領で生交代、うまく刺さって相手が吹っ飛ぶ。仕切り直しだ。

弾……っていうか、カードなんだよなコイツの波動、爆発するカード、おっかねえ。カードばらまいて動き止めて、相手のリーチ外から棒で叩いて。相手の得意な接近戦はやらねーぞって全力で拒否っていく。なんとなく交代したそうにしてるな、って思ったら当たった。下がる時のモーションだあれ、見てからガードして終わり際に決め打ちでコマンドを叩く。二人で同時に超技出すやつ、言わば合体技ってところ。フツーに出すと発生おっそくて当たんねーんだけど交代の硬直には刺せるからな、ものの見事にクリーンヒットして画面がフラッシュ、よっしゃ一人落としたぞ。引っ込んだばっかのデカブツがまた出て来た、さーてまた例のジャンプラッシュを、って小足刺してきやがったぞこいつ。小足からエリアル行かれて……やっべ投げ抜けミスった、地面に叩きつけられてからの超技で一気に持ってかれた、おまけに端に追い込まれたからもう一発入って、くっそ落とされた! 控えのビームマンが出てくる、思いっきり出現攻めしてきそうなのを二段ジャンプで無理矢理回避。近付きたい相手と遠ざけたいおれで押し合うけど、読み負けて飛び込みを通されて終了、一回目はおれが負けた。

それからあと二戦して、おれ一勝二敗の秋人二勝一敗、今日はおれの負けで終わった。

「そんじゃ、今日は透のおごりな」

「しゃーねぇなぁ、負けは負けだし」

ただ遊ぶだけじゃつまんねえじゃん、だからいっつも何か賭けてる、大抵はジュースでたまに昼飯。今日はジュースの方で、ゲーセン出て一分くらいのところにある自販機まで歩いてく。何買う? 秋人に訊ねる。これ、三ツ矢サイダー。140円か、財布を見ると百円が三枚飛び込んでくる。おれも喉渇いたな、昼から何も飲んでねえし。

「おれも買っていい?」

「確かお前それ好きだったっけ」

「いっつも飲んでるな」

自販機に小銭入れてペットボトル入りのサイダーを取り出す、ってのを二回繰り返して、おれと秋人で一本ずつ手にする。蓋をひねる、プシッ、といい音がした。これ聞くと喉渇くんだよな、いい色したレモンとか梅干し見てツバ湧いてくるのと似てるかもしんない。

「俺らやってたゲームあんじゃん」

サイダー飲みながら頷いて返す。

「あれのさ、伝説あるの知ってる?」

「何それ」

「あのゲーセンでさ、36連勝したやつがいるんだって」

「は? 36連勝? それやばくね?」

「やばいよな。しかもさ」

「うん」

「それやったの女子だって聞いた」

「女子で? マジ?」

「店長が言ってたしそん時のノート見せてもらったからマジだぞ」

「女子であのゲームやるやついたんだ」

「な。格ゲーやる女子って珍しいよな」

「格ゲーって括りなら一人知ってる」

「誰?」

「ユカリ」

「四条あいつ格ゲーやるんだ」

「やるやる。おれと同じくらいには立ち回れる」

「マジか、顔見知りなのに知らなかった。今度対戦してみてえな」

そう言えばユカリとしょっちゅう対戦してるって話、秋人にはしてなかったか。割と前から対戦してて、あいつがタイトル決めることもあるし、おれがやってたのをユカリが始めたってのもある。秋人と遊ぶのと似てる、似てるけど違う。秋人はモノ賭けて一発真剣勝負って雰囲気で、ユカリとはコミュニケーションの一部みたいなとこがある。秋人とユカリが対戦したらどうなるだろうな、横で見てたい。

