トップページ 本棚 メモ帳 告知板 道具箱 サイトの表示設定 リンク集 Twitter

部屋から出てきたビデオテープ

今となってはもうかなり昔の話なのですが、説明のつかない不気味な経験をしたことがあります。

九十年代の終わり頃、古びた安アパートで住んでいました。男の独り暮らしにありがちですがろくに掃除もせず、モノやゴミが散乱している状態でした。

ゴミ屋敷というほどではありませんが、今なら間違いなく汚部屋と言われるくらいには散らかっていましたね。

掃除しなきゃなあ、という気持ちだけはあったのですが、まあ行動はまったく伴いませんでした。

 

ある日夜遅くにバイトから帰ってきて、買ってきた弁当を食べたりタバコを吸ったりしていた時だったと思います。

バイトでクタクタになっていて何もする気になれなかったはずなのに、どうしてか部屋の片付けっぽいことをし始めたんですね。

単純にゴミが目についただけだったと思いますし、疲れてたので正直まったく捗らなかったんですが、それでもいくらか散らかり具合がマシになりました。

確かその時だったと思います、見覚えのないビデオテープが転がり出てきたのは。

 

まだDVDが出てないか出て間もない頃で、映像を見るときはVHSテープを使っていた時代でした。ただ、自分で録画することはほとんどなかったです。

近くに個人経営のちょっと胡散臭いレンタルビデオ屋があって、暇なときに名前も聞いたことのないようなホラー映画を借りたりして見ていたはずです。

返却も、まあちゃんとしていたはずなので、そこのビデオが借りっぱなしということもないと思います。

レンタル屋のビデオですと決まってラベルが貼ってあるものですし、そのビデオには何も書かれていなかったので。

 

だから全然身に覚えがなくて、なんだこのビデオテープは? って首を傾げるわけですね。誰のものなのかも分からない。

独り暮らしを始める前に何本か持ってきたものだとか、友人が家に来た時に忘れていったとかいろいろと可能性はあったんですが、どれもしっくり来ない。

しかも明らかに新品ではなくて、むしろ結構前から使われてた感じがするのも気になりました。

ビデオテープだけ眺めてても埒が明かない、中を再生すれば何か分かるかも知れない。そう考えるのに時間はかかりませんでした。

 

早速ビデオデッキへテープを挿入しました。しばらく使っていなくて埃っぽくなっていましたが、テープは問題なく中へ入っていきます。

テレビを点けて「ビデオ」ボタンをポチポチ、入力を「ビデオ1」にします。確かゲームする時は「ビデオ2」にしてた記憶があります。懐かしい。

それはさておき、ビデオの再生が始まります。最初はテレビに何も映りませんが、ビデオデッキの時間は進んでいるので何か録画されているようです。

しばらくテレビの前であぐらをかいて待っていると、不意に映像が切り替わりました。

 

自分の部屋が録画されていました。間取りや壁の色が似ている……といったことでは済まず、どこからどう見ても自分の部屋でした。

そもそもというかなんというか、自分が部屋でぼーっとしている時の映像が流れていたんですから。背格好はどう見ても俺自身で、見覚えしかありません。

えっ、と思わず振り返りました。この部屋に監視カメラとか付いてたっけ? といったことを考えたからです。

しかし当たり前ですがそんなものは無かったです。いくら面倒くさがりとはいえ、天井に監視カメラがあればさすがに気付くはずですし。

 

じゃあこの映像はいつ、どうやって撮影されたのか。まるで見当も付きませんでした。家に誰かを上げることは滅多になく、撮影なんてされた記憶もなく。

映っている自分の角度的にも天井の角から撮影されたようにしか見えず、手ブレも一切なかったので人間が撮影した感じはありませんでした。

映像の自分はタバコを吸いながらぼーっと座っていて、いつも通りというか覚えのありすぎる様子でした。特に変わったところが無いのが逆に不気味で。

何から何まで意味不明で「えっ? えっ?」と戸惑っていると、映像にさらなる変化が生じました。

 

散らかった服やゴミの中から、黒い髪? をぼうぼうに生やした謎の存在がのろのろと姿を現して、窓の外に目を向けている俺の背中を見始めました。

そいつは異物感というか、ちゃんと映像に映っているのに合成のように見える違和感が凄くて、微かにゆらゆら揺れていたんです。

もちろん正体なんて分かりません。家の中にこんなのがいたら誰だって気付くはずです。少なくとも俺は家に上げた記憶はまるでありません。

映像の中の自分に手を出すわけでもなく、ただ背中をじーっと見つめているだけなんですが、何を考えているのか分からずただただ不気味でした。

 

映像の中の俺がタバコを吸い終わって、多分寝ようとしたんだと思います、のっそり振り返ると、パッと消えてしまいました。前兆もなく唐突に。

言い忘れましたが、黒い何かはゴミや服をかき分けて出てきたわけではなく、それらを透過して貫通するようにして出てきていました。

ですから俺が振り返ったときはあいつが出てくる前と全く変わってない状態で、映像の俺も気付かずそのまま寝る支度をはじめていたんです。

似たようなことを毎日のようにしているので具体的にいつなのかは分かりませんでしたが、思い切り覚えのある所作でした。

 

電気を消して布団に入ります。真っ暗になって映像も終わるかと思っていたんですがまだ続いていて、なんとなく停止もできずにそのまま見続けます。

真っ暗なんですが部屋の様子は微かに見えていて、自分のシルエットが浮かんでいます。そして……そいつはいました。

俺の横から不意に現れて、そのまま何もせずに佇んでいました。目が見えたわけではないんですが、明らかに俺を見つめていたようでした。

謎の存在が俺をじっと見つめたまま五分くらいして、不意に映像が途切れました。録画されていたのはここまででした。

 

意味が分かりませんでした。自分の部屋にあんな説明のつかない存在がいるなんて思いもしませんでしたし、映像を見た直後でも信じられず。

ですが気味が悪いのは確かで、ちょっとパニック気味に散らかった部屋をひっくり返したのを覚えています。ゴミを袋に入れたり服をどけたり。

当然あの黒い何かが出てくるようなことはなく、この部屋の中には自分しかいないという結論に至ったのですが、不気味なことに変わりはありません。

スッキリしない気持ちのままその日は床に着きましたが、あの黒い何かが自分を見ている気がしてさっぱり寝付けませんでした。

 

次の日、友人に食事を奢るからと頼み込んで家まで来てもらい、朝から晩までひたすら片付けと掃除に明け暮れました。

一日では終わらず二日かかり、その分友人への出費も嵩んだわけですが、部屋が散らかったまま過ごすことを考えればまったく安いものでした。

不要なものもすべて処分しました。貧乏性な割に簡単にものを買ってしまう性質だったことを痛感しつつ、古い服や使わない調理器具などを捨てました。

徹底的な掃除の甲斐あって部屋は見違えたように綺麗になり、今も決して散らかさないように過ごしています。

 

それ以来ビデオテープも黒い影も出てくる気配はありませんが、あれはいったい何だったのかと今も時々考えます。。

ビデオテープ自体は気持ち悪さのあまり片付けの時に捨ててしまいました。もう一度見たいとも思いませんし、それで良かったと思います。

片づけている限りは出所不明のビデオテープが出てくるようなことはないと思いますし、出てきてもすぐに処分できますから。

ただ、あの黒い影がなんだったのか? 何か危害を加えるつもりがあったのか? 何もわからないまま、今に至っています。