明日は休みだって日の夜に気心の知れたやつらと飲むのってさ、生きてる中でも幸せなことランキングのだいぶ上位に来ると思うんだ。それが今だって言うんだから、気分が良いことこの上ない。よくお酒飲むときって「難しいことは忘れて」って言うけど、今のおれたちには忘れるべき「難しいこと」も大して無いから、余計に羽目を外せるってのもあると思う。
それでさ。
「それでやな、もうなんもかんもアカンかったから、気合い入れて音源用意したり台本書いたりしたったわけや」
「いいなあ、自分も聴きたかったよ。ね、ゆっちゃん。録音とか残ってないかな?」
「さすが一海ちゃんや。そない言うてくれると思てやな、うちが入ったときからの分はぜーんぶデジタル保存してあるで!」
「昔からそういうの得意だよな、ユカリはさ」
「せや。トッちゃんのスマホ初期設定したったのもうちやしな」
この場にいるのが一海とユカリだって来たら、もう何も言うことなんかないよな。
場所はおれん家。親父は例によって出張。辺りが少しずつ秋っぽくなってきたなって時に、ユカリから「トッちゃん家遊びに行きたい」って言われたんだ。隣に一海がいるときに。そうしたら一海が「自分も行きたい」って続いて、おれがOKもNGも出してないのにもうおれの住んでるアパートで遊ぼうって流れになったわけ。じゃあおれがNG出すかどうか、んなわけないよな。だって一海とユカリだし。
自分の一番好きな人と腐れ縁の幼なじみ、そいつら二人は切っても切れない仲の良さ。引っかかるところなんてあるわけない。
「てかな、一海ちゃんとはだいぶ長い付き合いやけど」
「うん」
「お酒、結構ぐいぐい行くんやな。うちとほとんどペース変わらんやん」
「ふふっ。透くんにも同じようなこと言われたよ。目の付け所がそっくりだね」
「だってさー、あんまり飲まなさそうな感じあるやん? なあトッちゃん」
「おれも思った。一海はどこで味覚えたの?」
「おじいちゃんの晩酌。テレビの真似して注いでたら、『一海も一杯どうだ』って言ってもらって飲んだのが最初だよ」
「ああ、それ分かるわ。おじいちゃん漁師やっとったもんな」
「海の男は酒飲みだもんな」
「そうそう、たくさん飲んでたよ。でも、おじいちゃんが酔っ払ってるところは見たことなかったかな」
焼酎の水割りを水みたいにさらっと飲み干して、一海がニコニコしながら言う。つられておれもグラスを空けた。アルコール入ってるなって感覚はあるけど意識は明瞭で、今が酒飲んでて一番楽しいタイミングだって思う。
おれが自分のハイボール作ってる前で、続けてグラスを空にしたユカリが一海にしなだれかかる。抱きついてるのかなんなのか、とりあえずぺたぺたくっついてる感じ。おいおい一海うっとうしくないのかなって思ったら、一海の方もなんか負けじと? みたいな風でユカリをぎゅーっとしてる。ふたりのことガッコでしか見たことなかったから、こんなに触れ合ってるとかなんか新鮮な感じだな。
「一海ちゃん、ひんやりしてて気持ちいいわぁ」
「ゆっちゃんはぽかぽかだよ、ぽっかぽか」
「ふたりでいる時ってそんな感じなの?」
「あ、そう言えばトッちゃん知らんかったんか」
「だってユカリ、おれと居るとき一海の話しねえんだもん」
「やー、前は事情が事情やったし?」
「おれと一海がくっつかないように、ってことだろ」
「これが普通だよ。海辺とかでこうやって抱っこし合って」
「まあアレや、今時のJKやったらこれくらい当たり前やろ」
「そんなもんかなあ」
「そういうものだよ。ね? ゆっちゃん」
「せやせや。一海ちゃんもこない言うとるんやし、納得するしかあらへんで」
「なんかユカリに言いくるめられてる気がする」
「こうしてるとね、全身でゆっちゃんを感じられるんだ」
「それは分かる。おれも一海と抱き合ってて同じこと考えてるし」
しばらくこんな風にできなかったもんね、一海が声を弾ませてる。これお酒入ってるからかな、いつも以上にはしゃいでる感じがしてすっげえかわいい。おれのまだ知らない一海がいっぱいいて、それをこれから少しずつ見られるんだと思うと、人生にひとつ楽しみが増えたんじゃねって思う。