「透さ」

「何?」

「お前って対戦中はマジだけどさ」

「うん」

「負けてもサッパリしてるよな」

「そうか?」

「手は抜かないけど勝負は勝負だしって感じの」

「あー、それ分かるかも。割とそういう気持ち」

「格ゲーやるうえででかいアドだぞそのメンタル」

「別にプロとかになりたいわけじゃねえしなぁ」

「悔しいとかって無くない?」

「無いわけじゃないけどさ」

「よかった、そこまで悟ってなくて」

「おれも悔しいとか思うことくらいあるぞ」

「あるの?」

「ある」

「例えばどういう時?」

「今日あった」

「ホントか」

「三試合目の飛び込み落としてエリアル行ってたら勝ててたなーって」

「あれか、あれ通せるか怪しかったしな」

「落としたかったなーアレ」

「けどまあ普通にしてるよな」

「だってさ」

「うん」

「落とせなかったのおれのミスだし」

「そういうもん、かぁ」

今日はおれの負け、だから飲み物おごった。負けたなー、負けた負けたって思うけど、それでイラついたりとかはない。無いけど、対戦してる時は負けたくねえって思う、真剣勝負だって。こうやってなんか賭けてるわけだし。でも本気になるのは対戦してる時だけ、終わったらそれでいいじゃんって気持ちになる。秋人と対戦するのは楽しい、こうやってどっちも勝ったり負けたりするからかもな。実力が近いかちょっと上くらいのやつが近くにいれば、なんでも割と面白えって思える気がする。ユカリとやってる時も同じこと思うからマジだ、きっと。

「ちょっと話変わるけどいい?」

「うん」

「ちょっとっていうか全然違う話なんだけど」

「どっちだっていいって」

「だいぶ前に水泳大会会ったじゃん、強化選手選抜するとかいうやつ」

「あったあった。おれも出たやつ」

「そうそうお前出てたやつ」

「羽山はどうだったっけあの時」

「俺は見てただけだな、お前とか他のやつの応援って感じで」

「そうだったそうだった」

「でさ、お前泳ぐのすっげー速かったじゃん。今もだけど」

「そっかな」

「けどあの時お前まくって勝ったやついて」

「いたいた、覚えてる覚えてる」

「それがまた女子でさ」

「女子だったよな、確か」

「アレさ、本気でビビったんだけど」

「見てるお前がビビったのかよ」

「だって透より速く泳げるやつとかいねーよって思ってたし」

「先輩とかおれより速い人いたけど」

「同級生で、って話。てかナチュラルに年上と張り合ってるのがやべーから」

「そういうもんかなぁ」

「あの時とかさ、どういう感じだったんだ?」

ちょっと前にも誰かと似た話をした気がする、川村だったっけ。川村は又聞きだと思うけど、秋人はあのとき見てたんだよな。どういう感じ、っていうのは、どういう風に思ったか、ってことか。何考えてたかな、あの時。隣のレーンにいた女子にタッチの差で負けて二位だった時。逆に考えてみるか、秋人はおれがどう思ったって思ってるだろ。思ったって思ってるってなんだそれだけど、要は秋人がおれの気持ちをどう予想してるかってこと。別にそれを意識して別のこと言うぞってわけじゃねえけど、秋人が何考えてるのか想像するってのは要ることだと思うし。

あの時のことを言葉で説明するのは結構難しい、言えなくもないけど、言って伝わるかどうかは全然別の問題だし。言いたいこと言って全部理解しろってのは楽だけど、聞く側に責任全部押し付けるのって雑だよな、雑。おれがいろいろ雑なとこあるのは分かってるけど、そういうところは雑にしたくない。言い方伝え方工夫して、思ったことちゃんと分かってもらえるようにしたい。

