はじめに
のっけから申し訳ないがタイトル通り『名探偵ピカチュウ』はヤバい。とてもクールでヤバい映画であると声を大にして言いたい。初報はなんとなく生理的に受け付けない感じのピカ様や普通に人を殺してそうとまで言われたバリヤードなど決して好印象ではなかった気がするのが、続報で出てきたしわしわピカチュウが大ウケしてポジティブな意見が増え始め、実際に封切られると鑑賞した人がことごとく絶賛するというまさかの展開に。かく言う自分も2019/05/12に鑑賞してきたのだが、まあなんだ、最高以外の言葉が出てこなかった。息つく間もない展開の連続でやたらと面白く、一本の映画として物凄く高いレベルでまとまっている。
そしてそれ以上に作中で使われた設定の数々が凄い。本当に凄い。さらりさらりと今までのポケモンで「常識」とされてきたことを飛び越える設定が出してくるし、何よりそれがことごとく自分の書いてきたお話に繋がっているので滅茶苦茶テンションが上がった。『名探偵ピカチュウ』の作中で世界についてどんな描写がなされたか、忘れる前にきっちりと書いておきたいと思う。
以下、言うまでもなくネタバレをしまくっているので、未鑑賞の方は注意していただきたい。できれば鑑賞後に読むことをお勧めする。
主人公の来歴
いきなり書いてしまうと、主人公はかつてポケモントレーナーを目指していたがゆえあってそれを諦め今は保険調査員として働いているという来歴の持ち主だ。この時点でこれまでの公式によるメディアミックス作品とは一線を画しているのは明らかだろう。今まではほぼ一貫して子供が主人公だった。アニメのサトシにしてもそう、ポケスペのレッドたちにしてもそう、その他マンガの主人公たちもそうだ。皆揃いも揃って夢に向かって突き進む未来ある子供たちである。そもそも本編シリーズの主人公たちがことごとくそれに当てはまっているではないか。
それが本作では清々しいくらい逆の路線を取ってきた。主人公はポケモンが苦手だと言って憚らないし、もちろん相棒のポケモンも連れていない。友人からパートナーとなるポケモンを捕まえるよう促されるくらいだ。今までの主人公たちとは明らかにポジションが違う。これが何を意味しているのかというと、公式がポケモンと接するのが苦手な人間を主人公に据えてきたということに他ならない。他も型破りなのだが、何よりもこれが一番の型破りと言っても良いのではなかろうか。
他でもないコレを一番最初に持ってきたのは言うまでもなく「ドロップアウトしたトレーナーたち」をテーマの一つとして描いた話、親から「トレーナーにだけはならないでほしい」と繰り返し言われる子の話、夢破れて故郷へ戻ってきた元トレーナーが出てくる話、友人がトレーナーになることを悲しんでいる子が出てくる話なんかをずっっっと書きまくっていたからである。とうとう公式でこんなバックボーンの持ち主のキャラクターが採用された! と目を瞠った次第である。
ライムシティの設定
本作の舞台になる海沿いの大都市ライムシティは、他に類を見ないポケモンと人間が共存している都市だ。その共存はガチ共存と言ってよく、ポケモンたちは都市で人間たちと共に暮らし、働き、遊び、生活を共にしている。条例でモンスターボールの所持や使用は禁止され、ポケモンバトルもまた禁じられている。いわば人間とポケモンが同じ高さにいる街なのだ。
公式でもモンスターボールに入っていないポケモンが街を歩いているようなシーンはそこかしこで見られたが、ライムシティのように徹底した取り組みがなされた事例は見たことがない。ライムシティという場所は、考え方次第だがポケモンに人と同じ権利が認められた場所とも言えるのではないか。どうしても「人がポケモンを使役する」という主従の関係になりがちだった世界に馬鹿でかい風穴を開けたのである。
自作品の中で喫茶店のマスコットとして愛されるアブソルの出てくる話や局員として雇用され組織の一員として働くサンドパンが登場する話、看護師として人間と肩を並べて働くラッキーが出てくる話、ユキメノコが義理の妹になる話なんかを書いてきた身としては、文字通り「人とポケモンの共存」を実現しているライムシティが公式メディアで描写されたことが嬉しくて仕方がない。ああいう世界を見たかったのだ。
人間に変身するメタモン
作中の人物がパートナーとして連れているメタモンはごく当たり前のように人間に変身する。あまりにスッと変身するので観ている方もスッと受け流してしまいがちだが、少なくともゲームやアニメで人間に変身した事例は無かったはず。今回堂々とそういうシーンを入れてきたので、メタモンは人間にも変身できる派としては思わずガッツポーズが出た次第である。
文字通り「交代要員」として人間になり替わるメタモンなんかをごく普通に書いてきたので、今回人間に変身してしかも恐ろしく狡猾に立ち振る舞うメタモンをたっぷり観られたのは最高にハッピーだった。そうだよメタモンは人間にも変身できるんだよ!
黒幕の目指す世界
作中で色々あって主人公と黒幕が対峙するのだが、黒幕が目指したのは他のメディアミックスでよく見る「人類やポケモンの支配」などではなく「人間とポケモンの融合」である。黒幕はポケモンを素晴らしいものだと思っていて、人間もそれに近しい或いは同一の存在になればいいと思っている。
それでいて、自分だけがそうなるならまだしもそれをライムシティで暮らす市民全員に広めようとしているのだ。ある意味これまでの悪役よりずっとタチが悪いしやる事がえげつない。自分が悪事を働いているという自覚が無いので大変悪質である。悪を自覚している悪よりもよっぽどヤバいと言えよう。
この黒幕の願望はそのものズバリ人とポケモンを一つにすると謳っている組織だの人間にポケモンの器官を移植して売り物にする集団だのと大差がない。つまりヤバいのである。
上と絡んで黒幕の言なのだが、黒幕がやろうとしていることは本人曰く人間を進化させるということだと言う。「最終的に人間とポケモンは進化の果てに一つになる運命にあるが、その"到達点"は誰にも分からない」という世界観を採用している身としては、黒幕の思考はヤバいながらも趣深さを感じずにはいられない。
精神の移植という手法
黒幕が↑を実現するためにやったのが精神をポケモンにリンクするという荒業で、その様子はプレジデント・ハルトマンが星の夢に接続しようとしたときのアレによく似ている。ポケモンと精神をリンクさせるという発想を公式でやってきたのである。深くは踏み込まれなかったものの、精神がどこまで独立しているのかとか記憶を一貫させることはできるのかとか、そもそも自分と他者の境界はどこかといったかなり深いところまで深堀りできそうなネタであり、ここから様々な解釈が生まれることを期待したい。
何を隠そううちの処女作が弱った体から自分の精神をマリルに移植して幼馴染の元へ赴いた女の子が出てくる話だ。これ以上は何も言うまい。公式が一瞬でうちに追い付いて爆速で抜き去っていっただけのことである。これを14年前に書いたことを密かな自慢にしていきたい。
結びに
設定周りであーだこーだとたくさん書いてきたが、『名探偵ピカチュウ』は一本のバディものとしてガッチリ固まっている純粋に面白い傑作である。出てくるポケモンも皆半端なく活き活きしていて、現実にポケモンがいるならこんな感じだろうという圧倒的な説得力がある。これは是非観てほしい、いや見ないと損をすると言っても過言ではない。それくらい"ヤバい"一本である。