トッちゃん水割り作ってー、ユカリから渡されたグラスを掴んで、焼酎を「おいしいみず」でテキトーに割って入れる。ちょっと濃かったかも、けどアイツ大体濃い方が好きだしいっか。深く考えずにユカリに返すと、そのまま流れるように口を付けて半分くらい飲むのが見えた。おれも含めて今日はみんな酔いたい気分らしい。ペースが明らかに早いんだよな、これ。
「なんちゅうか、いつかこないなるんちゃうかなとは思ってたけど」
「おれと一海のこと?」
「せや。実際にデキてみるとや、なんや感慨深いなあ。うちはうれしいで」
「今のユカリ、すげえおっさんっぽい」
「おうおうトッちゃん。こんな美少女つかまえておっちゃん呼ばわりとはええ度胸しとるやん」
「いや胸なら一海の方が大きいし」
「こら、そないな話しとらんやろ。誰がスモールな胸やねん」
「ゆっちゃん、ずっと自分と透くんのこと心配してくれてたんだよね。本当に……本当にありがとう」
「ええんや、これでええ。一海ちゃんがこないして笑ってるんがな、うちは一番うれしいんや」
「おれからも。気を回してくれてありがとな、ユカリ」
「ふふっ。一海ちゃんを笑顔にしてくれてるんがトッちゃん、これがホンマに最高やな。言うことナシや」
おれたちの中でユカリが一番喋ってる。元から口数がめちゃくちゃ多いやつだけど、今日は輪を掛けて話が止まらない。しばらくまとまった時間が取れなかったのもあるけど、それ以上におれと一海が同じ場にいて初めて話せることがたくさんあるからだろうな。それぞれに何か隠し立てするようなことももうないし、開けっ放しの全開放状態なのが見てて分かる。
こうやって三人でどんどん飲んで、ユカリが持ってきた焼酎とおれん家にあったウイスキーがほとんど空になったくらいのことだ。ぼんやりはしてるけどまだ意識が飛ぶとかじゃない。ユカリと一海も似たようなもんだ。グラスを見つめてたユカリが残りを一気に飲み干すと、テーブルの上へコトリと置いておれと一海に向き直る。
「あのな、トッちゃんと一海ちゃん。うちひとつ言いたいことあるねん」
「言ってみてくれ」
「いいよ、ゆっちゃん」
「いきなりやけど――うちな、もうすぐ榁を出よう思とるねん」
ユカリの言葉でちょっと酔いが覚めた気がした。一海と自然に顔が合って、向こうも目をパチパチさせてるのが分かる。お互い初耳みたいだ。おれたちの反応を見透かしたみたいに、ユカリが「まあちょっと聞いてや」と宥めるような仕草を見せる。
「いっちゃん最初に言うけど、一海ちゃんのせいでもトッちゃんのせいでもないで」
「自分がゆっちゃんに何かしちゃった……とかじゃない?」
「もちろんや。当然、ふたりが付き合うたからとかもなーんも関係あらへん。これは真っ先に言わなあかん」
「ならいいけど……ユカリ、どうして急に?」
「トッちゃんには言うてなかったかな、うちにお姉ちゃんおるって」
細かいことはさておき、ユカリに姉貴がいるみたいな話は一海を捜してるときに聞いた気がする。その時は急いでて深掘りできる状況じゃなかったけど、言われてみると結構気になる。
「いるとは聞いたような気がするな、姉貴」
「せやろ。お姉ちゃんやねんけど、つい最近目が覚めてん」
「目が覚めたってことは……眠ってたってこと?」
「そういうことや。もう十年くらい経つんとちゃうかな。事故で昏睡状態になって、ずっと入院しとったんや」
「十年前……入院してたのって、小金の病院?」
「せやな。具合悪いから遠出させるわけにもいかんし」
「じゃあ、ゆっちゃんが夏休みに小金に帰ってたのは」
「お姉ちゃんの側におったりたかった。もうおとんもおかんもおらん、うちだけやから」
「その姉貴が目を覚ましたのか」
「夏の終わり、一海ちゃんが帰ってきたその日に連絡あったんや。それでうち、どないしようか考えて」
「小金に移ろう、そう思ったんだね」
ユカリが小さく頷く。
「うちの声、お姉ちゃんに届いたんやな」
ずっと目を覚まさなかった大切な人に、それでも寄り添って声をかけ続けた。いつか目覚めることを願って、また一緒に歩けるようになると信じて。
「――透くんが、深いところに沈んでいた自分を目覚めさせてくれたみたいに」