「水泳大会ん時なんだけどさ」

「うん」

「悔しいってよりも先に『すげぇ』って思った」

「すげぇ、か」

「こんなやついたんだ、それも割と近くにって」

「そりゃ確かにそうだ」

「あの大会出るまで選手になるぞって気持ちあったんだけど」

「ああ」

「終わったら『あいつの方がよっぽど向いてるじゃん』って考えてた」

「マジか、そんな風に」

「ホントさ、自分でもヘンだなって分かってるんだけど『悔しい』って気持ち全然なくってさ」

「うんうん」

「すっげぇやつに会えて、そいつと泳げたんだな、負けたけど食らい付けたんだな、とか思ってた」

「透、やっぱお前達観しすぎ」

「達観、達観かなぁ。おれは違うと思ってる」

「違うのか」

「だってその後もやっぱ泳ぐからには負けねえって気持ちはあったし」

「お前いっつもガチだもんな」

「泳ぐだけじゃなくてゲームも」

「だよな」

「けど、けどなんだよな。あん時だけ別で」

「別か」

「こうなるのが正しい、そんな気持ちになったんだ」

「正しい、かぁ。普通に負けた時とは少し違った、ってわけか」

「言いにくいけど、そんなとこだと思う」

「ちゃんとじゃないけどさ、でも透の言いたいことなんとなく分かった気がする」

秋人は他人の気持ちを掴むのがうまい、これはつるんでて思う。おれの言いたいこととかすぐ理解するし、それは別におれ相手に限った事でもない。飲み込みがすっげえ速いんだ、秋人は。おれもこいつみたいに気持ちの分かるやつになれたらいいな、って思うくらいには。

 

何の気なしに商店街ぶらついてて、もうすぐ終わりかな、ってところでマジでいきなり顔見知りと出くわした、それだけでも結構ビックリだよな、普通。

「あっ、透くん」

その相手がよりによって一海とかだったりしたら、なおさら驚くわけで。

「一海じゃん。買い物?」

「そうだよ。これから夕飯の支度しよう、って思って」

「あれ? 水瀬さん?」

「わ、羽山くん。一緒だったんだ」

「さっきまで遊んでてさ、これから帰るとこだな」

一海は買い物かぁ。おれ大丈夫かな、今日はハムカツと魚の開き焼いたやつ作るつもりだけど、材料揃ってたっけ。昨日買って置いといたから大丈夫だと思うけど。なんか足りないもんとか無いよな、洗濯の洗剤はこの間買い足したし、歯磨き粉は新しいの下ろしたばっかだし、無いな、無い、よし。

「気を付けて行って来いよ」

「うん。それじゃ透くん、またね」

「じゃあな、一海」

秋人もいるしってことで、手短に会話を済ませてささっと別れる。買い物あるし、長話して店閉まっちゃった、とかシャレにならないもんな。また一海とゆっくり話したいな、今度の休み誘ってみようかな。

「えーっとさ」

「どうした」

「水瀬さんとお前、どういう関係なの?」

「割と見ての通り」

「付き合ってんの?」

「うん」

「すっげーあっさり言い切ったな」

「ごまかしてもしょうがねえし」

「まあそりゃそうだけどさ。でさ、いつから?」

「夏休みからかな」

「割と最近かぁ。どっちが告ったの?」

「おれから」

「マジか、お前から言ったなんて」

「羽山に嘘ついたことねえだろ」

「無いな。じゃあガチか」

「同じクラスじゃん、水瀬さんとおれ」

「だな。それは俺も知ってる」

「雨の日に傘貸してもらったりして」

「あー」

「で、海で会って告ったって流れ」

「そっかぁー、そういう感じかあ」

秋人が頭の後ろへ両手を回すのが見える。何か考え事するとき無意識にやってるポーズだっておれは知ってるけど、あいつ本人はどうだろうな、たぶん気付いてないんじゃないかなって思う。おれも気付いてないだけで知らないうちにやってることとか絶対あるはずだし。秋人の口ぶりとか顔つきとかを見てみる、おれが一海と付き合ってるって聞いて、それを茶化そうとか冷かそうとかからかおう、なんてノリには見えない。秋人は割となんでもマジメに受け止める、不真面目なおれと違って。

「付き合ってるのか」

「まあな」

「ちょいビックリした」

「そっか」

「あんまり絡み無さそうだったし」

「だよなぁ」

「どっか遊びに行ったりとかしたの?」

「海行ったりした」

「水瀬さんって海好きなの?」

「好き。泳ぐのすっげえ速ぇし」

「泳いでるとこ見たことあんだ」

「てか、競争して負けた」

「競争? なんだそれ」

「部活で練習してる時に水瀬さん来てさ、プールに」

「うん」

「おれと競争しようって誘ってきて」

「水瀬さんから?」

「うん。それでおれと競争して水瀬さんが勝ったってわけ」

「なんだそれ、面白いじゃん」

「今思うと結構面白いよな、この流れ」

あの時かな、やっぱあの時だよな。一海のこと、女子だって意識し始めたのは。気になる女子だって思い始めたのは。

「透にカノジョかぁ、そういうイメージ全然無かったな」

「そう言われるのも分かる」

「けどさ、仲良さそうじゃん。さっき会った時もさ」

「好きだし」

「直球だなー」

「他に言い方無いしさ」

「透らしいな」

「ちょっと話変わるけどいい?」

「うん」

「羽山はどうなの? 誰か気になる子とかいんの?」

「えっ俺?」

「あれか、夏祭りん時によく一緒にいるやつとか」

「東原?」

「じゃない方」

「あぁー」

はぐらかそうとしたな、分かるぞおれには。普通ああいう言い方したら東原じゃない方だって思うはずだし、そもそも東原は一緒に祭りで遊ぶってのとは全然違う。思ってた通りの答えが引き出せてちょっと面白かった。反応を見て、却ってあいつのこと気になってるんだろうなって察したっていうか。

「なんつーか」

「うん」

「あいつさ、頼子っていうんだけど」

「確かそういう名前だったっけ」

「小さい頃から一緒でさ」

「幼馴染、ってやつか」

「お前と四条みたいな」

「だよな」

「っていうかさ、四条と付き合ってたんじゃなかったんだ」

「違うんだよなそれが」

「変わったカンケイ」

「おれもそう思う」

「まあアレだ、お前と四条も割と一言じゃ言えない関係じゃん」

「言われてみると」

「俺と頼子もそうなんだけどさ」

「うん」

「単に長く一緒にいるから親しいって思ってるだけなのか」

「あぁ」

「それともマジで好きなのか、自分でも分かんなくてさ」

「そういうことかぁ」

「っていうか、こういう話するのお前にだけだからな」

「おれだけ、か」

「マジでさ、他のやつに喋んじゃないぞ」

「おれ口固いし」

「ま、お前なら心配いらないか」

あの女子、そうだ頼子って名前だった。苗字は確か南雲。秋人は南雲のことが気になってる、って言った。このことを他のやつに言うつもりはないし、おれの中だけで留めておくつもり。秋人だっておれと一海のことを他人にあれこれ喋ったりはしないはず。今までだってちょっと言いづらいこと何回か話してて、他の誰かに言われたってことは一度もなかったから。確証があるわけじゃないけど、確信は持てる。そういうやつ。

おれと秋人でああだこうだ話してたらいつの間にか商店街抜けてて、海沿いの道に入った。磯の匂いがする、潮風が頬を撫でる。海に抱かれた感じがして少しくすぐったい。

「海だ」

「商店街抜けてちょっと経つしな」

「一海と泳いだのはこっからもうちょい行った辺り」

「青浜?」

「そうそうその辺」

「そう言や俺、海で泳いだことあんまないな」

「おれも一海に誘われるまで全然だったっけ」

「プールだもんな」

「そう」

「海に行く気しない理由もさ、一応あるんだけど」

「何?」

「前にすっげえ雨降った時あるじゃん」

「年明けのあれ?」

「そう、あれあれ」

「降ったな、あれはビビった」

「あん時さ、頼子が親亡くしてて」

「えっ、マジかそれ」

「冗談で言うことじゃねえって。本当だよ」

「そんなことあったのか、あいつ」

「波に呑まれたって言ってたな」

「荒れてたもんな、海。大雨降ってさ」

「頼子からその話聞いてから、なんかおっかなくなってさ」

おっかなくなった、って言った秋人の気持ちはよく分かった。分かった、って言っていいのかな、安直に言うべきじゃねえよなとも思うけど、秋人が俺に言いたかったことが分かったのは間違ってない。よく知ってるやつの親が死んだって聞いたら、落ち着いた気持ちじゃいられないことくらいおれにも分かる。