今度は大きく頷いた。同じことを考えてた、そう言わんばかりに。
「前やったら絶対迷ってたと思う」
「一海ちゃんのこと心配やし、トッちゃんかて同じや」
「うちが二人の間に入って出会わんようにせんと、どっちも不幸になる」
「今思たらうちが勝手に要らんお節介焼いてただけやけど、それでもそないせなアカンと思い込んどった」
「せやけど今は違う。なんにも心配することなんかあらへん」
「トッちゃんも一海ちゃんもお互いのこと全部知って、山ほどあった壁全部ぶち抜いて、それでも一緒におりたい言うてるんやから」
「うちが離れた場所におっても、ふたりでしっかりやっていける。そない思うようになって」
「もちろん、トッちゃんと一海ちゃんと一緒におられへんのはちょい寂しいな。これもうちの本音や」
「でも、それと『心配や』言う気持ちは別もんや。全然違う」
「せやから……うちは小金に帰って、お姉ちゃんと同じ時間を過ごしたいんや」
おれと一海の顔を交互に見てから、両方を視界に捉えたユカリが微笑んで見せて。
「トッちゃんには一海ちゃんがおる」
「一海ちゃんにはトッちゃんがおる」
「これ以上のことあるか? あらへんやろ」
「もうな、うち安心してお姉ちゃんところ行けるわ」
晴れ晴れとした顔で話すユカリを、一海が身を寄せてそっと抱いた。ユカリは目を閉じてカラダいっぱいに一海を感じて、胸へ静かに顔をうずめる。一海とユカリ、ホントに仲がいいんだ。おれと一海の関係に負けないくらい、互いを大切に思ってる。ユカリにとって一海は命を救ってくれた人だし、一海の方はユカリのおかげで独りぼっちじゃなくなった。なんか、ほんのちょっとだけ悔しいかも。おれの知らない一海をユカリだけが知ってるんだって思うとさ、嫉妬だと思うけど微かに悔しい気持ちが生まれる。
これ、おれだけなのかな。そう思いかけたとき。
「……あのな、ふたりやから言うわ。一海ちゃんとトッちゃんやから、もう全部開けっぴろげにするけど」
「ホンマ気ぃ悪くせんといてほしいねんけど、ちょびっとだけ悔しい気持ちあるねん。ちょびっとだけな、ちょびっと」
「トッちゃんには一海ちゃん取られたし、一海ちゃんとトッちゃんはくっついた」
「うちな、多分トッちゃんのことどっかで異性や、男やって思とったんやろな。一海ちゃんの話聞いたとき、ほんのり心がチクっとして」
「それと同じくらい、一海ちゃんにとってうちより大事な人ができたかも知れへん、そういうことも考えて」
「ふたりのことどっちも好きやから、尚更そない感じたんやなって。落ち着いた今やったらそう思えるわ」
おれだけじゃなかったんだ、一海とユカリに感じたフクザツな気持ち。ユカリはユカリでおれと一海にいろいろ思うところがあって、だけどどちらとも仲が良いし、おれと一海の間には事情がいっぱいあったから言うに言えなかった。その辺全部飲み込んで付き合ってくれてたんだから、ユカリには感謝の気持ちでいっぱい、いっぱいどころか感謝の気持ちしかない。
「まあでもな、もう一つめっちゃ大事なことあるからハッキリ言うわ!」
「トッちゃんと一海ちゃんのふたりがな、こうやって幸せそうにしとるのが……」
「――うちは、最高にうれしいんや!」
テンションのぶち上がったユカリが立ち上がりながら叫ぶ。おれたちをちらっと見たユカリがにいっと笑うと、間にずんずんと入ってきて、おれと一海の肩へ思い切り腕を回してきた。
「わっ、ゆっちゃん」
「こっから先、おふたりさんにはこれから末永く幸せにやってもらうとして」
「ユカリ?」
「今日だけは! 今日だけは、一海ちゃんもトッちゃんもうちのもんや! トッちゃんにも一海ちゃんにも渡さへんで!」
声でけえよ、おれと一海が声を上げて笑った。自分の気持ちに正直で、だけど大切な人をどこまでも思いやれる。おれたちのことを祝福してくれるのも、嫉妬の気持ちを隠さないのも、こうやって声を上げて騒いでるのも、全部素のあいつなんだ。
ほんと――何から何まで、ユカリらしいや。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。