相手が秋人にとっての南雲なら、尚更じゃねって思うし。

「ほんとさ、宇宙みたいだよな」

「海?」

「海」

「前にも聞いた気がする」

「俺言ってたっけ」

「前テスト勉強しに行った時。海と宇宙って似てるなって」

「あー言ったかも、話したような気がする」

「だよな、聞いた記憶ある」

「もうちょっとしたらさ、姉貴が徳実行くんだよ」

「宇宙飛行士だっけ」

「そう。年末にシャトル打ち上げるから」

「今年なんだ」

「人が生きられるような場所じゃないおっかねえところなのにさ、なんで行きたがるんだって訊いたんだよ、ちょっと前」

「何て言われた?」

「『星を近くで見るため』だって」

「星を?」

「星はどうして光るのか、それは見つけてほしいから。何言ってんだって思ったけど、なんか言い返せなくて」

星はどうして光るのか、それは見つけてほしいから。秋人の、元をたどると秋人の姉貴が発した言葉を受けたおれは、何も言えずに黙ったままだった。言葉を耳にした瞬間に浮かんだのは――どうしてだろう、一海の姿で。夜の海を漂う一海が、星の煌めく空を眺めている様が、現実味がないくらいのリアリティを帯びて、脳裏にわざとらしいくらいにハッキリと浮かび上がってきて。

光るのは、見つけてほしいから。壁にボールを投げて、跳ね返ってきたボールを受け止めて、また壁へ投げつけるみたいにして。何度も何度も、繰り返し繰り返し、頭の中で反響してる、し続けてる。

それが不意に途切れたのは、外から聞き慣れない音が耳に入ってきたから。

「なんか聞こえる」

「誰か唄ってるっぽい?」

「ほんとだ、歌だ。どこだろ」

「向こうじゃね? あの公園」

道端にある児童公園、いつ見ても誰もいないその公園から、確かに歌が聞こえてきていて。なんだろう、自然と目が向く。何の歌だろう、無意識のうちに耳を傾けてる。

同い年くらいかな、背格好がユカリとかに近い気がする。そんくらいの歳に見える女の子と、その女の子よりちょっとだけ年上っぽく見えるやたら髪の長い女の人、それからアフロのポリゴン2とリボンを付けたプリン。さらっと言ったけど、アフロのポリゴン2って謎すぎるよな、リボン付けたプリンはまだ分からなくもねえけど。なんでアフロヘアーなんだよって感じがすっげえする。女の子二人は置いといても、ポケモンだけでかなり目立ってる集団ってのは間違いない。

髪の長い女の人とプリンが唄ってて、女の子は肩にキーボード提げて弾いてる、ポリゴン2は小さいスピーカーみたいなのを浮かせてアレコレ音を出してる。バンドって言っていいのかな、けど他の言い方見つからないしバンドだと思う。バンドだと思うけどバンドっぽくなくて、ただ楽しそうに唄ったり楽器弾いたりしてるグループだって感じがすごいする。そういうのがバンドなんだろうけどさ。

「プリンが唄ってるのか、あれ」

「唄ってる唄ってる。女の人と一緒に」

「ってことは人の言葉で?」

「それっぽく聞こえるけどどうだろ、マジで人の言葉かも」

人ふたりポケモンふたりの合わせて四人、今まで一度だって見たことのない集まりが、聴いたことのない歌を唄ってる。ただそれだけなのに、歩いてた足がピタッと止まって耳を傾けてしまう。俺だけじゃなくて秋人も同じ。人の言葉で心地よい歌声を披露するプリンを見てると、もやもやした、いやもやもやは違うな、そういうネガティブなやつじゃない。ふわっとした綿あめみたいな感情が湧いてきて、それが何なのか説明するための言葉を探したくなる。

プリンを見つめる。ポケモンも歌を唄うんだ、それが真っ先に浮かんだ感想。今まで意識したことなんて無かったけど、そう言えば唄うポケモンはそれなりにいるって話だけは聞いた記憶がある。ニョロトノとかペラップ、あとラプラスなんかもそう。ポケモンは唄うんだ、おれの中で色が塗り替えられる。夢中で歌を唄うプリンは綺麗で、いつまでも見ていたくなる。

(歌、か)

海から聞こえた歌、一海と泳いでた時に聞こえた――誰かの歌。あの時確かに歌を聞いた、聞いたって言っていいのかは分からない。耳が拾ったわけじゃなくて、頭が受け止めたものだって思ってるから。おれはあれを歌だって思ってるけど、何を唄ったものなのか、そもそもホントに歌だったのか、おれにも正直分からない。夢を見てるような気分だ。夢の中って見た目と認識一致しないじゃん、後で思い出したらどう見ても昔の先生なのに、夢の中じゃ部活の先輩だって信じて疑ってなかったりとか。こういうことあるの、おれだけじゃないって思う。

「あれ? おーい、あっきー! あっきーってば!」

誰かを呼ぶ声。誰かっていうか、明らかにおれの隣にいるやつを呼んでる。辺りに他の人誰もいねえし。声の主がこっちへ駆けてくるのが見える、女子だ、それも見覚えのある。

「頼子?」

で、秋人が目をまん丸くしてる。呼ばれたのは秋人で、呼んだのは南雲、これで間違いない。秋人だからあっきー、辻褄も合う。

「槇村君も一緒だったんだ」

「まあな。てかお前この道通るんだ」

「ちょっと散歩してただけだよ。あっきーはここで何してたの?」

「向こう見てみろよ、歌唄ってるんだ」

「わ、ホントだ。すごいね、綺麗な歌声」

「だろ? ここで聴いてたってわけ」

「なーるほどね、それなら納得」

さっきああいう話を聞いたばっかだからかな、どうしても意識しちまうっていうか。秋人と南雲って幼馴染だって言ってたっけ、おれとユカリみたいな関係なんだろうな。あそこまでお互い遠慮しないかって言われると、そこまでじゃなさそうだな、とは思うけど。

「今日はあいつ、高橋のやつ荒れてなかったか?」

「今日はね、いつも機嫌悪いわけじゃないよ」

「言い方キツいもんな、あいつさぁ」

「悪いわけじゃないんだよ、ちょっと……その、言いすぎちゃうだけで」

「分かってるって。だから頼子もずっとつるんでるんだろ」

秋人はおれと違って真面目だ。不真面目を気取ってるっていうか不真面目ぶろうとしてるけど、人の話をしっかり聞いてちゃんと受け答えしてる。じゃなきゃ南雲とこんな風に自然に話したりしないし、ましてやその同級生の話題をナチュラルに振ったりしないだろって。

頼子のことが好きなのか分かんねえ、って秋人は言ってた。今その南雲と話してる様子を見てて、「好きなのか分かんねえ」の意味が分かった気がする。南雲になんか不満あるとか疑問に思ってることがあるって訳じゃない、基本的にいい感情を持ってる、けどそのいい感情が「好き」って言っていいのか自信が持てない、これだと思う。おれが一海に「好きだ」って告白する少し前まで、どんな気持ちなのか説明できなかったアレ、アレと同じ気持ち。

「言葉って難しいね、誰かを傷付けることもあるし、落ち込ませることだってしょっちゅうだし」

「けどあれだろ、お前の婆ちゃんが言ってたってやつあるじゃん」

「言葉にしなきゃ、本当の気持ちは伝わらない。そういうことだって、分かってはいるんだけどね」

「そうだな……そうだよな」

歌にしてみるってのもいいかもな、向こうで唄ってるみたいにしてさ。秋人が公園に目を向ける。本当に上手だね、聞き惚れちゃう。南雲も一緒に目が向く。二人は歌を聴いてたけど、おれはちょっと別の方向に考えが向いてて。

(言葉にしなきゃ、本当の気持ちは伝わらない、か)

別に何か特別なこと言ってるって訳じゃないと思う、ありきたりなフレーズで、どっか別の場所でもそっくりそのまま同じ言葉を聞いたことがあるような気がする。だけど離れない、耳から飛び込んできて頭に入り込んで、心に張り付いて剥がれない、離れない。心に残るって言うより、心に焼き付くって言った方がしっくり来る。なんでだろうな、理由は分からない。

理由なんて、必要ないのかも知れないけど。

 

「じゃあ、俺たちこっちだから」

「じゃあな」

途中で秋人たちと別れてひとりになる。こっから歩いて家まで十分も掛からない。いつもなら人気のない道のり。だけど今日に限っては、まるで見覚えの無い人が前から歩いてくるのが目に留まる。知らないやつだってのもあるし、それがやたらと目立つ姿をしてたからってのもある。

白い服。白衣とは違う、外で活動する感じのやつ。帽子もかぶってて同じく白。黒づくめならぬ白づくめって言えばいいのかな。白だと汚れが目立つ気がするんだけどな、洗濯とかめんどくさくねえのかなとか、そういうこと考えちゃう。服はまあそんな感じ。歩いてくるのは女の人、四十代くらい? それなりに歳食ってる感じがする。ただ老けてるって感じでもない。歳相応の顔つき。背筋をまっすぐ伸ばして前から歩いてくる、他には誰もいない、人もポケモンも。距離が詰まっていって、お互いの顔が見て取れる距離まで来た。

おれの方を見てる、割とハッキリ、両目を開いて。見られてるのを自覚したからってわけじゃないけど、おれも視線の軸を相手に合わせた。見たことのない顔、だと思う。思い出せる中に同じだと判断できる顔はなかった。なかったけど、けどなぜか目が離せなくなった。向こうが俺を見てるから? それだけだろうか、自信が持てない。他にも何かあるんじゃないかっておれの中のおれが言うけど、言われたおれは何も理由が浮かばない。

(誰だ、こいつは)

互いに見合ったまま歩くのは止めずに、すれ違って距離が開いていく。言いようのない居心地の悪さを覚えたおれが先に目線を逸らす。それから向こうがどうしたのかは分からない、見てないから。なんでだろうな、知らないやつ同士、しかも年代も性別も違うやつ同士でお見合いって、意味分かんねえや。おれが相手を見た理由も相手がおれを見た理由も分からない。何の間柄も無いはずなのに目を合わせて、かと言って何も言わずに何もせずにそのまま離れてく。

一から十まで、意味が分からないまま。

(誰だったんだ、あいつは)

すれ違う瞬間に抱いたのと同じ疑問を過去形で抱いてみても、答えも応えも返ってくるわけなんてなく。考えても仕方ないと繰り返し言い聞かせて、それでもしつこく考えようとする頭を軽く掻いて。埒が明かないな、別の情報を入れて頭を忙しくした方がいい、考えるだけ無駄なことなんだから。

だから――海を見た。近くの海から遠くの海へ、船出するみたいに視線を泳がせて。

何度目かも分からない風景。海はいつも通り、ただいつも通りで、だけど記憶の中に今この瞬間見てる海と寸分違わず完全に一致する風景はない。いつもと同じ、だけれど一つとして「同じ」海はない。一生に一度だけの風景が、毎分毎秒おれの視界で繰り広げられてく。まともに考えてると、ヘンな気分になりそうだ。

南雲は海に親を飲み込まれた。誰だったか思い出せないけど、他にも親亡くしたってやつがいた気がする。確かあれも女子だったかな、別のやつが話してるのをどっかで聞いたっけ。海を隔てて遠くへ行ったやつのことだって知ってる、それも一人や二人じゃない、両手の指じゃ到底足りないくらいに。昔の同級生、遠い国から来たトレーナー、それから――。

それから。

(海は何もかも飲み込んじまうって気持ち、こっから来てるのかもな)

海にはたくさんの生き物――ポケモンたちがいる。海は命に溢れていて、おびただしい数の生き物が生命を育んでる。一海からそれを教えてもらった。陸と同じかそれよりたくさんの命が、夜空に輝く煌めき星のように、今この瞬間に瞬いている。

新しい命を生み出して、今ある命を遠くへ遣る。

(海は、ゼロだ)

ゼロから何かを生み出して、何かをゼロへと変えてしまう。それが海。今おれの目の前にある、決して同じ形を見せることのない不可思議な場所。

「もっと気楽に海と関われたらいいんだけどな、おれも」

思考まで海に引きずり込まれそうな気がして、距離を置くためにわざと軽い口調で言ってみる。

(帰ろう)

そうだな、帰ろう。

おれの家は、陸地にあるんだから。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。